草原3
やがて地龍は疲れたと言い、眠ってしまう。
私のせいではないと思う。
眠らない私は、周りにいる龍の仔達と遊ぶ。
いや、龍の仔達で遊ぶ、というべきか?
無警戒な龍の仔の背中に飛び乗って、ロデオをしたり、
追いかけっこをしたりする。
楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
大きめな龍の仔は片言にお話しできたりもする。
もうじき独り立ちして、自分の縄張りを作るんだ、と鼻息荒く語った翼竜をおだてて、
背中に乗せてもらい、私はイーブ様の地図を片手に、夜空を飛んだ。
地龍の洞窟は小高い丘の麓にあり、月から推測するに、草原の西の端の方にある。
草原の西の果ては彼方にボンヤリ浮かぶ山脈だ。
イーブ様の地図によると、その大山脈を超えて、しばらく進むと、海にたどり着くみたいだ。
私は、ざっくり言って、南から来た。
タシュクの町がある。
地図によると、タシュクは広い平原の北西の端っこ辺りに位置していたようだ。
平原には何本かの大河があり、町も多い。
けど、来た方向に戻るのは、何となくイヤだ。
それに、同じ地方だとタシュクと同じ文化圏なわけで、
どこに行ってもトラブルになる可能性も高いだろう。
うん、南に戻る、はパス。
翼竜の上から北と東を見渡すと、どこまでも草原だ。
果てが見えない。
北に向かうと、とてつもなく寒くなり、とんでもなく強い魔物が出ると、地龍は言っていた。
強い魔力を放つ龍脈があちこちでゴポゴポ湧いていて、
その魔石の支配を巡り、
それこそ草原の王を軽く屠れるような魔物がウヨウヨと彷徨い歩いているらしい。
一万年生きた龍を軽く屠れる魔物って、どんなんだろう?
興味はあるが、あまり近づきたくない。
極寒の大地を強力な魔物が上質な魔力を求めて、戦いに明け暮れてるところ。
うん、無理無理。
地図によると、東に向かうと、草原、砂漠とオアシス、大山脈を経て、大森林になるらしい。
その森林地帯を抜けると、ヒト族の本拠地にして、大繁栄地である場所に着くらしい。
その先は海。
イーブ地図を見ると、私が今居る草原は割と小さな楕円形っぽい緑色の地点だ。
中央に地龍らしき龍がガォーと吠えてる小さいイラストがある。
なるほど。
遠い。
広くて遠いよ、ママン…
イーブ様の地図の縮尺の見当がつかないが、
ここ、ひょっとしたら、地球より広いんじゃなかろうか?
そして、すごく人口少ないんじゃなかろうか?
イーブ様の地図によると、ここは中央大陸。
面積的にも一番広いみたいだ。
中央大陸の西に大きな島が三つ。東にひとつ。南に二つ。
中央大陸以外の島は、適当っぽい形で、中には何も描かれていない空白地帯だ。
何もないのか、イーブ様が行ってないだけなのか・・・
この広くて、情報の乏しく、人口が少ない世界で、
オリハルコンの製造法を学習して、
そのオリハルコンを勇者に渡し、
その勇者に魔王を打ち倒してもらわないといけない…
いや、無理ゲー。
改めて言うまでもなく、無理ゲー。
てか、クソゲー過ぎて、吐きそう。
いくら疲れないといっても、徒歩でクリアできそうにない。
やばい、転移陣が深刻に必要そうだ。
魔王と神の最終戦争とか、勝手に起こって、勝手に終わってくんないかなあ…
くんないだろうなあ…
どう?オレすごいでしょ!ねっ!ねっ!と、能天気に叫ぶ龍の仔を
よしよし凄いぞーと、適当におだてながら、
私はそんなことを考えていた。
どこ行きゃいいんだろな…
私の明日はどっちだろう。
そんな感じで悩みながら、翼竜の上に乗っていると、
大草原から朝日が昇り、私は何となく柏手を打つ。
とりあえず東に向かってみるかな…という気分になった。
地龍は朝ごはんに行くというので、肩に乗せてもらい、一緒にいくことにする。
周りに龍の仔たちもワラワラと付いて来る。
微笑ましい。
絵面的には、全く可愛くないんだけどね。
地獄の軍団って感じ。
朝ごはんも可愛くなかった…
というか、マジもんの地獄絵図だった。
逃げ惑う牛たちの群れをドリルのような爪先に刺し、
クロワッサン感覚でお口の中に放り込んでいく地龍。
地龍の爪を逃れた牛たちを狩る仔龍たち。
朝の穏やかな草原は、屠殺場と化し、
爽やかな空気は、血と咀嚼音と牛たちのブモーという悲鳴に染まる。
魔力と肉が必要な魔物たちの食事は、生きたまま食べることが基本。
確かオートマタちゃんもそんなこと言ってたっけな、と、
私は地獄絵図から目を逸らしつつ、そう思った。
そう、この世界では生で生きたまま、踊り食いが基本なのである。
料理が発展する要素なんてなさそう。
そうか、行くか。
はい、そろそろ。
賢者か…前にも話したが、ヒトの世界に全く興味がないので、
お前の言う賢者がどこにおるかなど見当もつかぬ。
勇者を名乗る者は何人か知っておるが、
ワシに挑んできた者は、みんな食ってしまったしのう…
ゆ、勇者の話は初耳ですね…
そうだったか?
まあ、大したことのない連中しか居らぬかったぞ。
アレで魔王に挑もうなど、ハ、一万年生きたとて無理な話よ。
そもそもヒトだぞ?
なぜそこまで思い上がれるのかさえ、ワシにはわからぬわ。
そうですか・・・そんな程度でしたか・・・
で、どうする?
どうするって?
いや、エルフの里に行くのではないのか?
え?
東のオアシスに居る草原の民とかいう人達のとこに行ってみるかと…思ってたんですが。
エルフの里って何ですか?!
この丘を超えて、ムーガン山脈を超えると、エルフの大森林があるらしい。
その先は海という水溜まりで、歩ける場所ではないと聞く。
森林と海の境目に、何とか…という町があると聞いたな。
ヒトとエルフが多く住むらしい。
賢いヒト族と言えば、エルフどもではないか?
それ、先に言ってよー
もー悩んでたのバカみたいじゃーん!
てか、イーブ様の地図、当てにならなさ過ぎだろーもー
何も書いてなかったじゃん、その辺!
草原の王は、夜に私を乗せて飛んでくれた翼竜を指名し、
私をエルフの大森林に連れて行くよう命じた。
その後、ここには戻らず、山脈の麓付近で、自分の縄張りを得るように、とも話している。
翼竜の仔は、ピリッと姿勢を正し、王の言葉を聞いている。
そうか、翼竜ちゃんの話は適当に聞き流してたけど、本当に独り立ちの時期だったんだなあ。
なんとなく一緒に王の言葉を聞いていたけど、話が長い。
クドクド同じような注意ばかりしてて、何というか、すごい親バカだ。
そして翼竜の仔は大人しく、地龍のお説教を聞いている。
深い尊敬の念がその目にある。
私からすると、似たような内容の注意ばかりなのに、
その一つ一つに深く頷き、質問したりもしている。
龍族の愛情の深さ、情の濃さ、というようなものを感じる風景ではあったが、
長過ぎる…
てか、これで成長したら、テリトリーを狙って襲撃してきたりするんだよね?
親を超える的な?
んで、地龍は今まで全ての挑戦を退けて、
挙句、そのチャレンジャー達を美味しく頂いてるわけなんだけど…
むー
ホントに、この世界の常識には馴染める気がしないわー
というようなことを考えていたら、翼竜の仔への果てしないお説教は、
いつの間にか、終わっていた。
そして、チラと私を見て、
エルフの里に至る結界は非常に強固なものだと聞いておる…
が、お前なら何とでもなるであろう。
あまり無茶苦茶なことをせんようにな…
とのありがたいアドバイスを頂戴した。
翼竜の仔への忠告との温度差に、私は密かに涙したのだった。
独り立ちを前に凛々しく緊張している龍の背に乗り、私は退屈していた。
話しかけても、ろくに返事をしてくれないし。ホントにもう。
下を見ていると、徐々に標高が上がってくるのがわかる。
ムーガン山脈は聳え立つ巨大な岩の塊だった。
強烈な風が突然吹いてきて、龍を岩肌に叩きつけようとしたり、逆に巻き上げたりしている。
翼竜の仔は、懸命に風を読み、同時に地表にいる魔物たちの争いに目を配ったりしている。
すごく忙しそうだ。
私も最初は龍の仔と共に緊張したり、観察したりしてたけど、さっすがに飽きてきた。
イーブ地図を取り出して、改めてよく見てみる。
地図は二枚買った。
タシュク周辺とワールドマップ。
タシュク周辺は細かく国?というか領主?が分かれているようで、
ヒト族の戦乱具合が察せられた。
戦国時代の日本的な、現代のヨーロッパ的な。
メンドくさそうな感じ。
イーブ様の地図は役に立つ。
不意にオートマタちゃんが呟く。
おお?
賢者の石が選んだ地図が悪い。
大きな地図に小さな事は書いてないのが当たり前だし、エルフの里は機密事項。
書かれてなくて当然。
そ、そっかーそうだったかー
なんだか、オートマタちゃんがすっごく拗ねてる感じがするな。
地龍たちとお話してばかりで、オートマタちゃんに質問することなんてなかったもんなあ。
ごめんね、寂しかった?
寂しくなんかない。
地龍の話なんて知ってることばかりで退屈だった。
おお、なんか拗ね拗ねだわ。ホントごめん…
空飛ぶのは初めて。
そ、そう。
まあ、普通、そうよね。
死なないけど、空飛ぶの怖がらない賢者の石、すごい。
子供とはいえ、龍を従えるのもすごい。賢者の石、やっぱり強い。
んー
私に従ってるわけでもなさそうだけど、まあ、いっか。
オートマタちゃんの尊敬の基準がよくわからないけど、褒められているのはわかった。
んふふ、と和んでいると、
やったぞ、オレはやったぞーと、
翼竜が何か叫び始める。
よくわからなかったけど、お?やったか?と言ってみると、
超えたぞ!
一番高いとこ超えたぞ!
あと降りるだけだぞ!
こんな苦しいとこ飛んだの初めて!
オレの縄張りどこにしよ!
なあ!どこ?!
落ち着け。
そうだな!
森の近くで!弱い魔物が多くて!
高い岩山で!
どこ?!どこある?
だから、落ち着きなさい。
とりあえず私を森のどこかに下ろすんでしょ?
その間に、森をよく見るのだ、って草原の王が言ってたでしょ?
まだ森の上にも着いてないでしょ?
そうだな!
まだ森の上にも着いてないな!
飛ぶぞー!オレは飛ぶぞー!
ああ、龍はバカでいいなぁ。
この世界に来て、一番なごむ。
この世界で仲良くなれそうなのが、魔物ってのも、どうかと思うけど。
超ご機嫌な龍の背中に乗って、しばし飛ぶと、大森林の端っこに辿り着いた。
あーあの辺の岩山のことかな?
地龍が言ってた住みやすそうな地帯は。
おーあの辺の岩山かー
躊躇なく岩山に向かおうとする翼竜を止めて、森の中心方向へ誘導する。
まずは私を下ろそう。な。
できれば、あんまり中心から離れてないところに下ろしてやるのだって、地龍も言ってたでしょ。
そっかーそういえばそうだったかー
その後、森の上空でフワフワと降りる場所を翼竜と共に探したけど、空いてる場所がない。
みっちりと森である。
困ったねーなどと話していたら、凄まじい突風に下から巻き上げられた。
上方向に錐揉みという、よくわからない感じで吹き上げられ、
気づいたら、空中に放り出されていた。
翼竜くんも目を回したらしく、わーと叫びながら、あらぬ方向へ飛んでいく。
落ちた。
結構な高さから、そのまま自由落下で落ちた。
わかってはいたけど、痛くもないし、無事動ける。ゲフッとはなったけど。
で、またしても、ここはどこだろう…




