草原1
あ。
何!
龍が来た。
賢者の石が怒ったから、波動を感じて来た。
龍も怒ってる。
はあ?!
この大草原の主。アレ強い。
一万年以上は生きてる。デカい。
龍?龍?
いや、アレは山?じゃないのか!
龍?!
足音が聞こえてきた。
重い。
もう音だけで十分に重い。
しかも速い。
くっ!人が悩んでる時にこのヤロー!
ぶっ殺されたいんなら、お望み通りぶっ殺してやるわあ!
私はナイフを抜いた。
やがて、草原の彼方から、
高さ30メートルくらいの、十階建てのビルみたいな
巨大なティラノサウルスっぽいのが現れた。
目の錯覚かと思ったけど、そんなことなかった。
ズムズムと速度を落として、警戒しつつ、ゆっくりと近づいてくる。
いや、ムリっすわ…
私の心はスンと冷えた。
どうすんの?これ。
殺さない方がいいかもしれない、
と、オートマタちゃんが言う。
いや、なんで殺せる前提?
この龍を殺すと、草原のパワーバランスが壊れる。
草原が荒れる。
し、しかしですね、スピード的には逃げられる気がしないんだけど。
あんなデカいのに、めっちゃ速かったよ?
龍もう怒ってないから、お話しすれば良い。
お、お話?
地龍は賢くて、穏やかな龍。
敬意を持って丁寧に話せば、聞いてくれる。ことが多いらしい。
あ、あのデカいお方、人間の言葉わかりますかね?
てか、叫び声しか出さないんじゃないですかね?
返答はない。
うー
のしのしと近づいてくるところを観察してみるに、地龍はちょっとカンガルーっぽい。
体毛がふさふさで、茶色い。前足が、手と言うべきか、ってくらい立派な腕と指がある。
後ろ足は太い。
歩き方は恐竜っぽい。
尻尾が巨大。
その尻尾を浮かせてバランスをとりながら歩行している。
そんで顔。完全にティーレックス。カンガルーの体にT-REX。
本能的に恐怖を感じる顔。
巨大な顎、小さくて感情を感じさせない目。
で、もう一度言うと、高さ30メートルくらい。
会話とは…
一体何をどのようにすれば…
遥かな高みから見下ろされながら、
私がオタオタしていたら、
オートマタちゃんとは全く違う大声が頭の中に響く。
念話か!なるほど。
侵略の意志はないようだな。
小さきモノよ、何をそれほど怒っておるのか?
と、取り返しのつかない失敗をした自分に怒っておりました!
…神を呪っておったように思えたがのう。
そんな事は!
ちょっとだけ…あるかも。
小さきモノよ、何者か?
長く生きておるが、お前のようなモノは見たことがない。
け、賢者の石です!
賢者の石?
ああ!何も考えずに正体しゃべっちまった!
私のバカバカ!
なるほど。生物の感情の波動ではなかった。
賢者の石か…摩訶不思議なこともあるものよ。
石よ。なぜお前は動いておる?
か、神様の希望により、ですかね。
ヴァルク神の?
あの、そういや名前知らないんですけど、
怖い神様、です。ヒゲ生やしたおじさん…
ヒゲを生やした怖いおじさん?
まさか、ケルマン神のことを言っておるのか?
不敬な。
だから、お名前は存じ上げませんってばさ。
ふーむ…この世界の深淵を語れるにも拘らず、同時に何も知らぬ…
ワシに嘘をつけるはずもない。
お主、何者か?なぜここにおる?
イーブ様の聖遺物ということになってます。
イーブ?知らぬ。
うーもー
私は何から、どこまで説明したらよいものか、わからずに悩み、ふと気付いた。
これがこの世界の住民との初めての知的な会話なのだと。
ぶわっと涙が出そうになった。
出ないのはわかっているけど、感動した。
そして、さらに気付かされた。
私は寂しかったのだと。
一人きりが寂しくて寂しくて、どうしようもなかったから、
イーブの隠れ家を出ざるを得なかったのだと。
そうだ、私は寂しかったのだ。
不安で不安でしょうがないのに、
誰とも喋ることは出来ず、
笑うことも怒ることもできず、
自分が悪いのか、と思い悩むだけ。
誰かに相談をしたかったのだ。
愚痴を聞いてもらいたかったし、意見を述べてもらいたかったのだ。
どうかしたのか?なぜ泣く?
いえ、初めてキチンとした、知的な会話をしてもらえたと気づいて、感動したのと、
今までの孤独の深さを思いしらされたのとで、それで、泣きそうになりました…
孤独とは?
事情がありまして、それまで居た場所から飛び出したのですが、
誰も私を相手にしてくれないんですよね…
闘いにならず、避けられてばかりいるということか?
確かに底知れぬ力は感じるが、その見た目なら、挑んでくる者もおるだろうに。
いや、そうじゃねえよ…
戦っていたのなら、寂しいこともなかろう?
えーっと、この世界って、どこもそういう感じなんですかねえ?
つまり、出会ったものとは命をかけて戦うのが、当たり前というか…バトル脳って言うか…
それはそうであろう。
ヴァルク神がそのように定めておる。
戦いに勝ち、相手の魔石を得続ければ、永遠に生き続けられる。
理論的には、だがな。
と言うと、実際には?
…ホントに何を言っておるのかのう?
不思議なモノよ。
生き物のコトワリから外れるとは、こういうことか…
ふむ。
つまりな、ワシくらいの年齢、大きさになると、戦う相手などおらぬ。
おらぬ訳ではないが、少ないし、また強い。
ワシは翼を持たぬし、行ける場所も限られる。
ワシのようにデカいだけで弱い龍が長く生きるには、
大地から魔力を含んだ岩を喰らい、
草原を走る生き物を狩り、
ナワバリを守るために弱い侵入者を屠るという、つまらん生活をしていくしかないのだ。
はー岩から直接、魔力を食べることができるんですか!
お前は常識がなさすぎて、話しておると頭が痛くなるのう…
岩を喰らって魔力を得ることができるから、龍であろう?
ワシを何だと思っておる?
牛に見えるか?
えーいや、とても牛には見えませんが…
なんか私の常識と違いすぎて、びっくりです。
龍以外の魔物は岩を齧って魔力を得たりはできないんですか?
できるものもおるが、効率よく取り入れられるのは、龍種のみだ。
例えば、牛どもは草から魔力と体力を得るが、効率が悪すぎて大きくなれぬし、すぐ死ぬ。
草を食って草原を走るが、あいつらも草のようなものだと思える。
はー
怠け者の龍には大きくならずに、魔力のみを取り込み続ける者もおる。
確かに食事は面倒に感じられることもある。
アイツらは小さくて速く、魔量も多いから、見た目で判断すると危険であるな…
はー
それから龍と私は話した。
ずいぶんと長く話した。
龍は刺激的な話し相手に飢えていて、私は会話すること自体に飢えていた。
やがて、休息が必要ない私を相手にしていたため、先に龍が草臥れてしまい、
ねぐらにしている洞窟へと案内してくれた。
やはりお前相手に戦うと痛い目にあっていたようだな、
休息も食事も必要ないとは、少し卑怯過ぎはしないか、とブツブツ言いながら。




