神を呪う
私はトボトボと歩いている。
そんなに悲しむな、賢者の石。
オートマタちゃんが珍しく話しかけてくる。
そう言えば、男の隠れ家を出てから、オートマタちゃんは少しお喋りになったような気がするな。
悲しんでる訳でもないんだけどね。
確かに勿体なかったけど、賢者の石はお金も必要ないから、
あんな魔石ぜんぶ捨ててきても、惜しくはないぞ。
そ、そうだよね。惜しくなんかないよね…
それなりに強い人間の魔石が157個、弱い人間の魔石が65個、子供の魔石が2個。
全部で多分、金貨1枚くらいだ。
金貨なら町で3枚バラ撒いたから、拾ってもまだ損してる。
銀貨も20枚くらい撒いたんだぞ。
あ、そんなに殺しちゃったんだ、そっか…大虐殺だね、普通に。
どうせあんなの20年もすれば、皆んな死んでるぞ?
魔石になった方が、よっぽど役に立つような連中だぞ?
そ、そうかな?
その20年間に価値があるような気がするんだけど…
水竜の魔石、公平な取引なら、金貨200枚くらい。
あの水竜は大きさからして、五千年くらいは生きてたはず。
だからお金の心配もする必要ない。
そりゃ人間の命も軽いわ…
私が斬り殺した兵隊たちが魔石化し、それに群がる町中のチンピラ、
阻止しようとする生き残りの衛兵たち、みたいな地獄絵図をホワホワと想像されて、
私は更なる自己嫌悪の深みに陥ったのだった。
街道を走って逃げ、途中で村らしきものがあったので、
迂回して、森に逃げ、川を渡り、崖を飛び降り、どのくらい逃げたろう、という草原を、
私はトボトボ歩いていた。
タシュクの町を出て、3日くらい不眠不休で逃げ続けてた。
そりゃ寝る必要も休む必要もありませんがね。
誰に追われている訳でもないのだが。
なんかもう怖くて、立ち止まるのがイヤで。
無心で逃げた。
途中で色んな魔物に襲われたけど、丸呑みしてくるようなヤツはいなかったので、
噛まれても蹴られても、あまり相手にしなかった。
なんかとても疲れたような気がするよ…
賢者の石は疲れない。
そうなんだよねー
けど、ずいぶんと歩いたよね、たぶん。
たぶん。
あ、そろそろタシュクの町で買った地図でも見るか。
逃げる前に読んだ方が良かった。
じ、時間なかったじゃない?
そうかな。
私は、何日かぶりに座り、バッグから地図を取り出してみた。
読めねえ…
そりゃそうだよね、文字覚えてないもんね…
しかし、こんな芸術性いるか?地図に。
地図は一面に花とか竜とかよくわかんないもんが盛られた中世ヨーロッパ風?なものだった。
そう言えば、アラブな地図とか中華な地図って、あんまり見たことないような、
いや、この中世ヨーロッパ風ってのが、アラブ風のパクりなのかな?
地図使う人って、昔は船乗りでインターナショナルな人たちだから、様式が似てるのかな?
あーネット環境欲しいわー
ググりたいわー地図の歴史なんて意識したことすらないわー
てか、GPSない世界なんて、もームリー
現在地だ。
GPSでハタと思いついた。
何はともあれ、現在地を見つけないと、永遠に迷子だ。
いや、目的地なんてないけど。
私は初心者向けの教科書を取り出してみた。
タシュクの綴りを知らねばなるまい。
地図に載ってるかはわからないけど。
文字一覧がまずあって、絵と文字。
竜の絵があって、竜と思しき文字。
剣の絵があって、剣と思しき文字。
そういうのがずらっとあって、最後に数字。
良い。
これなら何とかいけそう。
ありがとう、本屋のおじさん。
顔も見られなかったけど。
発音ならわかる。
後は文字と絵と発音を合致させていけば、何とかなるはず。
文法はまだわからないけど、正確に綴る必要は当分ないだろう。
しばらく学習した。
なんとなく文字は覚えたような気になったので、地図を見返してみた。
やっぱり読めねえじゃねえか!
なんだよ、この筆記体は!原型がないよ!原型が!
文字は神への祈りだから。
と、オートマタちゃんがボソッと言うが、なんのヘルプにもならない。
あーもーもー
もー
んで、神への祈りってなによ?
祈りが届くように美しく、流れるように描く。
だから人によって流れ方が違う。
はーなんだそれ。
これはイーブ様が若い頃に書いた地図だから、まだそんなに美しくない。
ん?
さっきの基本文字の本は、伝達文字でありながら、美しかった。
さすがイーブ様なの。
は?は?
てかさ、コレ2冊とも大賢者イーブの著作?
男の隠れ家には原本があった。
もっと細かくて、直筆だから美しい。
これは粗悪。もっと詳しい地図もあったし、何十種類もあった。
今、流通してる地図のほとんど…7割くらいはイーブ様の地図。
………衝撃。
賢者の石、本欲しいんだったら、隠れ家から持ってくれば良かった。
発想すらしなかったよ…読めないもんだと思ってたもん…
はっ!
私は思い出す。
この異次元バッグは隠れ家の引っ越しに使ったから、
部屋の中のモノ丸ごと入る、と言っていたオートマタの言葉。
隠れ家を出るなら、部屋丸ごと持って出るべきだったかも?
賢者の石は浮けないから、本は取れない…
確かにイーブ様のように浮くことはできなくても…
本棚の本を丸ごとバッグに入れる。
空いた棚に足を乗せて、その上の棚の本をバッグに収納、
また空いた棚によじ登り、やがて最上段に至る。
簡単じゃないか…
全部バッグに収納すれば、全ての本が手に入った…
落ちたところで死ぬわけじゃないし。
本棚が壊れたところで問題ないし。
あれ?
それ以前に、本に手が届くなら、この世界の事を理解してから、出れば良かった?
いや、あのちっぽけな本屋があの大きな町一番のまともな本屋だとすると、
男の隠れ家って、世界最高峰の私立図書館?
そりゃそうだよね、大賢者が人生をかけて収集した図書館だもんね。
恐ろしい答えに行き着く。
イーブの隠れ家から出る必要はなかった?
むしろ、出てはならなかった?
雷のようにピシャリと神に言われた言葉が蘇ってくる。
お前が何とかするんだけど、お前は何もすんじゃねえぞ!わかったな!
お前は今日から賢者の石で、オリハルコン製造機!
そうだ、賢者の石はオリハルコン製造機なのだ。
ならば。
意思のある賢者の石は、ひっそりとオリハルコンを製造し、
人知れずそれを世の中に供給し続けていれば良かったのでは…転移陣の使い方を学習して。
オリハルコンがないと、魔王に手が出せない…
出しても殺せない…
オリハルコン製の武器でないと魔王にダメージを与えられない?
流れるはずのない冷や汗がダラダラと流れているような気がする…
ね、ねえ、オートマタちゃん。
オリハルコンの作り方って知ってる?
オリハルコンの精錬は秘中の秘。
だから知らないし、興味もない。
イーブ様の頭の中にはあった。
だよね…
イーブは弟子も残さずに死んでいる。
それでもあの膨大な覚え書きの中に間違いなくヒントはあっただろう。
そうだ、あの怖い神様も言っていた。
賢者の石に届くまでが大変なのだ。
賢者の石さえあれば、オリハルコンの精錬はそれほど難しくないとすれば…
私のしたことが、まさに失伝だ。
賢者の石を使い、オリハルコンを精錬する術は、
私がイーブ様の男の隠れ家から出た、あの瞬間に失われたのだ…
おお?
私は思わず頭を抱えた。
ねえ…オートマタちゃん、
確認なんだけどさ、男の隠れ家に戻る方法ってないんだよね…
ない。
だよね…
この時の私の心境をいかに表現したものか。
世界を救うために、異世界からつかわされ、
初手から取り返しのつかない大失敗をしてしまったようだ。
決して出てはならない場所を出た。
持ってなければならない知識を置き捨てた。
その大事さに今さら気づいたけど、もう2度とそこへは帰れない。
この世界に来てから、やったことと言えば、水竜狩りとタシュクの町の人たちの大虐殺…
大賢者イーブの図書館から出ることを想定してないから、外見は獣人でも問題なかった?
こりゃ…ダメでしょ、もう。ねえ?
はは。
ははは。
やがて魔王は神に届き、最終戦争が行われてしまう…
ど、ど、ど、ど、ど、どうしよ…
し、死にたい…
死ねないけど本気で死んでお詫びしたい…
・・・・・・・・
てかさあ!
なんなの!コレ!
私が悪いの!?
ありえないでしょ、こんな不親切なの!
わかんねえよ!そんなもん!そもそも!
文字の読み方を最初に教えてくれてれば、
こんなことになんねえだろーよおーあーもーあーどうすんだよーこれよーもー
あああああああああ!!!
くそくそくそくそーーーーー!!




