手作りのお菓子
お茶会までの1週間、毎日、王太子から花束が届いた。
どの花束にもカードが添えられていたけれど、花言葉と密接にかかわるメッセージが書かれており、王太子が花言葉に詳しいと確信するに十分だった。
お礼の手紙を書くべきだったかもしれないけれど、王族に手紙を送ることはできない。
花束を届けてくる従僕に頼めばいいのかもしれないけれど、王太子に確実に届くかどうか確信が持てないから託してはいけないと父には止められた。
お茶会当日、何かお礼を渡したかったので、母に相談して早朝にクッキーを焼いた。
領地で取れた特別に栄養が高い小麦を使い、私が庭で育てているハーブを入れた。
王太子なんてやっていればストレスも多いだろうから、リラックス効果の高いハーブを。
箱にナプキンを敷いてクッキーを入れ、蓋をして緑色のリボンをかける。
私の瞳と同じ若葉色のリボンを。
迎えの馬車が来ると聞いていたので玄関でクッキーが入った箱を手提げ袋に入れて待っていたら、先週とは違う重厚な黒塗りの馬車が門から入ってきた。
宮殿に行く馬車は家紋が入った馬車を使う。
だから、先週のお茶会の時は、宮殿に属する馬車であることを証明する紋章が扉に付いていた。だけど、今日迎えに来た馬車には何も紋章が付いていない。
少し警戒してじりっと後ろに下がると同時に馬車の扉が開いて、王太子が座っているのが見えた。
「ローディア嬢。迎えに参りました。」
私を見送るために一緒に居た母の笑顔が引きつっている。卒倒しなかっただけ偉い。
馬車の中から王太子が手を差し伸べてきたので無視するわけにもいかず、そっと手を重ねればくいっと引っ張られて、馬車に乗り込んでしまう。
「ローディア伯爵夫人。ご令嬢をお借りします。」
「え!?あ、はい!どうぞよろしくお願いいたします!」
上ずった母の声も馬車の扉がすぐに閉じられて聞こえなくなり、馬車は王宮に向かって走り出した。
やっと気を取り直して馬車の中を見れば、王太子の隣にはいつも花束を届けてくれる従僕が座っており、2人きりではないことに少し安堵する。
「あの…、わざわざ王太子殿下御自らがお迎えに来ていただかなくても?」
「君に早く会いたかったから。」
思わず、また顔が熱くなる。
「…それも本当だけれど。君を王宮に招待するにあたって、わたしが迎えに行くのが一番、目立たなかったんだ。」
「はい?」
「君が一人で王宮に出入りしていると、やがて噂になるだろう。王宮に入る前に迎えの馬車は検問で2回ほど止められて乗っている者を検めるから。」
先週、王太子とのお茶会に行った時を思い出してうなずく。
確かに、王宮からの迎えの馬車だったけれど、宮殿の入り口と王宮に入るための門の2か所で止められて、魔力を所定の魔石に注ぎ、ローディア伯爵令嬢本人であることを証明する必要があった。
「わたしは王族なので馬車を止められることはないし、わたしが気分転換に馬車でドライブに行って帰ってきても誰も気にしない。…つまり、君が王宮に来ているという記録は残らないし、見られることもない。」
「…な、なるほど。ドライブの途中で拾ってくださったということですね。」
「それと、君が王宮にも入れるように魔力はすでに登録済みだから。」
「えええ!?」
「毎回、証明のために魔力を注ぐのは大変でしょう?…君の家にわたしが行かれればいいんだけれど、まだ、そうもいかないし。」
話をしているうちに、馬車はどこの門でも止められることなく、王宮の玄関に到着し、王太子のエスコートを受けて降りると、
「お荷物をお帰りになられる時まで、お預かりいたします。」
と執事長がすっと手を差し伸べてきて、手提げ袋を取り上げられた。
「あ、あの。持って行ってはダメですか?王太子殿下にお菓子を焼いたのですが…。」
「口に入るものですか?王族には口に入るものをお渡しすることはできない規則ですのでお持ち帰りいただけますか。」
「待て!」
「ウィルアム殿下?」
「じい。ローディア嬢の手作りのお菓子なら食べたい。それを寄こせ。」
「い、いや、ウィリアム殿下!それは!」
執事長が持っている私の手提げ袋を王太子がひったくる。
「せめて、毒見をしてからに!」
「嫌だね。彼女が作ったお菓子を食べて良いのはわたしだけだ。」
「もし、毒が入っていたらどうなさる!?」
「あの…!」
収着がつかなくなりそうだったので、思わず声をかけた。
「あの。王太子殿下が召し上がる前に、わたくしが毒見をいたします。それでしたらいかがでしょうか?」
「それは良いアイデアだね。じい。それなら文句あるまい。」
「…はあ……。」
執事長が額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐう。
「ローディア伯爵令嬢が毒見をされるものを女官長が選ぶ、ということでしたら。」
「それくらいなら構わない。…行こう、ローディア嬢。不愉快な思いをさせてすまなかったね。」
お茶会のテーブルに座ると同時に、
「見てもいい?」
と王太子に聞かれ、うなずけば、リボンをシュルっとほどき箱をあけた瞬間、嬉しそうに微笑まれた。
「かわいい。動物の形をしたクッキーなんだね?それにとても良い香りだ。何のハーブを入れているのかな?」
「カモミールとセージ、マテグリーンをブレンドいたしました。…疲労回復にリラックス効果が得られるかと思いまして…。」
王太子の顔がさっと明るくなる。
「わたしを気遣ってくれるの?」
「…こ、この国のためにお忙しいのですから…。」
「ありがとう。さっそく頂きた…。」
「お待ちくださいませ。ウィルアム殿下。毒見をしていただくのが先でございます。」
「しょうがないなあ。エミリア女官長。ああ、ローディア嬢。この方はエミリア・ボーディック伯爵夫人で、この王宮の女官長をしている。何かあったら、エミリア女官長に相談してほしい。」
「恐れ入りますが、ローディア伯爵令嬢。わたくしが適当に3個ほどクッキーを選ばせていただきますので、お召し上がりいただけますか?」
「もちろんです。」
エミリア女官長が無作為にクッキーを選び、小皿に取り分けてくれた。
当然、毒なんて入れて無いから、ぱくっと口に入れる。
…うん。味見はあらかじめしていたけど、その時と同じで美味しい。
エミリア女官長はじっと私がクッキーを食べてしまうまで見つめていた。
「…毒は入っていなさそうですね。」
「彼女を疑う理由がわからないけれどね。」
「規則ですから…。」
「まあ、仕方ないね。もう大丈夫だろう?下がっていいよ、エミリア女官長。」
「何かございましたらお呼びくださいませ。」
女官長が完全に退室しないうちに、王太子の手がクッキーに伸びて、ぱくっと一口で食べた。
「はあ。おいしい。なんだかほっとする味がする。」
ニコッと王太子が微笑み、また立て続けに数個、口に運ぶ。
「お口に合ったなら、良かったです。」
「…ごめんね。毒を疑われて不愉快だったでしょう?」
「いいえ、考えてみれば当然でした。配慮が足りずこちらこそ申し訳ございませんでした。今後はお持ちしないようにいたします。」
「ええ?そんな殺生な。わたしはまた食べたいな?これ、とても美味しいよ?」
「…で、でも…。」
「わたしからのお願いなんだけれど。…それとも、作るのが大変なのかなあ?だったら申し訳ないから諦めるけれど。」
「い、いえ。作るのは好きですし大丈夫なのですけれど。」
「じゃ、お願い。」
「執事長や女官長のご許可を頂けましたら…。」
「わかった。根回ししておくよ?それならお願いできる?」
「はい。」
その後、クッキーの作り方やハーブの薬効についての話から広がった様々な話題で話が弾み、気付いたら夕焼けの赤い光が室内に差し込んでいた。
「ウィリアム殿下、そろそろ…。」
扉がノックされ、外から困ったような声が聞こえて、王太子は小さくため息をついた。
「もう時間か。君と一緒に過ごしているとあっという間に時が過ぎてしまう。…送るよ。」
王太子と一緒に馬車に乗り込むとその後から、花束を届けてくれる従僕が一緒に乗り込んできた。
「そうそう、彼も紹介しておく。わたしの第一従僕のフレッド。バーキン伯爵の長男。信頼できる人物だから、もしわたしに連絡を取る必要があったら、彼を呼び出してくれ。」
バーキン伯爵令息が丁寧にお辞儀をしてくれた。
「今までご挨拶ができず、申し訳ございません。フレッド・バーキンでございます。」
「リリアンヌ・ローディアです。いつも当家までご足労いただき、ありがとうございます。」
「仕事でございますから、お気になさらず。」
「もういいだろう?」
その時、不機嫌そうな王太子の声がした。
「彼女との時間を取らないでくれ。フレッド。」
「はいはい。承知しました。ウィリアム様。」
「ねえ、ローディア嬢。また来週、お茶を一緒にしてくれる?」
「…ご多忙なのではございませんか。」
「多忙だからこそ、息抜きさせてほしい。君と一緒に過ごせると思えば、執務も頑張れそうだ。どう?」
「わかり、ました。」
「ありがとう。また来週、迎えに来るから。」
ローディア伯爵家の玄関に私を下ろすと、にっこりと王太子は微笑んだ。