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王太子と父



 お茶会の招待と婚約の断り状を送った翌日、ローディア伯爵は王太子の呼び出しを受けて宮殿に伺候したところ、王宮へ案内された。


「このブローチを襟に付けさせていただきます。このブローチがあれば王宮の1階に入ることができます。ご帰宅時には回収いたしますので、ご理解ください。」


王太子付きの執事長からそう言われたときは、とても驚いた。

執務宮か離宮で話がされると思っていたから。

ちなみにローディア伯爵は領地を持つ貴族だから納税や魔獣討伐申請などの事務手続きでよく執務宮へ立ち入る。したがって、執務宮にはいつでも自由に出入りできる魔力登録が済んでいる。



「わざわざいらしていただき、申し訳ありません。」


執事長に案内された部屋に入ると、すでに王太子が待っていた。


「王太子殿下に伯爵ローディアがご挨拶を申し上げます。」

「うん。こちらに座ってくれるかな?」


王太子が座っているソファの正面に座るように言われ、伯爵は緊張しつつ腰かける。


「お互いに多忙な身だから、いきなり本題に入ることを許してくれ。」

「…リリアンヌのことでしょうか。」

「ああ。単刀直入に言うと、婚約の申し込みは取り下げない。交際の許可をもらえないかな?伯爵。」

「な…!あの、戸籍謄本はご覧いただけたのですよね?」

「うん?そう、それもあって呼んだんだ。手紙と謄本で食い違いがあったので。これを見てくれるかな?」


すっと1枚の書類が差し出される。


「拝見します。…リリアンヌの戸籍謄本原本?…なっ!これはっ!どういういことだ?」

手が震える。

確かにリリアンヌの名前が記された戸籍謄本原本のはずだが、魔力の属性欄にはくっきりと「光」と登録されていた。


「馬鹿な!『無』だったはずだっ!」

「何かとお間違いではないですか。この通り、原本には、リリアンヌ嬢の属性は光と登録されています。どこを見て『無』とおっしゃったのでしょう。」


伯爵は驚愕のあまり、大きく目を開いて固まった。

つい昨日の朝、自ら執務宮に赴いて戸籍の写しをもらってきた。その時は確かに『無』だったはずだ…。

ちなみに戸籍の写しはそれ専用の魔石に魔力を注ぐと自動的に発行され、人手を介することがないため、誰かに見られる心配は無い。

それに、戸籍謄本の原本は改ざんができない魔紙で作られていると聞く。


「わ、わたくしが昨日送った戸籍の写し…は。」

「こちらだね。」


すっと王太子に別の紙を渡される。

渡されたのは、確かに戸籍の写し。発行日の欄を見れば昨日の日付。

そしてその写しもリリアンヌの属性が光になっていた…。


「ローディア伯爵。あなたはリリアンヌ嬢の魔力の属性が『無』だから王家にふさわしくないと辞退してこられたけれど、戸籍を見たら『光』になっていました。反対される理由は無いと考えていますが、いかがでしょうか。」

「う…、いや、しかし…。」

「…誤解のないように申し上げれば、仮に伯爵が書かれたように、リリアンヌ嬢の属性が『無』であったとしても、わたしは婚約の申し出を取り下げません。」

「は!?」

「わたしは魔力でなく、リリアンヌ嬢自身を好きになったからです。」


まっすぐに王太子から見つめられて、ローディア伯爵はたじろいだ。


「リリアンヌ嬢はとてもまっすぐで素直な明るい女性だと思いました。その温かい雰囲気にわたしは惹かれたのです。」


ローディア伯爵の額から絶え間なく汗が流れる。

ポケットからハンカチを出して拭きながら、混乱する頭で必死に考える。

戸籍謄本に登録された属性はあきらかに改ざんされている。

あの子が初めて宮殿に行き、魔力の属性判定を受けたその帰り道、妻と一緒に重い気持ちを抱えて帰ったあの日を忘れてはいない。

改ざんできないとされる原本を改ざんできる者がいるとしたら、王族だけ。

それが意味するところは…。


「王太子殿下、お尋ねすることをお許しいただけますでしょうか。」

「構わない。」

「国王陛下は此度の王太子殿下の求婚にご許可をお出しになられたのでしょうか。」

「もちろん。陛下からはローディア伯爵の令嬢なら問題ないと許可をいただいている。」

「陛下はなぜ…?」

「5年ほど前にローディア伯爵の領地で開発された小麦の種があったよね。寒冷地でも育つように。」

「は、はい。」

「あの小麦のおかげで、我が国の食料事情がぐっと良くなったのは知っていた?」

「…いえ…。」

「本来ならあの小麦の種を高く売りつけることもできたのに、伯爵はそれをされなかった。他の小麦の種と同じくらいの代金で出荷してくれから、北方の領地でも小麦がたくさん取れるようになったのだよ。父はそれにとても感謝していた。だから。」

「…そ、そうだった、のですか…。」


「ねえ。ローディア伯爵。」

「はい?」

「わたしは王命でリリアンヌ嬢に婚約を命じることができる立場だけれど、それはしたくないと思っている。」

「……。」

「できれば、リリアンヌ嬢に好意をもってもらいたい、とも思っている。」

「……。」

「だから、交際の許可をくれないか?」

「もし、もしも、リリアンヌが婚約は嫌だと言ったら?」

「そうならないように協力してほしい。……伯爵はわたしの二つ名を知っている?」

「…氷の王太子…。…すみません。ご無礼を。」

「いや。構わないよ。冷静沈着で理詰めの喜怒哀楽が薄い氷のように冷たい人間だと子供のころから言われ続けているからね。」

「はあ…。」

「そのわたしが、好きだと。欲しいと。本気で思った…のが、リリアンヌ嬢なんだ。」

「……。」

「だから、リリアンヌ嬢が婚約を受け入れてくれるまで諦めない。」


ローディア伯爵は天を仰いだ。

この王太子は本気で娘のことを妃に迎えるつもりだと、ようやく理解できたからだ。

それに、どうもそれは娘のことが好きだからで。

王妃になるということは非常に大変な苦労を背負うことになるけれど、貴族令嬢としては最高の誉、まして王太子に望まれて愛されて、であれば、最高の幸せではないだろうか…。

彼は腹をくくった。王家に忠誠を誓う貴族の一員として。


「そこまでおっしゃっていただけるとは、我が娘にはもったいないことでございます。…拝承いたしました。リリアンヌとの交際を父として許可いたします。」

「ありがとう。ローディア伯爵。…では、来週のお茶会に欠席と返事をもらったけれど、出席ということで良いかな?」

「はい。…ですが、王太子殿下。一つだけお願いしてもよろしいでしょうか。」

「何かな。」

「リリアンヌを…守ってください。…茶会デビューをしたばかりの子供が宮殿に何度も伺えば噂になります。まして、王宮に入っていくのを見られたら、何を言われるか。我が家は伯爵位です。公爵家や侯爵家を敵に回す余裕はございません。」

「…なるほど、伯爵のおっしゃる通りだ。…それについてはこちらで何か考えましょう。リリアンヌ嬢との婚約が確定するまで、リリアンヌ嬢が噂の種にならないよう配慮させていただきます。」

「そうしていただければ、何も言うことはございません。」


王太子が立ち上がり、ローディア伯爵に握手を求めてきたので、恐る恐る握り返せば、にっこりと微笑まれた。


「これからどうぞよろしくお願いいたします。未来の義父上。」


ローディア伯爵が真っ青になって王宮を急ぎ足で出て行ったのは言うまでもない。



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