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王太子のお茶会



 王宮からの迎えの馬車は昨日訪問した離宮の前を通り過ぎ、宮殿の奥へと走っていく。奥に向かうにつれて警備の騎士の数も増え、緊張がどんどん大きくなる。

やがて他のどの建物よりも壮麗な建物の前で馬車が止まると、建物の入り口の扉がゆっくり開かれ、ゴールドブロンドの髪をした青年が馬車に歩いてきた。

青年が馬車の近くまで来て立ち止まると、ようやく馬車の扉が開かれる。


「リリアンヌ・ローディア伯爵令嬢、いらしてくださってありがとうございます。」

青年が右手を差し伸べてくれる。

「お手をどうぞ。ローディア嬢。」

笑顔を浮かべようとして頬が引きつるのを感じる。

髪の色といい、着ている服といい、絶対に王太子殿下だとわかったから。


王太子殿下にエスコートしてもらってもいいの!?


でも、差し伸べられた手を無視するわけにはいかない。

そっと彼の手に左手を触れるか触れないか程度に差し伸べ、本来はその手に体重をかけて降りるところを、なるべくかけないよう、馬車から自力で頑張って降りた。


「リリアンヌ・ローディアでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます。」


馬車から降りるが早いか、素早く彼から数歩下がり、深くカーテーシーを取る。


「そんなに固くならなくてもいいから。…頭を上げてください。ローディア嬢。」

許可が下りたので姿勢をまっすぐ直すと、微笑んでじっと見ている王太子とばっちり目が合って、どきどきする。


「部屋までエスコートする許可をいただけますか?」

「そんな!恐れ多いことでございます。」

「嫌ですか?」

「…いえ、そんなことは…ございません。」

「では、ぜひ。」


王太子から腕を向けられたので、仕方なく、また触れるか触れないかのぎりぎりのところで手をそっと添えれば、にこっと微笑んでくれて2人で歩き出す。


「わざわざ殿下にお迎えに来ていただかなくてもよろしかったですのに。」

ついぽろりと本音がこぼれると

「でも、王宮には王族が一緒でなければ入れませんよ?」

と返されてしまった。

「離宮でお会いすることも考えましたが、離宮だと他の貴族達の目に留まりますから。ローディア嬢もあまり耳目を集めたくはないでしょう?」

「ご配慮、恐れ入ります…。」


お茶会に殿下が招待しなければ注目も浴びないで済むんだけど!

そう言いたいのをぐっとこらえて、王宮の廊下を進めば、さすが王族の住まう所、絢爛豪華なたたずまいにため息がこぼれる。


「こちらの部屋です。」


従僕によって扉が開かれた部屋は三方がガラス張りのサンルームだった。

正面の掃き出し窓は開かれていて、庭に咲いている花々の香りがふわりと漂う。

庭がよく見えるようにティーテーブルと2脚の椅子が配置されていて…。

…え?椅子が2脚?

もしかして、2人きり?他には誰も呼ばれていないの?


 椅子に座わらせられれば、侍女達がワゴンを運んできて手際よくプチケーキやタルト、スコーンなどが盛られた飾り皿がいくつも並べられ、熱いお茶の入ったカップが目の前に置かれる。

「ご用がございましたらお呼びくださいませ。」


そして、王太子と私を残して全員、退室してしまった。


…うそでしょ!?普通、未婚の令嬢を異性と2人きりにしないわよね!?


顔色が悪くなったのに気付いたのだろう。

王太子が困ったように微笑んだ。


「済まない。彼らには2人きりにするよう命じてあるんだ。異性と2人きりは緊張すると思うけれど、扉の外には数人の侍女と騎士がちゃんと控えているから、大声を出せばすぐ入ってきてくれる。だから、心配しないでくれるかな?」

「…わかりました。…あの、てっきり、わたくしは他にも何人か呼ばれたお茶会だと思っていたのですけれど…。」

「ああ。それは申し訳なかったね。君とどうしても話がしたくてね。」

「わたくしと?…何か王太子殿下に失礼をいたしましたでしょうか?」

「いや。何もないから安心して?…ああ、お茶が冷める前にどうぞ。」

「ありがとうございます。」


お茶を口に含めば、口の中が緊張でからからになっていたにもかかわらず、ふくいくとした優しい香りが鼻腔を抜け、とても美味しかった。


「おいしいです。」

思わず、緩んだ頬で王太子を見ると、彼の顔が少し赤くなっていて軽く目を逸らされた。

…あれ?何か失敗したかしら?


 ちょっと不思議な間があいたけれど、気を取り直されたのだろう。

王太子から、好きな食べ物や趣味などを聞かれ、答えれば、彼もいろいろ自分のことを話してくれて意外と楽しい時間が過ぎていく。

「そういえば、君の魔術はどの属性が強いの?わたしは火と風と闇なんだけれど。」

「ああ、あの…。わたくしの属性、わからないのです。」

「え?」

「両親が教えてくれたのですが、オーロラ色?虹色?何かいろいろな色が混じっていてどの色と言われてもわからなかったのだそうです。」


 貴族の子供は生まれたら2か月以内に宮殿に連れてこられて、自分の持つ魔力の属性を調べられる。魔術庁の役人が子供の手に判定の棒を握らせ、その棒が光った色でその子の持つ属性を戸籍台帳に登録するのだ。

光る色によって属性がわかる。

ほとんどの子供は1属性しか光らないけれど、たまに複数の属性が同じくらい強い子供が現れることがあり、その場合は複数の色が交互に点滅するそうだ。

たとえば、王太子は「火と風と闇」とおっしゃったので、「赤と緑と黒」が交互に点滅したはずだ。

他にも、青、紫、黄、白があり、それぞれ、「水、夢、地、光」を示す。


攻撃に長けているのが火や水と風。夢の属性は予知に長け、地の属性は動植物の育成を良くし、光の属性には癒しの力、闇の属性は人の精神に干渉しやすい。というのが一般的な認識だろうか。


ローディア伯爵家は父が「地」で母が「光」。魔力は遺伝すると言われるとおり、兄が「地」だったので、私も「地」か「光」になると思われていたらしいけれど、どの色でも無かったのだそうだ。

それにしても、さすが王太子は王族。得意な属性が3つもあるとは。しかも希少性が高い闇をお持ちとは。

けれど、王太子の一言を聞いて、びっくりした。


「なるほど。ローディア嬢は全属性が備わっているということか。」


…そんなことは誰にも言われたことが無い。

むしろ、得意な魔術が無くて可哀そう、と言われてきた。

現に魔術の家庭教師から使い方を教わっても他の人よりも弱い力しか出なくて、落ちこぼれだと思っているくらい。

だから、全力で王太子の言葉を否定したけれど、彼は自分の言葉を撤回しようとはしなかった。君や周りの者が誰も気付いていないだけだと思うよ、と。


「ローディア嬢、庭に出てみない?」


ああ、もう逃げたいと思い始めたところに誘われてちょっと困惑したけれど、王太子に逆らう選択肢はないので、仕方なく王太子のエスコートで掃き出し窓から庭園に出ると、風が火照った頬を冷やしてくれて気持ちがいい。


「向こうに池があって今、蓮の花がちょうど見ごろなんだ。」

「…蓮?」

「見たことない?」

「聞いたことも…ありません。」

「そうなの?…王宮にしかないのかな…。だったら、尚更、見に行こうか。」


ほんの少し歩いただけで池に到着した。

水面には直径50センチくらいの花がたくさん浮かんでいる。

花びらは濃いピンクから白のグラデーションが美しく、幻想的だった。


「きれい…。」

思わず王太子から離れ池の傍まで行き、うっとりと眺めているうちにやがて花の下…池の底がきらきら輝いているのに気付いた。

「池の底がキラキラしています?」

すっと隣に王太子が立つ。

「ああ。池の底には水晶が敷きしめられている。池は意外に浅くて膝上くらいまでしかないから底も綺麗に見えるように配慮しているらしい。」

「そうなのですね。」


 その時、突風が吹いて思わずよろけ、王太子にぶつからないように身をよじった途端、バランスを崩して池に落ちそうになった。


「危ない!」


私の腰に王太子の手が回って王太子に抱き寄せられる形になる。


「きゃ!…ご、ごめんなさい!」


慌てて彼から身を離そうとしたけれど、彼は私の腰から手を離さず、むしろ自分の方に引き寄せながら、

「池に近すぎて危ないから、こちらへ。」

と、数歩、そのままの姿勢で池から連れ戻される。


「あ、ありがとうございます!」


何とか離れようとしたところで、王太子の手が腰から離れてほっとしたと思う間もなく、突然、王太子が私の前に片膝を立てて跪き右手を取られた。


「ローディア嬢。わたしの婚約者になってくれませんか?」

「…な、な…、な…、な…。」


絶句して、声が出ない。

え?

レイチェル様か、ロザモンド様が婚約者の有力候補じゃなかったの?


「昨日、青蘭の間から出てくる貴女を見て、一目ぼれしました。」


えー!どこから見ていたの?

…だけど、容姿だけで決められても…困るような?


「今日お招きしたのは、貴女のことを知りたかったからです。容姿だけで選ぶわけにはいかない立場でしたので…。ほんの少しですが、貴女と過ごしてわたしはやっぱり貴女と共に歩いて行きたい、と思いました。どうか、考えていただけませんか。」


そんな私の気持ちを見透かしたわけではないだろうけれど、そう訴えてくる王太子のまっすぐな視線から目を逸らせないでいるうちに、なぜか、だんだん落ち着いてきた。


「あの…。すみません。立っていただけませんか。その、申し訳なくていたたまれません。」


王太子は驚いたようだったけれど、すぐに立ち上がってくれた。でも、手はしっかり握られたままだ。


「あの…。お尋ねしても、よろしいでしょうか?」

「ええ。どうぞ、何なりと。」

「メイフィールド公爵令嬢か、カリキュア侯爵令嬢のどちらかが婚約者になられるのではなかったのでしょうか?」

「ああ、候補としては有力でしたね。…あくまで、候補、で決まっていたわけではありません。わたしはもう22歳です。もし、どちらかの令嬢、あるいは他の令嬢に好意を持てていたらとっくに婚約していたでしょう。それが踏み切れなかったのは、本当に好きな人がいなかったから。そして、昨日、わたしは確信しました。あなたをわたしは待っていたのだ、と。」


顔がほてってくる。きっと、真っ赤になっている。


「あの……。でも、わたくしは伯爵位で…。」

「伯爵位だと問題が?王家に嫁ぐことができるのは伯爵位以上の令嬢。身分的には何も問題ないですよね?」


ぐうの音も出ない。

王太子の言うことは正しいからだ。


「…今日、急に貴女をお茶会に誘ったのは、これから貴女は社交界に出られるようになり、他の令息達と知り合う機会が増えるから、です。…勝手は承知ですが、わたしは貴女を他の者に奪われたくない。」

「急に言われましても……。」

「そうですね。急な話で困惑されるお気持ちはわかります。…来週、またお茶会にご招待しますので、その時に返事をいただけませんか?」

「…はい……。」



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