王の命令
「お呼びですか。父上。」
ウィリアム王太子がいぶかし気に国王の私室へ入ってくる。
昼間から国王が王宮の私室に居ることは滅多に無い。
具合でも悪くなったのかと慌てて来てみたが、普段と変わらない姿の父王がそこには居る。
「おお、ウィリアム。来たか。こちらへ。」
「…昼間から私室にいらっしゃるとは珍しいですね?」
「ウィリアムと2人で話す必要があってな。盗み聞きもできないよう、防音の魔術もかけておる。」
「何でしょうか。」
「そちの結婚相手をつい今しがた決めた。」
「そうですか…。メイフィールドと、カリキュアのどちらに決まったのです?」
「どちらでもない。リリアンヌ・ローディア伯爵令嬢だ。」
「は?…聞いたことがありませんが…。」
「今日茶会デビューしたばかりの令嬢だからな。」
「…とすると、14歳?我が国では16歳にならないと婚姻できませんが。」
「うむ。わかっておる。だが、すぐに婚約を結び、彼女が16歳になると同時に結婚せよ。」
「理由をお聞きしても?」
「もちろん。そのために人払いをしたのだ。だがこの話は国王と王位を継ぐ者しか知ることができないトップシークレット。絶対に他言しないと誓うように。もちろんローディア伯爵令嬢にも、だ。」
「わかりました。」
「宮殿に入るために最初に魔力を登録する水晶については何を知っておる?」
「各自の持つ魔力は他の者と誰一人同じものはない。だから認識のために魔力を登録する。そして、デフォルトでは離宮のみに入れる。他の場所に入るためには、宮殿内の結界を作っている各魔石にあらためて魔力を登録しないといけない。だけれど水晶玉に最初に魔力を登録しておかないと結界用の各魔石に魔力を登録できない。あくまでもあの水晶玉に登録された魔力が元になっている。とても大事なものですね。」
「その通り。だが、本来、あの水晶玉は魔力を登録する目的で作られたものではない。百合の乙女を選別することが目的なのだ。」
「百合の乙女?何ですか、それは。」
「我がゴールドマウンティン国の国名の由来は知っておるな?」
「我が国のどこからでも北方を見ればそびえたつ山が見える。ゴールデン山から来ていますよね?その山が金色に輝いているから。そしてそのゴールデン山は神峰…、神々が住まう場所という言い伝えもありますね。」
「その通り。そして言い伝えではない。真実あの山には神と呼ばれる者が住んでいた。」
「え?会ったことがあるのですか?ゴールデン山に誰かが住んでいると言う話は聞いたことがありませんが。」
「いや。会ったことは無い。」
「?」
「山の神々の話が代々の王に伝わっている。それをそちにも伝える。」
「はい。」
「彼の山に住むものが神々と呼ばれているのは、膨大な魔力を持ち、強大な魔術を使う一族だったからだ。
我が国の民はもともと、彼らと出会うまで弱い魔力しか持っていなかった。
せいぜいろうそくに火を灯す程度の生活魔術しかな。
我ら王家の初代王があの山の神々の王の娘を妃とした。
その時に、初代王に仕えていた高位の者も山の神々の一族を伴侶に迎えた。
そしてその子供たちには彼の一族が持つ魔力が遺伝し強い魔術を使えるようになった。
言い換えれば、この国で貴族を名乗る者は彼の山の一族の子孫であるということ。神々の末裔だな。だから今、魔力を持たぬ者は神々末裔では無いし貴族でもない。」
「…はあ。そうだったのですか。それで、平民は魔力を持たないのですね。」
「そうだ。」
「で、百合の乙女と神々の話の関係は?」
「百合の乙女とは神々の血が最も濃く現れる、いわば、神に近い力を持つ乙女を言う。リリアンヌ・ローディア伯爵令嬢の魔力はあくまで推察の域を出ないが、この国で一番多く、使う魔術は世界を滅ぼすほどの力を持つ。」
「なんと。」
「わかるな?魔力とは遺伝で伝わるもの。王家は定期的に魔力が強い令嬢を迎える必要がある。今日。水晶玉が彼女を百合の乙女と判定した。百合の乙女と判定される令嬢が現れると、この指輪。」
リカード王が自分の右手小指に嵌めている銀色の指輪をウィリアムに見せる。
銀色の指輪には限りなく透明な小さい水晶が1粒埋め込まれたシンプルなもので、国王が嵌めるには少々不釣り合いな指輪。
「この指輪の石が金色に光るようになっておる。さっき、執務中にいきなり金色に光ったので周りにいた貴族どもがびっくり仰天しておったが、適当にごまかした。」
「…なぜ、百合の乙女と判定されたらその指輪が光るのですか?」
「百合の乙女は絶対に王族が娶らなければならないからだ。だから判明次第、囲い込めるように水晶玉と対で作られた指輪…だと、そう代々伝わっておる。」
「絶対に娶らなければならないほど膨大な魔力を持つのですか…?」
「そう伝わっておる。…良いか、ウィリアム。我が王家の一族は他の貴族達よりも魔力が多い。それは知っておるな?」
「はい。…それに比べて最近の貴族達は昔ほど魔力が多くないと聞いています。」
「うん。それは王家が魔力が多い令嬢を妃に迎えてきたこともあるが、百合の乙女が生まれるたび、必ず王妃に迎えてきたことが大きいのだ。…儂の王妃は政略で隣国から迎えたから魔力を持たぬ。だが、そちやそちの弟妹の魔力は貴族どもと比べてもまだまだ多い。それは、百合の乙女の血が王族に流れているからだ。」
「…そう、だったのですね。」
「わかったか。ウィリアム。百合の乙女は数百年に一度しか生まれぬ。その乙女が生まれたら絶対に王家に取り込まねばならぬ。我が王家の繁栄のために。」
「理解しました。では、リリアンヌ・ローディア伯爵令嬢には私から求婚に行けば良いのですか?それとも王命で命じられるのですか?」
「そこが悩みどころでな。」
「はい?」
「我らには想像もつかぬほど膨大な魔力を持つ娘なので、怒らせるわけにはいかぬ。だから、自発的にそちを選んでもらうのが一番なのじゃが……。」
「では、まずは会ってみましょう。…そうですね。今日デビューしたのであれば、遠くから見かけて一目ぼれした。でも通じましょう。」
「うむ。そうしてくれるか。」
「姿絵はございますか?」
「うん?」
「一目ぼれしたと言う以上、令嬢に声をかけるとき容姿を知らないでは済みません。」
「おお、そうじゃな。すぐに手に入れさせ、そちの部屋に届けさせよう。」
王太子ウィリアムが退室していくのを見届けてから、リカード王はため息をつき、誰も入ってこられないよう魔術で扉が開かないようにすると、壁に据え付けられた書棚の一部に自らの魔力を注ぐ。
やがて音もなく書棚が左右にずれ人が一人通れる空間が開いた。
そこを抜けると、奥の壁に書物が収められた書棚、そして一人掛けの椅子と小テーブルだけが置かれた小部屋に入る。
この部屋に納められた書物は初代王から数百年後の王の日記と調査書、その後世の先祖たちの手記。どれも、百合の乙女に関することが書かれていて表に出せないものばかり。
ウィリアムに伝えたことは一部だけが正しく他は間違っている。
正しいのは、
初代王の妃は神といわれる者が住む国の王の娘であること。
この国の魔力を持つ者は彼国の民の血を引いていること。
そして、百合の乙女が生まれたら妃に迎えてきた、ということ。
それだけだ。
嘘をついたのは。
百合の乙女は王家が娶らなければならないということ。
そう。
本当は、百合の乙女が生まれたら神の国に帰さなければならない。
初代王妃と王家の契約。
だけれど、我が王家の先祖たちは、その契約を守ってこなかった。
膨大な魔力を持つ百合の乙女の血は、強大な王家を作るために絶対に必要で。
だから、神の国に帰さず、王家で抱え込んだ。
当初の先祖は契約を守らないことへの神罰を恐れたようだけれど、帰さなくても神罰は起きなかった。
だから。
だから。
いつかは帰さなければいけないのだろうな。と思いつつ、先送りしていって今に至る。
リカード王はため息をつきながら、もっとも古い日記を手に取る。
800年ほど前のこの日記を書いた王が、初めて生まれた百合の乙女を妃にした王で、神罰をおそれつつも彼女の美しさに恋い焦がれ自分のものにしたと書いてある。
そして死ぬまで神罰を恐れたけれど何も起こらず、彼女との子供たちは強大な魔術師となって他国を攻め滅ぼし、今に続く大国を作ったとも。
その後の先祖たちの手記も似たようなものだ。
百合の乙女が生まれるタイミングは、なぜか、王族の魔力が弱っていく…血が薄くなっていくからだろう…時期と合っている。
そして百合の乙女から生まれる子供たちは先祖返りしたかのように膨大な魔力を持ち、王族の力を再び強めてくれている。
だから。
みんな、百合の乙女を囲い込んだ。神の国に帰すと言う契約を守らず。
そして儂も。
まだ貴族達に比べれば我々王族の魔力は多い。使える魔術が彼らよりも強大だから、貴族どもは王家に忠誠を誓っている。
だけど、儂も知っている。
儂は亡き父王よりも魔力量が少ない。
そして、ウィリアム達は儂よりも魔力が弱い。
つまり、このままいけば、貴族どもを納得させるだけの魔力を王家も持たないことになる。
そうなってはならないのだ!
…それにしても。
リカード王はため息をつく。
神の国に帰さなければならないのには理由がある。
初代王は理不尽な方法で神の国の王の娘を妃にしたのだから……。
それに目をつぶっている自分を含めた代々の王は本当に罪深い。
神の国。正式な国名は伝わっていない。今なお存在しているのかさえわからない。
「ウィリアムは儂を許してくれるだろうか……?」
ウィリアムに真実を教えず、百合の乙女を娶るよう命じた。
もしかしたら、真実を教えて選ばせるべきだったのかもしれない。
王位を継いだら真実を知ることになるであろうウィリアムを思うとずきりと胸が痛む。
「いや。ウィリアムとてこの国の王になるもの。王家にとって必要悪とわりきってくれるだろう。きっと。」