王家の執着
「…過去、本当に、ゴールデンマウンティン王国に百合の乙女は…生まれたのでしょうか…?」
「うん?」
「ゴールデンマウンティン王国が、故意に国同士の契約を違えるとは思えないのですが…。」
「過去、何度も百合の乙女は生まれているし、ゴールデンマウンティン王国はヴァルハラとの契約を守っていないと断言できる。」
「なぜ、ですの?」
「まず。百合の乙女が生まれると、ヴァルハラのクリスタルの柱の側に植えられている1輪の金色の百合が花開く。…過去、何度も何度も百合の花が咲いたけれど、1度も百合の乙女はヴァルハラに来なかった。」
はっと息を呑む。
「…14年前に、クリスタル柱のそばの百合が開花した。だから、君が生まれたことを…ヴァルハラの民は皆知っている…。」
「そ…そうだったのですね。…あの、でも、そうですね。1000年前の契約だと…ゴールデンマウンティン王国の誰も…その契約を覚えていないのではないでしょうか?わたくしも初めて知りましたし…。」
急にステラロードのまとう雰囲気ががらりと変わり、冷たい笑みが浮かんだ。
「少なくとも、ゴールデンマウンティン王国の王家は知っているはずだ。知っていて、契約を破り続けている。百合の乙女の子供は必ず強大な魔力を持つ子供を産むから。」
「そ、そんなこと…。それさえも王家は忘れているのかも?」
「いいや。覚えている。…君の左手薬指の指輪。」
はっとして、指輪を見る。
「王家の執着が籠められた指輪だね。外せないでしょう?」
「え?ええ…。」
「それが纏う魔術を知っている。その指輪はそれを嵌めた人間にしか外せないだけでなく、対の指輪があって、その指輪を使えば、君の居場所を特定できる。」
「…な!?」
「そもそも。たぶんだけれど、君が王家に目を付けられたのは君がゴールデンマウンティン国の宮殿にある魔石に触れた直後じゃないか?」
「え…?」
「彼の国の宮殿にある魔石はすべてヴァルハラが、彼の国の王妃となった百合の乙女を護るための結界を張る目的で創ったもの。そして、百合の乙女が生まれたとき、彼の国の者達がそれを知ることができるようにと創られたもの。百合の紋章は誰にでも見える形で現れることはないからね。」
その瞬間、私は彼の話が真実だと、信じた。
宮殿のお茶会に初めて行ったその翌日、王太子に呼び出された。
一目ぼれだと言っていたけれど、今になってよく考えれば、本来ありえるはずが…無いのだ。
お茶会が開かれた離宮から王太子が普段暮らしている王宮まで距離がある。
王宮に何度も通ったから知っている。
王宮から執務宮に行く途中だったとしても離宮を通る必要は無いし、方角的に私達が見えるはずはない。
何らかの目的があって離宮を訪ねていない限り、王太子が私を見初める機会は無いに等しいのだ。
…そして、あの日、離宮で行われていた茶会は1つだけ、だった。
金色に光った、登録の魔石。
案内してくれた従僕が、白く光るはずだと言っていた、あの言葉。
「…登録の魔石が金色に光ったら、百合の乙女だとわかるのですね…。」
彼は雰囲気をふっと和らげて微笑んだ。
「その通り。…そして、百合の乙女が登録の魔石に触れたとき、その魔石と対の石が嵌められた指輪が光る。おそらく代々の王はその指輪を受け継ぎ、嵌めているはず。…つまり、君が登録の魔石に触れたとき、王は百合の乙女がまた生まれたことと、それが誰かを知っただろう。…そして。君を王家に取り込むため、王太子を送り込んだ。」
彼は嘘を言っていない。
そしてその時、なぜ、愛そうと思いながらも、ウィリアムを受け入れられなかったのか…わかった気がした。
それはきっと、ヴァルハラの民の1000年にわたる祈りの声。
代々の役目を果たせず生きてきた百合の乙女達の哀しみ。
それが私の心のどこかに…届いていたのだと、思えた。
左手の薬指の指輪が急に不快に感じ、外そうと触れて、はっとする。
「あの!…ここにわたくしがいることを、ウィリアム様は知ることができる、ということですか?」
「ウィリアム、というの?君の婚約者は?」
「え、はい、そうです。」
ステラロードの顔が苦し気にゆがんだ。
「…君は…、ウィリアムのことを…愛しているの?」
「え!?とんでもないです!」
「本当に?」
「はい。王命で断ることができませんでした。」
「良かった…!」
いきなり、ステラロードにぎゅっと抱きしめられた。
「今度こそ、今度こそ、君を離したくないんだ…。」
心臓が急に激しく鼓動を打つ。
身体中がカッと熱くなり、頭が真っ白になって脱力する。
ウィリアムに抱きしめられた時とは違う歓喜と羞恥心と、そしてもっと強く抱きしめてほしいという想い。
「ステラ…。」
無意識にこぼれた彼を呼ぶ声。
その瞬間、私の脳裏に夢でみた光景がくっきりと蘇った。
百合の咲く野原で2人で抱き合い、キスしていた恋人の光景。
あの2人は、私達、だ。
そして、すとんと腑に落ちた。
私はこの人と一緒になるために生まれてきたんだ、と。
彼が言うように、きっと、恋人から引き裂かれた百合の乙女の生まれ変わりが私なんだろう。
そうでないとしても、その乙女の嘆き…彼の元に帰りたいという想い…が彼女の子孫である私の魂のどこかに染みついている…んだと心のどこかで納得した。
「…引き裂かれた百合の乙女の恋人の方は…。蓮の花が咲くほとりで自害されたのですね…。」
はっとしたように、抱きしめていたステラロードの腕の力が緩む。
「なぜ、それを!?」
「やはり、そうだったのですね…。」
夢の中で、彼に「諦めろ」と言っていたのは、「恋人の百合の乙女を取り戻すのは諦めろ」という意味だったのだろう。そして、恋人を奪われた彼は絶望して…。
閉じた目のまなじりから涙がこぼれる。
「リリアンヌ!?」
私はステラロードの胸の中に顔を強く押し付け、両腕を彼の背中に回して強く抱きついた。
一瞬、彼の身体がびくりと固くなったけれど、同じように強く抱き返してくれて…。
そのままどれだけの時間が経ったのだろう…。
「この指輪…。」
「リリアンヌ?」
「外す方法はございませんか?」
「ある。」
「で、では、今すぐに…。」
「今すぐは、無理だ。」
「え?でも。不愉快です。それに、ウィリアム様が連れ戻しに来たら…。」
「すぐにはヴァルハラに入れないから猶予はある。ゴールデン山までは対の指輪が案内できる。だけど、ヴァルハラへの入り方を彼は知らないだろう。…ところで、ウィリアムが居るところからゴールデン山までどれくらい日数がかかる?」
「あ!そういえば…。今、ウィリアム様は他国に滞在されています!今日、連絡が行ったとして、日夜ぶっ通しで馬を走らせたとしても…1週間はかかるでしょう。」
「それは良かった。…リリアンヌ。彼が到着する前にクリスタルの柱に君の魔力を注ぎ、浄化してくれないか。」
「はい?」
「クリスタルの柱が透明に戻れば…。我らヴァルハラの民は魔力を取り戻す。そうすれば何も恐れることは無い。」
「で、では今すぐに?」
「いや、明朝にしよう。君はここに来たばかりで、疲れも酷い。少し眠って?疲れが取れてから、クリスタルの柱まで案内するから。たぶん、魔力を注ぎクリスタルが完全に浄化されて透明になるまで何日か掛かると思うんだ。何しろ1000年の間、百合の乙女が不在だったのだから。」
「ウィリアム様が戻ってくる前に、透明にしたいです…。」
「焦らなくても良いから…。ね。大丈夫。今は、眠って?」
彼の手が私の両目の上に置かれ、またもやあたたかな金色の光が注がれるのを閉じている眼でも感じられた。
「ステラ…。離れないで…、そばに…いてくださいますか?」
急激に襲ってきた眠気に逆らいながらも、問いかける。
「もちろん。2度と君の側からは離れない。」