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レイチェル様



 婚約披露パーティが終わった翌日から、ローディア伯爵家にはお祝いの贈り物が大量に届き、また父への面会依頼と母と私へのお茶会の招待状がどっと舞い込み、両親と執事や従業員たちが処理に追われる日が続いた。


 私も王太子妃の教育のため週に3日、家庭教師が派遣されることになって、気を引き締める。

一応、伯爵令嬢として、高位貴族のマナーと教養は身につけていたものの、王族に連なる者の義務として政治や経済、王妃が主管している慈善事業や王家の事業の説明など、一貴族令嬢なら知らなくても良い知識が2年かけて教えられることになっている。

従って教師になってくれるのは、宰相や財務大臣、外務大臣、王妃様の侍女長など身分が高い方ばかり。また超多忙な方ばかりなので、その場で覚えるくらいの気概が必要だろう。




 そんなある日、王妃が主催したお茶会で、以前の王太子妃筆頭候補だったレイチェル・メイフィールド公爵令嬢に声をかけられた。

「ごきげんよう、リリアンヌ様。もしよろしかったら、わたくしとバルコニーでお話できませんこと?」

「はい、かまいませんわ。」


バルコニーに移動すると、レイチェルから婚約のお祝いの言葉をいただいた。


「リリアンヌ様には王太子殿下とのご婚約、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」


レイチェルがバルコニーを背に私をまっすぐ見つめて、ニコリと微笑む。


「…実はわたくし、王太子殿下の婚約者には、砂漠の国の王女が選ばれたのだと思っておりました。」

「そ、そうだったのですね。」

「砂漠の国の王女の噂は聞いたことがございますか?」

「いいえ。」

「傾国の美女と言われるほどの美貌を持ちながら王立貴族院を学年1位の成績で卒業し、彼の国の社交界を若干17歳で掌握し運営されている才色兼備の方だそうです。」

「…はあ。」

「そのような方が王太子殿下の隣に並び立つならば。と、わたくしは自分が選ばれなかったことに納得していましたの。」

「…。」


レイチェルがじっと私を見つめて、こてりと首をかしげる。


「…なぜ、リリアンヌ様が選ばれたのか、わたくし、わかりませんの。…教えてくださいませんか?」

「王命を頂いたので…。」

「ええ。わかっておりますわ。そうではなく。なぜ、陛下はあなたに王太子殿下との婚約の許可をお出しになったのでしょう?」

「………。」

「その表情からしますと、ご存じないようですわね。ええ。わたくしもわかりませんもの。王太子殿下をたぶらかし、王太子殿下から陛下にお願いしてもらった、というのが妥当ですかしら?」

「そ、そんなことしてません!」

「ねえ、リリアンヌ様。」


急にぞっとするような冷たい笑顔を向けられる。


「あなたは、王太子妃になるために、何を努力なさったのかしら?」

「……。」

「わたくしは生まれた時から、王太子妃になるべく厳しく躾けられてきたわ。公爵家の敷地から出ることも許されず、来る日も来る日も教師とお勉強。同い年の令嬢と遊ぶことも許されず。…でもね。わたくし、たまに父に連れられて宮殿に来て、王太子殿下とお話できるのがとても幸せだったの。だって、ウィルアム様を一目見たとき、お嫁さんになりたいって思ったのですもの。…だから、あの方の隣に立つために、苦しい毎日を乗り越えてこられたの。」

「……。」

「教師達からは学力もマナーもダンスも何もかも、王妃にふさわしいレベルですと太鼓判をもらったわ。それでも、わたくし、慢心せず、ウィルアム様を助けることができるように…、政治も経済も宰相たる父に教えてもらったわ。国内情勢も外国の情報も知ろうと努力したわ。…あなたは何をしたの?」

「……。」

「…何もされていないのね。それなのに、ウィリアム様の隣に立つの。そう。…わたくし、あなたを認めませんから!…いいえ!返してよ。わたくしに。ウイリアム様を!」


レイチェルの美しい青い瞳からぽろりと涙がこぼれた。


「レイチェル、様…。」

「返してよ!!」


いきなり彼女が両手で私の肩を掴み、激しく揺さぶってきた。


「家格だってわたくしの方が高いし、容姿だって、あなたに負けているとは思えないわ!なぜ、なぜなの!?」

「落ち着いてくださいませ。レイチェル様!」


揉み合っていた時に突然、バルコニーの手すりがバキッと嫌な音を立てて折れた。


「「え!?」」

レイチェルと2人の声が重なる。

「「きゃああああああああ!」」


茶会が開かれていたのは離宮の3階。ここから落ちた場合、運が悪ければ死ぬだろう。

その瞬間、突然、無意識のうちに私から魔術が発動した。

地面から強い風が吹き上げ、私とレイチェルはその風に押しあげられてゆっくりと地面に降りていく。

地表すれすれで風が風船のようにぶわりと膨れ上がり、それが少しずつ縮んでいき、静かに私達は地面に着地した。


レイチェルが茫然とした顔で見る。


「…い、今のは、あなたが?」


その時、3階で「誰か落ちたわ!」と今更な悲鳴があがり、離宮の扉から多くの騎士達が駆け付けてくる。


「ローディア伯爵令嬢!お怪我はございませんか!?」


落ちたのが私だとわかった騎士達が真っ青になり、レイチェルも隣にいるけれど、彼女に構うものはおらず、私一人だけ取り囲まれて休憩室に用意された部屋に無理やり連れていかれる。


どこも怪我していないと言っているのに医師が駆け付け、念のためですと診察され、そこへ茶会に出ていなかった王太子までもが駆け付ける。


 その後の調査で、バルコニーには作為的な切込みが入れられていたことが判明し、離宮はもちろん宮殿全体のバルコニーの調査が行われることになった。調査結果が出るまで、バルコニーの利用は禁止。

その事件の騒ぎでレイチェルと私の争いは他の人に知られることなく。


その代わりに3階から落ちて無傷だった理由を聞かれて、風が起きて落下速度が落ちたことを伝えれば、私自身が意図的に発動したわけでは無いと主張もしたのに、さすが王太子妃に選ばれるだけあって魔力が非常に強いのですね、と褒めたたえられるようになってしまい、困惑するばかり。


その後、レイチェルと話す機会がないまま、ほどなくして彼女は療養のため領地に移ったと人づてに聞いた。



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