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令嬢たちのお茶会



…また同じ場所に来ていた。

 藍色の水面にたくさんの蓮が咲き乱れた池のほとり。

池から少し離れたところ、百合の花が咲き乱れる野原で1組の男女が寄り添っているシルエットが見える。

遠いはずなのに、2人の顔が月明かりに照らされてくっきり見える。

2人は恋人なのだろうか。それとも夫婦?

見たことが無い人たちだけれど、思わず目を引かれる美しい顔立ち。

お互いの目には相手を愛おしく思う気持ちがあふれていて、ドキドキした。

男性がやさしく女性の腰に手をまわして抱き寄せ、頬にキスする。

「リリアンヌ。俺の、百合の乙女…。」




「お嬢様!もう起きてくださいませ!」

侍女ラミィに肩を叩かれて、はっと目が覚める。

「ここ、どこ?」

「何を寝ぼけていらっしゃるのですか!…というか、最近、朝起きられない日が増えてますよね?今まではわたしが起こさなくてもちゃんと起きられていたのに。…どこか身体の具合がよろしくないのでしょうか?」

「ううん。わたくしは元気よ。…でも、そうね。何か夢を見ている時間が長い気が…するの?覚えてないんだけれど。」

「夢、ですか?…夢で眠れないのでしたら、夢の分析をする魔術師のカウンセラーを呼びますか?」

「ううん。そこまでじゃないから大丈夫。」

「…あまりに眠りが浅いようでしたら、診察を受けた方がよろしゅうございますよ?」

「そうね。その時は相談するわ。でも別に悪い夢じゃないし。うん。今は必要ないかな。」

「承知しました。では、お召替えを。」




 王宮で週に1度、王太子とのお茶会をするようになって3カ月が過ぎた。

毎週、数時間をともに過ごせば、王太子はまじめで責任感が強く、頭も良い人間だとわかった。

毎日、花束が途切れることなく届くのも変わらず、言葉の端端からも自分を本当に好きで、大事にされていることがよくわかる。

そして彼は決して婚約の申し出の返事を自分から聞こうとはしなかった。

私の気持ちが決まるのを辛抱強く待ってくれているのだろう。

それにしても、私がどうしても王太子の婚約の申し出にうなずくことができないのは、なぜだろう。何かが引っかかっているのだ。


 もしかしたら、夢のせいだろうか。

夢の中で見る光景は胸がうずくほどに懐かしく、そこに行きたいと思い、「百合の乙女」という呼びかけには、締め付けられるような哀しみで魂をゆさぶられた。

14歳になってから見始めた夢は、最初は10日に1度くらいだったのに、今は5日おきくらいに見るようになっている。

最初の頃は風景も声もぼんやりと霞んでいたけれど、最近ははっきりとしてきていて、なぜかあそこに行かなければならないという気持ちが湧き上がる。

あの風景がどこにあるのか、全く知らないのに。


 植物に詳しい父と兄に、「蓮の花が咲いている池を知らない?」と聞いてみたけれど、父も兄も蓮の花自体を知らなかった。王宮の池に咲いていると話をしたら、「見てみたい!」と騒がれたほどに。

私が王太子の婚約者になれば、その家族として王宮の池に見に行くことができるかもしれないけれど、今は見に行くことができない。とても悔しがっていた。

「百合の花がたくさん咲き乱れている野原を知らない?」とも聞いたけど、百合の花が咲いている丘や公園は教えてもらえたけれど、地平線までたくさん群生している場所は思いつかないそうだ。

「そんな場所があったら観光スポットとして有名になっていると思うけど?」

と兄に言われ、納得せざるをえない。


 でも、あれだけ何度も見ている光景…、自分が想像した風景とも思えず、もやもやする。





「お嬢様、今日は、こちらのドレスでしたね?」

困ったようにうなずく。

今日は、3カ月に一度開かれる伯爵家以上の令嬢達が集まるお茶会の日。

侍女のラミィが着せてくれようとしているドレスは、王太子が今日のためにと贈ってくれたドレスで、淡いピンクがかかったシルバーのドレスだ。生地と同色の糸で細かな小花が刺繍されていて可愛らしいのだけれど、上品さが漂う。


「ね、ねえ。こんな高そうなドレスを着ないとだめなの?」

侍女のラミィも困った顔をした。

「…せっかく殿下からこれを今日のお茶会用にとプレゼントされたのですがから、着ないと言う選択肢はございませんよ?」

「うっ…。そうなんだけど。」

他のドレスに着替えたいんだけど、だめです、と押し問答をしていたら、母が入ってきた。


「あらあ。とっても良く似合っていてよ。リリアンヌ。」

「お母様あ。やっぱり別のドレスに変えたいんですけど!」

「気持ちはわかるけれど、王太子殿下がわざわざ贈ってきたものを着ないわけにはいかないでしょう。」

「でも…。」

「はいはい、文句があるなら王太子に直接言いなさい。さ、遅刻するわ。早く行きなさい。」




 ローディア伯爵家の紋章が入った馬車で宮殿に向かう。

ここ3か月、王太子の馬車で宮殿に向かっていたので、なんだか違和感があるけれど、本来はこれが正しいのだ。

離宮に馬車が止まれば、なんと王太子の従僕であるバーキン伯爵令息が迎えてくれた。


「ようこそ、ローディア伯爵令嬢。今日のお茶会は白薔薇の間で開かれます。ご案内させていただきます。」

「バーキンさん。」

シッと人差し指を唇に当てて、バーキン伯爵令息がささやく。

「今日のわたしは王太子の従僕でなく、令嬢達をご案内する係になっています。わたしのことは知らない者として無視してくださいね。本来の仕事ではありませんし。」

「承知しました?」


 本来の仕事でないのに、なぜ出迎え役をしているんだろう?と頭にハテナマークを浮かべつつも、彼に案内されて白薔薇の間に行けば、その部屋は先月茶会が開かれた青蘭の間よりも大きく豪華な客間だった。

真っ白い壁に金色で薔薇の模様が描かれている。家具やテーブルも白と金。

椅子は白い枠にクッションが金色で小さなバラが浮かび上がって見える。

部屋には掃き出し窓が多くそこから美しい庭園は見えるけれど、庭園に出られないようになっていた。

すでに来ている令嬢達が、あちこち壁際などに集まって談笑している。

私も幼馴染のマリー伯爵令嬢を探して辺りを見回せば、すぐに見つかり、先月一緒に話をした数人の令嬢達とも世間話が始まった。


「まあ。レイチェル様とロザモンド様だわ。」


 扉の方を振り返れば、2人が何か話をしながら入室してきたところだった。

今日のレイチェルは少し濃い桃色のドレスだった。金糸で細かな模様が刺繍されていて美しい。髪をドレスと同じ生地のリボンで後頭部の高いところにまとめていた。大人びた雰囲気が上品さを醸し出す。

ロザモンドはオレンジ色のドレスでフリルがふんだんに使われ、可愛らしさを押し出している。先週に引き続き縦ロールの髪型で化粧がやや濃いため少しドレスとイメージが合っていない気がしないでもないけれど、自信たっぷりの動作を見ればそれでいいのだと納得させられてしまう圧しの強さがある。


「それにしても全然、王太子殿下の婚約者が決まったと言う話を聞きませんわね。」

「本当ですわ。お二人とも18歳。そろそろどちらかに決まらないと、決まらなかった方は新しいご縁を結ぶのが難しくなりますもの。いい加減決まってほしいですわ。」


その時、お茶会を開始しますという声が響き、席次表に従って着席する。

…あれ?

先週は新参だったからか、かなりの末席だったけれど、今日はかなりの上席?

もちろん、お茶会の席次は毎回変わり、違う爵位の令嬢と隣り合わせに座るように配慮されているとは聞いている。

でも、今日はいきなりレイチェル公爵令嬢のすぐ隣で、しかも正面にロザモンド侯爵令嬢が座っている。その周囲の令嬢もたぶん、王太子妃候補者が多そうだ。


「お会いするのは初めてですわね?」

隣に座っているレイチェルが微笑みながら声をかけてくれた。

「は。はい!前回のお茶会でデビューしましたリリアンヌ・ローディアと申します。」

「まあ。ローディア伯爵と言いますと寒い地方でも育つ小麦を開発された方ですよね?」

「はい。ご存じだったのですか。」

令嬢がそのような話を知っているとは思ってもいなかったので、びっくりする。

「ええ。王太子妃候補としては国内で何が起こっているか政治や経済の勉強をする必要がございますもの。」

「そ、そうなのですね。」

にっこりと微笑むレイチェルの笑顔がまぶしい。

「そういえば、西方のイーディス侯爵の領地で新しく鉄鉱山が見つかったそうですわよね?採掘がそろそろ始まると聞きましたわ。」

いきなりロザモンドが割り込んできた。

「まあ。それはわたくし存じませんでしたわ。」

「あら。レイチェル様がご存じないなんて珍しいですわね。」


王太子妃候補2名の間に静かに火花が散っている気がする。

だけど、国内状況をこうやってちゃんと調べているなんて、すごい。

…私には王太子妃なんてやっぱり務まらない気がする…。


その時、突然、

「王太子殿下のおなりでございます。」

という声がして、談笑していた声がぴたりと止まる。


「突然に申し訳ない。あと、皆の挨拶は不要だ。」

王太子が後ろに従僕のフレッド・バーキン伯爵令息を従えて入室してきた。

「ご令嬢の皆様方がそろっているこの場で報告があって特に時間を頂きたい。」

室内にざわめきが広がる。

私の耳にも、「もしかして婚約者の発表かしら?」というひそやかな声が届いた。

レイチェルとロザモンドの顔が心なしか緊張で赤くなっている。


「王太子妃の候補者は全員、立ち上がってほしい。」


レイチェルとロザモンドのほかに3人の令嬢が立ち上がった。もちろん、私は座ったままだ。

立ち上がった5人の令嬢に、王太子は軽く頭をうなずき、はっきしした声で告げた。


「メイフィールド公爵令嬢、カリキュア侯爵令嬢、イーディス侯爵令嬢、ハリス侯爵令嬢、ブラン伯爵令嬢。本日付で私の婚約者候補から外すものとする。これは王命である。」

微かな悲鳴をあげて1人の令嬢が卒倒した。

隣に座っていた令嬢が「イーディス様!」と慌てて気付け薬を嗅がす。

室内が一瞬、悲鳴の混じった大騒ぎになった。

その喧騒の中、凛とした声が響くと、とたんにまた皆が口をつぐむ。


「王太子殿下。婚約者候補から外すとのこと、王命であれば確かに拝承いたします。ですが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

レイチェルだった。

「何か?メイフィールド公爵令嬢。」

「候補から全員外れたと言うことは、もうすでに新しい婚約者が決まったということでよろしいですか?」

「その通り。」

「どなたかお教えいただいても?」

「まだ言えない。しかし、近々、王命で公布がされるだろう。」

「そうですか…。」

レイチェルが軽く目を伏せる。


「納得できません!」

ロザモンドが叫んだ。

「わたくしが選ばれなかった理由を教えてくださいませ!」

「王命で別の人が決まった。ただそれだけだ。」

ロザモンドが悔しそうに唇を噛んだ。納得できていないのだろう。

でも、王命と言われたら、貴族の気持ちが入り込む余地は無い。


「5人の令嬢方には長年の間、候補者として尽くしてくれたことに感謝する。その謝礼は陛下から下賜されるであろう。わたしも心からの感謝と報われなかった時間に謝罪する。」

軽く頭を王太子が下げる。


「話は以上だ。せっかくの令嬢方の茶会を邪魔したことを詫びる。」


そして、王太子は退席していった。


「お茶会の続きを」と声が聞こえたけれど、王太子がいなくなった会場はパニック状態で、それどころでなく、令嬢達は皆一様にテーブルから立ち上がり、親しい令嬢同士が集まってひそひそ噂話を始める。


「いったいどなたに決まったのかしら?」

「外国の王女を迎えるのではなくって?確か、砂漠の国の王女から王家に書簡が着ていたと言う話も聞きましたわ。」

「あら、本当?」


私も幼馴染のマリーに引っ張られて壁際に行き、皆が興奮していろいろ話をしているのを聞きながら、なんだか胸の奥が苦しかった。


 卒倒したイーディス侯爵令嬢は気分がすぐれないとすでに退席し、候補者だったハリス侯爵令嬢とブラン伯爵令嬢もいつの間にか姿を消している。

レイチェルは綺麗な姿勢で椅子に座ったまままっすぐに正面を見て何か考えているようだ。

逆にロザモンドはヒステリーを起こして、取り巻きの令嬢達に当たり散らしている。

「納得できないわ!お父様に頼んで抗議してもらうんだから!」

という声が届いた。



 お茶会から令嬢達が興奮しつつ帰宅するために白薔薇の間から出ていく。

私も出ようとしたところ、扉の横に立っていた王太子の従僕のフレッドがそっと小さな紙を手に握らせた。

「化粧室で見てください。」

小さなささやきと共に。


私は化粧室に向かい…、もちろん、帰宅前に化粧室を利用する令嬢は多く、数人見かけたけれど、軽く会釈をして個室に入ってから握らされた紙を見ると

「馬車に乗ったらそのまま執務宮に向かって。御者には命じてある。」

と、王太子の字で書かれていた。


嫌な予感がするけれど、王太子の命令では仕方がない。

自分の馬車に乗り、執務宮まで移動すると、馬車の扉を開けてくれた騎士が、

「お父上と一緒にお帰りになるそうですね?ローディア伯爵は2階の第3会議室でお待ちのようですよ。」

と声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。」

「第3会議室といってもわからないでしょうから、ご案内させますね。」


執務宮に入るために結界の魔石に手を触れればあっさりと通行が許され、第3会議室まで案内してもらう。


「こちらです。では、わたしはこれで。」

「ご案内、ありがとうございました。」


お礼を言ってから扉をノックすると、確かに父の声で「入りなさい」と許可が出た。

入室すると、父だけでなく王太子も来ていた。


「お待たせして申し訳ありません。」

「こちらこそ、お茶会が終わったばかりでお疲れのところすみません。…こちらに来て腰かけてください。」


仕方なく、父の隣に腰かける。


「今日のお茶会で、婚約者候補が全員、候補から外れたことは理解できた?」

「はい。」

「その王命は本日付で、候補者の各家当主に届けられた。」

「そ、そうなのですね。」

「ここから本題だけれども、君に正式な王太子の婚約者になるようにという王命も近日中に出される予定。」

驚いて、顔が青くなるのがわかった。

隣の父が、心配そうに手を軽く握ってくれる。


「…本当は、君から承諾をもらってから王命を出してもらう予定だったのだけれど、父がもう待てない。と。…実は、砂漠の国から第一王女との婚約の打診が来た。それを禍根を残すことなく断るにはすでに婚約者がいる、と言う理由が一番なんだ。」

「……。」

「ローディア嬢。…わたしとの婚約はそんなに嫌だろうか…?」

「え?」

「もし、何かわたしに問題があるなら必ず直すと契約する。だから、なぜ承諾できないか教えてくれない?」

「……。」


途方にくれた。

王太子は良い人だと思う。

だけど、なぜか、結婚したくないと思う気持ちが強いのだ。その理由が自分でもわからない…。


「ローディア嬢?」

「…王太子妃…将来は王妃になるのが怖いのだと思います。」

他の理由が思いつかず、絞り出した回答がそれだった。

…本質は違うとわかっていながら。


「わたし自身が嫌いとかそういうのではないのだね?」

少しほっとしたような王太子の声が聞こえる。


「王太子殿下は良い方だと思います。」

その返事を聞いて、また王太子の表情が微かに曇るのを感じたけれど…。


父と王太子の間で王命による婚約の話が進んでいくのを、他人事のようにぼんやりと見つめていた。



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