社交会デビュー
誰かがどこかで呼んでいる声がする。
「ユ…」
「……誰?」
「ユリの…」
「ユリ?」
「ユリの……おと……乙女…よ。」
「リリアンヌ様!もう起きてくださいませ!」
肩のあたりを軽くたたかれて、ぼんやりと目をあけると、侍女のラミィが覗き込んでいるのが目に入る。
「今日は宮殿のお茶会に行く日でございます。もう、早く起きてくださいませ!」
そうだった!
今日は宮殿で伯爵家以上の令嬢が集まるお茶会が開かれる日だった!
がばっと跳ね起きれば、ラミィに浴室へと拉致される。
身体を清めてもらいながら、覚えていないけれど何か大事な夢を見ていたような気がしてうーん。と唸る。
「どうなさいました?」
「何か気になる夢を見たような気がするんだけど……。」
「おや。リリアンヌ様は夢占いの魔力をお持ちでしたっけ?」
「持ってない…はず。」
「ですよねえ。お嬢様は魔力をお持ちですが何属性かさっぱりわかりませんし。…さ、浴室から上がったら、朝食を早く召し上がってくださいませ。その後の化粧に時間がかかるのですから。」
急かされて浴室から居室に戻れば、テーブルの上には手早く朝食を済ませられるようにという配慮だろう。サンドイッチとスープが用意されている。
ため息をつきながら、宮殿に行くための準備に心を切り替えた。
「まあ。リリアンヌ。綺麗に支度できたこと。ドレスの色を瞳の緑と合わせて仕立てて正解だったわ。」
宮殿のお茶会に行くため階下に降りて行けば、お母様…ローディア伯爵夫人がにこやかに迎えてくれた。
「楽しんでいらっしゃい。」
「ありがとう。お母様。」
宮殿に入るのは今日が初めて。
伯爵令嬢以上が参加する宮殿で開かれるお茶会は3カ月に一度の割合で開催されているけれど、参加資格が14歳になってからなので。
そう、私はつい先月、14歳になったばかり。
宮殿には、王族が暮らす王宮、外国からの客人を迎える貴賓宮、政務を行う執務宮、そしてお茶会や宴会が行われる離宮がある。
王宮は宮殿の一番奥にあり、普通の貴族が立ち入りできない区域にある。
今日のお茶会は、離宮の青蘭の間で開くと招待状に書かれていた。
馬車が離宮の入り口の前で止まったので降りると待機していた従僕から招待状を見せるようにと言われ、見せると
「ローディア伯爵令嬢が宮殿にいらしたのは初めてですね?魔力登録いたしますので、青蘭の間に行く前にこちらへいらしてください。」
と、執務宮に連れていかれた。
「この部屋で魔力を登録していただけますか?」
「あの、魔力を登録、とは?」
「ああ。この宮殿は害意を持つ者が入れないように、また関係ない場所に迷いこめないように結界が張られているのです。魔力を登録しないと宮殿の中に入ることはできません。今回、ローディア伯爵令嬢が魔力を登録すると離宮に入ることができるようになりますが、離宮以外の宮殿には入れません。」
「入ろうとするとどうなるのですか?」
「結界にぶつかって先に進めなくなるだけです。」
「そうなのですね…。」
「この魔力を登録する部屋には誰も居ません。部屋の中央に水晶玉があるので、名前をフルネームで言いながら手をかざして魔力を注いでください。水晶玉が光ったら登録完了なので、そうしたら出てきてください。」
入るように言われた部屋の扉を開けて入室すると思ったより広い部屋で100平方メートルくらいあるだろうか?床も壁も天井も全て真っ白いすべすべの石でできていて、窓も無い。照明も無いのに部屋自体が発光しているのか、月光に照らされているかのような淡い光に包まれた部屋だった。
その中央に、直径2メートルはあるかと思われる水晶玉が白い台座の上に置かれている。
「ここに魔力を注げばいいのね。」
右手を水晶玉に向け、
「リリアンヌ・ローディア。」
と言いながら手の平から魔力を放出した。
その瞬間、水晶玉はまばゆい金色の光に包まれ、私の右手の甲に何かが浮かび上がる。
「え?…百合?」
右手の甲に精緻な百合の花が描かれたのを見て驚愕し、思わず魔力の放出を止めると水晶玉の金色の光もゆっくり消えて行き、それと同時に浮かんだ百合の花も消えた。
「え?何だったの?」
右手の甲を顔の前に持ってきて目を凝らしてみても、いつもの自分の手でアザ一つない。
首をかしげながら退室すると廊下で待っていた従僕が
「水晶玉は光りましたか?」
と聞いてきたので、
「はい。金色に光りました。」
と答えたら、不思議そうな顔をされた。
「金色?白く光ったのではないのですか?」
「金色に見えましたが…。」
なんだか自信がなくなってきた。
「緊張していたので、そう見えたのかもしれません。とにかく光りましたわ。」
「では登録できたようですね。青蘭の間にご案内いたします。」
青蘭の間まで従僕が案内してくれて入室すれば、まだ全員が集まっていないようで、宮殿の侍女から「皆様が集まるまで自由にお過ごしください。」と言われる。
どうやら招待状に書かれていた時刻は、魔力を登録する時間を見越して早めになっていたようだ。
「リリアンヌ。」
「あ、マリー。良かった。あなたに会えて。初めてだから心細かったの。」
後ろから呼びかけられて振り返れば、母の親友フォーサイト伯爵夫人の令嬢マリーが立っていた。母たちがお茶会をする時は娘たちも連れて行ってくれたため、1歳年上のマリーと私は幼馴染だ。
「うふふ。そうね。こちらにいらっしゃいな。わたくしのお友達にも紹介してあげるから。」
「ありがとう。」
青蘭の間は1階にあり、テラスから庭園に出られるようになっている。
庭園にはあちこちに令嬢が数人ずつ固まって歓談しており、そのうちの1つのグループにマリーが連れて行ってくれ、皆さんに私を紹介してくれる。
なごやかに歓談していると、
「あら。レイチェル様だわ。」
と一人の令嬢が室内の方角を扇子で示す。
「レイチェル様?」
「レイチェル・メイフィールド公爵令嬢。王太子殿下の婚約者の最有力候補ですわ。」
親切に教えてくれ、なるほど、あの方が。と注視する。
ハーフアップされた濃いハニーブロンドの長い髪。少し釣り目がちの目はアクアマリンのような水色。ドレスは瞳の色と同系統の水色で首元や袖口、裾にはたっぷりと白のレースが使われ高価なことが一目でわかるけれど、さすが公爵令嬢。立っているだけで気品があふれる。
「ま。ロザモンド様も今いらしたわ。」
「ロザモンド様?」
「ロザモンド・カリキュア侯爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補のお1人。レイチェル様の最大のライバルというところかしら?」
ロザモンドはルーティブロンドの髪を縦ロールに巻いている。目はややたれ目だがラピスラズリのように濃い青色でキラキラ光っているためか気が強そうに見える。ドレスは真紅に銀色の大柄な刺繍がされていて、こちらも高価なドレスだと一目でわかるけれど、見事に着こなしていた。
「他にも王太子殿下の婚約者候補はいらっしゃるのですか?」
「何人かいらっしゃるけれど……。レイチェル様とロザモンド様のどちらかに決まるのではないのかしら?」
「そうね。レイチェル様とロザモンド様も18歳で、そろそろ嫁ぎ先が決まらないと大変ですわよね。」
令嬢達の話を聞きながら、家庭教師に教わった王太子情報を頭の隅から引っ張り出す。
我がゴールデンマウンティン王国の王太子殿下のお名前はウィリアム様。
リカード国王陛下と隣国から嫁いでこられたミリアム王妃様の第一子。
ウィリアム様には弟が1人と妹が2人いらっしゃる。
最近、22歳になられたはず。
そういえばなぜ22歳になっても婚姻されないのかしら?
普通の貴族令息は20歳くらいまでに結婚されることが多いのに。
その時、お茶会を始めますという侍女の声に意識を引き戻され、庭園から青蘭の間に戻れば、テーブルにはたくさんの茶菓と果物が飾られている。席次表に従って令嬢達がテーブルに付き、一見和やかにおしゃべりが始まった。