第3話 剣の可能性
剣と呼ぶにはインチキかもしれねえ。だが、悪くはない。俺自身も半信半疑だったが、一流魔導師の大魔導を防げたのだから。
重量に耐え、扱えさえすりゃあ、この機関式魔法剣ソウルバイターは魔法にだって対抗できる。
ボードレールが感心したように口を開いた。
「盾に変形させれば、魔導障壁が自動展開されるのか。ただの金属であれば、溶かして終わりだったのだがね」
「いや、障壁展開は自在にタイミングを選べる。形状が剣だろうが盾だろうがな。だからこいつぁ魔法を斬ることだってできる」
「なんと! 剣で魔法を斬るか! どれ、試してみよう」
ボードレールが小さな炎弾を魔導杖から放った。殺意も何もねえ、ただの試しだ。俺はそいつをソウルバイターで斬り上げる。真っ二つに分かれた炎弾が、俺の左右斜め後方の地面に落ち、小さな爆発で地を抉った。
「とまあ、こんな具合よ。前時代のオモチャにしては、ちょいとおもしれえ絡繰りだろ」
「ああ、おもしろい。俄然興味がわいた」
それまで不承不承といった感じだったボードレールが、初めて楽しそうに応えた。驚いた。声が弾んでやがる。
いいね、気に入った。この男も俺と同じだ。惚れ込んだオンナが違うだけ。俺は剣の女神に、ボードレールは魔導の女神に。
案外、似たもの同士かもしれねえ。
俺は地を蹴った。身を低くして一気に距離を詰め、切っ先で地面を引っ掻きながらソウルバイターで逆袈裟に斬り上げる。
「うおらぁ!」
そいつを再びバックステップで躱したボードレールが、地面から弾けた礫から身を守るために障壁を展開した。
石礫が障壁にあたって弾け飛ぶ。
俺はその場で柄を背中まで引いて、横薙ぎにソウルバイターを構える。
「おおおおおっ!!」
「──?」
およそ、あたるはずもない距離。ボードレールは剣型の間合いの外だ。五歩分は足りない。だが。
俺は全力で振るった。
空間を斬り裂きながら、ソウルバイターの形状が再び変化する。
ガシャン!
金属音とともに、今度は刃の根元が縦に裂け、余剰魔力の排気と同時に槍のような長さに変形した。斧槍形態だ。
「~~っ!?」
とっさに魔導障壁を張ったのはさすがだと言える。だがソウルバイターの刃はボードレールの魔導障壁を自身の魔導障壁で叩き壊し、その脇腹を掠め取った。
血肉が弾ける。
言ったろ。魔法を斬り裂く剣だと。障壁は通用しねえ。だが。
浅えな……! 皮一枚ってとこか……!
後方に飛び退いたボードレールの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、次々と炎の蛇が放たれた。俺はそいつを剣に戻したソウルバイターで一気に薙ぎ払い、やつを追う。
刃にあたった炎蛇が火花となって散る中、俺は炎を突き破るようにボードレールへと迫った。
「魔導を強引に突き破るか。若いな」
「へっ、こんなジジイにありがとよ!」
「ふむ?」
振るった刃は暴風を巻き起こし、しかし虚しく空を斬る。やつが再び後退したからだ。
織り込み済みだ。俺は迷わず追った。
距離を取られれば一方的に攻撃される。そいつは魔導師の間合いだからだ。先ほどの魔女との試合から察するに、やつの必勝パターンでもあるのだろう。まるで捉えどころのない風のような男だ。
だが、俺は先ほどの魔女とは違う。魔導師の追撃と剣士の迫撃の違いを見せてやる。
「剥がせるもんなら剥がしてみやがれ!」
「ふむ」
ボードレールは着地と同時に大地に両手をつく。次の瞬間、やつの手元から俺の足下までの地面が爆ぜた。
無数の礫が、今度は俺を襲う。
「く──っ」
この間に距離を稼ぐつもりか。
ところが、とっさにソウルバイターを盾に形状にしてそれを防いだ俺の脳天へと、ボードレールはあろうことか宙空から鋼鉄の魔導杖を振り下ろしていた。
「がら空きだぞ、少年」
「イッ!?」
これには驚いた。雷の魔女との戦い方から察するに、ボードレールは接近戦を嫌っているものと思っていたからだ。
俺はとっさに身をよじり、無様に大地を転がりながらかろうじてそれを躱した。ボードレールの魔導杖が大地にめり込む。
直後、再び大地から礫が大量に発生した。それも、正確に俺に向けてだ。
再度ソウルバイターでそれを防いだ俺へと、ボードレールが蹴りを放つ。それも盾の上からだ。
「そら」
「なあ!?」
重々しい衝撃の後、全身が浮いた。浮いたんだ。
轟々と、ボードレールの魔導杖の先端が燃え上がる。炎の大蛇を宿して。俺は弾き上げられた空から、それを眺めていた。
「……やべ……」
超武闘派じゃねえか! いくつ引き出し隠してんだよ!
「またがら空きだ」
その声で我に返った俺は、空中で限界まで身を縮めてソウルバイターの盾に隠れる。直後、凄まじい轟音と熱が俺を襲った。遙か上空まで打ち上げられ、緋色の炎と黒煙を大量に発生させながら、大地に──降り立つ。
両足からだ。
俺はソウルバイターを剣形状へと戻した。バシュ、とソウルバイターが余剰魔力を排気する。
「ほう。あれで決まらんのか」
「ざっけんなッ!! 体術も使えんなら最初からそう言っとけ! ヒョロガリかと思ったらバッキバキじゃねえか!」
俺が斧槍形状で裂いてやった服の下からは、鍛え上げられた腹筋が覗いている。
ボードレールがちょび髭をしごいて、にやりと笑った。
「体術は趣味で囓っていてね。それに、黙っていたのはお互い様だろう。キミだって、先ほどソウルなんちゃらの斧槍形状で私を不意打ちしてきたろ?」
「お、おお……」
「素直だな。だが勘違いするな。別に責めているわけじゃない。その若さでなかなかどうして、老獪な戦いをする。それが証拠に、ほら、周囲を見たまえよ」
最初は遠慮がちに、だが次第に嵐のように割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
誰もが剣などという前時代の武器で、大魔導と渡り合えるなどとは思っていなかった。ましてや物珍しい機関式魔法剣だ。あろうことかそいつが善戦している。それも王国最強の魔導師を相手に、見た目十七やそこらの若造がだ。
はは、ははは。空から拍手が降り注いでやがる。
なんか、いいね。嬉しくなる。
俺じゃあない。俺自身よりも、剣を認めてもらえたみたいで。
「さて、よそ見はここまでだ。続きをやろうか」
「ああ!」
ボードレールが炎蛇を放つ。俺はそいつをかいくぐり、やつに接近を試みるが、やつは一瞬早く後退し、次々と魔法を放った。
放たれた風圧の壁をソウルバイターの刃で斬り裂き、形状変化で刃を振るう。爆ぜる地面を盾で防ぎ、剣を薙ぎ払う。
「おおおおっ!」
「はあ!」
炎が爆ぜ、鉄塊が大地を穿つ。
観客は俺たちの一挙手一投足を見逃すまいとして、目を剥く。
だが、じわじわと。
炭化した頬を擦って、俺はボードレールを睨んだ。
強えなァ……、身のこなしが一流の剣士並だ……。
そういや、前世で俺を殺した剣士も、やたらと引き出しの多いやつだった。名前や姿ももう思い出せねえが、あいつの剣技は美しかった。
少し、似ているか。
と。俺は頭を振った。
集中だ。
捉えきれないのは、ソウルバイターの重量が原因だ。俺の刃は斧槍での不意打ち以外、一度もボードレールにダメージを与えられていない。ようやく届いた刃も、鋼鉄の魔導杖でふわりと去なされちまうんだ。
一方でボードレールの魔導は、俺を確実に斬り裂き、炭化させ、叩きのめす。かろうじて防ぎ、躱して、一つ一つのダメージは小さなものに抑えちゃいるが、積み上がればそれなりだ。
どうにか食い下がれちゃいたが、ここにきて敗色濃厚か。
そういや、前世でも削りダメージが原因で負けたな。やっぱちょい似てやがるなァ。気に食わねえ。ああ、まったくもって気に食わねえ。
口角が上がる。
俄然、燃えてきた。楽しくなっちまうじゃねえか。
「そろそろ終わりにするかね。久しぶりに魔導を楽しめた気分だ。礼を言うよ。名無し。それとも、仮面の男と呼んだ方がいいかね」
「へっ、その上から目線、あとで吠え面かくなよ。──ソウルバイター!」
威勢良くソウルバイターを構えた俺は、その直後に吠え面をかいた。いや、アホ面か。
俺の周囲。前後左右斜めはもちろん、上空に至るまで、小さな緋色の魔法陣が突然顕現したからだ。
野郎。俺と戦いながら仕込んでやがったな。どんだけ余裕あんだよ。
そこから這い出る無数の炎蛇。
「て、おい、マジかよ……」
「逃げ場はないよ。すべての蛇は自律的にキミを追う。せいぜい防いでみるのだね。ああ、安心したまえ。御前試合で再起不能の怪我を負っても、聖女の癒やしで元通りになれるから。カワイコちゃんたちが癒してくれるんだ。いやはや、実にうらやましいね」
「……くそったれ……その役割、謹んでお譲りするぜ……」
「はっはっは。──私には無用だ」
ボードレールが指をパチンと鳴らす。
炎蛇が一斉に放たれた。空を這うこいつらがすべて俺を追ってくるのだとしたら、到底避けられる魔法じゃあない。
ならば──!
俺はソウルバイターの第四形態へと変形させた。柄を含めて真っ二つに分断されたソウルバイターは、雌雄一対の二刀となる。
うち、太く重い雄の剣をその場に置き去りに、短い雌の剣のみを手に、俺は身軽になって炎蛇に喰らいつかれながら走った。
「ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「な──っ!?」
痛みや熱は噛み殺す。重量から解き放たれた肉体は、羽根のように軽い。
炎に全身を包まれても足を止めず、最短距離を最速で走ってソウルバイターの切っ先をボードレールの喉元へと突き出した。
「ツァイ!」
「く──っ」
だが、ギィンと音がして、切っ先はボードレールの魔導杖に止められる。
防がれた。
ニィと、ボードレールが笑う。
「奥の手かね。万策尽きたな、少年」
「そいつぁどうかなァ!」
置き去りにした雄の剣から、魔導機関のうなりが聞こえた。直後、魔導杖に切っ先を突きつけたままだった雌の剣の刃が縦に割れ、二股の剣へと変形した。
「な──!?」
ソードブレーカーの二股の刃が、魔導杖を根元までくわえ込む。
「ぅおらあァ!」
俺は渾身の力で手首を返して、ボードレールの手の中から魔導杖を跳ね上げた。宙を舞うそれに視線を奪われたやつの頸部へと、俺は余剰魔力を排気させながら刃を振るう。
「がら空きだぜ、侯爵閣下殿!」
「──ッ!」
寸止めだ。
ボードレールが両手を挙げた。地面に落ちた魔導杖が転がる。
「これは、やられたな。まさか遠隔操作まであったとは」
「へ、へへ……」
「ああ、やってしまった。キミの力を見誤った私の負けだ。老獪というか小癪というか、とにかく私に土をつけた者など、魔導を覚えておよそ三十年、キミが初だ」
俺に喰らいついていた炎蛇も消失する。ボードレールの意のままにだ。炭化しちまった皮膚や服はもう戻らんだろうが。
ボードレールはほとんど無傷だが、俺はもう満身創痍だった。
だが。
「私の負けだ。危なっかしい戦い方だが、実に見事」
「……そらどーも……」
勝ったぞ。勝った。剣で大魔導にだ。歴史的瞬間だ。
最高にハイな気分だ。
斜めに崩れ落ちかけた俺は、ボードレールの腕で支えられていた。
「……眠ィ、倒れさせてくれや……」
「バカを言いたまえ。勝者は手を挙げるものだ」
「……負けた意趣返しだろ……」
「はっは。否定はしないよ」
そう言ってボードレールは俺の手首を取って天にかざした。
まるで嵐のような拍手や歓声が、俺たちふたりに降り注ぐ中で──。
本日の更新はここまでです。
次話は明日の夕方頃になります。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価やご感想、ご意見などをいただけると幸いです。
今後の糧や参考にしたいと思っております。