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第2話 機関式魔法剣

 その日、王都の巨大なコロセウムが沸いた。

 歓声は空を揺るがすほどに轟き、その中央では炎と雷が交叉する。若き雷の魔女と炎の魔導師との戦いは、人々を熱狂させていた。


 魔女が魔導杖で雷を放つ。黒衣の魔導師は魔導障壁を展開して雷を呑み込み、魔導杖の一振りで大炎を魔女へと返した。

 魔女は地を縫うが如く身を低くしてかいくぐり、雷を宿した杖で魔導師へと近接戦闘を挑む。だが魔導師はそれを嫌うように後方へとステップを切ると、空間に浮かべた無数の魔法陣から炎の矢を次々と放ち始めた。


 着弾する炎を避けながら走る魔女と、彼女の雷を展開した魔導障壁で呑み喰らう魔導師との戦いは、長時間続いていた。

 魔導師が一撃必殺の炎の大蛇を放てば、魔女は巨大な雷の剣で大蛇を縦に分断し、縦横無尽に後退し続ける魔導師を追う。


 一進一退の攻防。先に魔法をあてた方が勝利するだろう。コロセウムの観客席にいる誰もがそう思っているだろう。

 動きそのものは、若さに軍配の上がる魔女の方が遙かに身軽だ。

 だが、執拗に追う魔女を、魔導師は手練手管で捌き続けている。そこには余裕さえ見て取れる。魔導に溺れず、体捌きもなかなかのものだ。


 対して、長時間彼を捉えきれず、焦れた魔女の動きは徐々に単調になっていく。彼女が放つ雷のように、直線にだ。それでも魔導師はまだ決めにいかない。

 確実に一撃で決められる瞬間を待っている。実に老獪。

 さすがは王宮魔導師バレスデン・ボードレール侯爵閣下といったところか。



「そろそろ決めにいく頃合いか」



 コロセウム観客席の最前列からふたりの試合を見ていた俺は、懐から仮面を取り出し、それを装着してからローブのフードを上げた。


 ちょうどそのとき、試合が動いた。

 それまでボードレールは力に任せた巨大な大蛇や、直線でしか飛来しない炎の矢ばかり使用してきた。

 まだ若く身軽な魔女がそれを躱すことに慣れてから初めて、彼は変化球を使った。数十体もの炎の蛇を発生させたボードレールは、その一体一体を本物の生きた蛇のように細やかに操り、直線上に誘い込んだ魔女を四方八方から喰らいつかせた。


 炎の牙が魔女に喰らいつく。

 魔女のローブに炎が灯り、彼女は足をもつれさせて転んだ。直後、人ひとりを丸呑みできるほどの大蛇を生み出し、上空から魔女へと落とす。



「~~っ!?」



 魔女が大地で身をすくめた。

 だが、大蛇の牙は彼女を襲うことなく、その直前で陽炎とともに霧散していた。審判が試合を止める。勝負ありだ。


 コロセウムが再び揺れた。

 誰もが王宮魔導師バレスデン・ボードレール侯爵を称えるように拍手と歓声を送る。

 この瞬間、ガーラント王国、国王ラーセル・ブルームフィールドの御前で行われた二十余名からなる、選りすぐりの魔導師の頂点が確定した。


 バレスデン・ボードレール侯爵。

 今年もこの男だ。伊達に二十年近く王宮魔導師を務めているわけではない。国中かき集めて百名足らずしかいない魔導師の頂点に、常に立ち続けているのだから。


 ボードレールが歓声に応えるように、両手を上げた。退場していく若き才能である魔女にも、惜しみない拍手が送られる。

 だが、その歓声も拍手も、間もなく止むことになるだろう。

 そう。俺の登場によってな。



「さ~て、デビュー戦だ。頼むぜ、ソウルバイター」



 俺は観客席の柵を乗り越え、コロセウムの試合会場に降り立った。

 突然の飛び入りに一瞬戸惑った様子を見せた審判団だったが、次の瞬間にはもう慌てて駆け寄ってきていた。



「なんだ貴様は! これは陛下の御前試合だぞ!」

「つまみ出せ!」



 最初のひとりを当て身で吹っ飛ばし、ふたりめは足をかけて転ばせる。



「な……っ!? き、貴様っ」

「おのれ、抵抗するか!」

「悪ィな」



 俺は倒れた審判ふたりを尻目に、優勝者であるボードレールの前へと歩み寄った。

 その間にローブは脱ぎ捨てた。仮面だけはつけたままだ。背には魔導杖──ではなく、重々しい機関式魔法剣。


 この大魔導時代においては骨董品。ただし、過ぎ去った剣の時代においては最終進化形……らしい。機関式魔法剣なるものの存在を、俺は転生するまで知らなかったのさ。転生後も授業じゃ習わなかったしな。

 その理由は、こいつを持って初めて理解した。



「これは何の真似かね、少年」



 少年、そう呼ばれるのは少々面はゆい。

 なんせ俺は、前世の記憶を引き継いでいる。前世でおよそ四十年、今世で十七。合わせりゃ五十七。眼前のボードレールより十は年上だ。

 だがまあ、そんなことを主張すれば正気を疑われるだけだ。



「飛び入り参加だ、ボードレール閣下殿。力を試したい。あんたに相手をしてもらう」



 俺は機関式魔法剣を抜いた。ずるりと、幅広の刃が姿を現す。

 重い刃を肩に置き、俺はもう片方の手でボードレールを挑発した。だが、ボードレールは自身のちょび髭を指先でしごきながら、極めて冷静に問い返してきた。



「その骨董品でかね?」

「ああそうだ。この剣、()()()()()()()()()()()()()でだ。時代の波に取り残された剣と俺、両方の可能性をここで示したい」

「若者の言葉とは思えん。正気を疑うぞ」



 結局、俺の正気は疑われるものらしい。

 つまり剣で魔導に立ち向かうだなどと、前世の記憶保持を主張するのと同じくらい非常識ってことだ。



「まあそう言わずに遊んでくれや」



 俺は背中の機関式魔法剣ソウルバイターの切っ先をボードレールへと向けた。

 おおよそ、まともな人間に扱える代物じゃあない。


 全長一四〇セル、刀身一〇〇セル。だけならばともかく、刃幅は驚きの二十セル。おまけに柄上には魔導内燃機関(ソーサリー・エンジン)が搭載され、さらに変形機構を組み込み、その重量を増した鉄塊。

 前世でクソ重てえ大剣ツヴァイヘンダーを自在に振るっていた俺だったが、複雑な変形機構とそれを動かす魔導内燃機関を組み込んだソウルバイターには、その倍以上もの重量がある。なんと驚愕の八ケージだ。


 もはや剣を振ってんのか剣に振られてんのかわかんねえほどの重さだ。

 だからこいつが活躍した時代なんざ、一度もこなかった。つまり人間にとって機関式魔法剣とは、ただの失敗作に過ぎなかった。

 そりゃ歴史の海にも沈むってもんだぜ。


 完璧と言うにはまだほど遠いが、俺自身まともに振れるようになるまで、肉体改造に何年かけたことか。

 その年月を無駄にしてくれるなよ。



「やめておきたまえ。この大魔導時代に剣での戦いは無謀を通り越して滑稽ですらある」

「そこをなんとか、頼むよ」



 新兵器として開発だけはされたものの、扱える人間がおらず、軍部でさえ珍品として投げ出した代物だ。

 ちょうど同時期、魔導のめざましい発展、すなわち文明開化が起こったのも理由の一端だろう。ましてやこのガーラント王国は、魔導発祥の地だ。剣なんざ、世界最速でお役御免になった地ってわけだ。

 その王国が誇る最強の魔導師が、このバレスデン・ボードレール侯爵だ。



「個人的には気が進まん……が」



 観客が俺をはやし立てる。指笛を鳴らして声を上げ、足を踏みならして。

 決勝戦を終えてなお、未だコロセウムの熱は失せちゃいない。

 俺はニヤリと笑った。



「客はお待ちかねだ。ここで逃げ出しちゃ、最強の名が泣くってもんだぜ」



 ボードレールが小さく唸り、北側の観客席に視線を向けた。

 これは御前試合だ。その視線の先には、国王ラーセル・ブルームフィールドの姿がある。どうやら是非を問うているらしい。

 ラーセルがボードレールに向けて、力強くうなずいた。


 ──剣などという時代遅れの骨董品にしがみつく愚か者に、大魔導の神髄というものを見せてやるのも一興だろう。


 そんな声が聞こえた気がしたね。ただの幻聴だ。だが、いつもそう言いやがるんだ、あいつは。あの国王は。

 ボードレールが振り返る。



「やむを得ん。いつでもかかってくるがいい」

「へ、余裕ぶっこいてられんのもいまのうちだぜ。遠慮なく行かせてもらう」



 立ち上がった審判が、戸惑いながらも腕を振り下ろす。

 戦闘開始だ。

 俺は十歩ほどの距離を走ってやつの手前まで踏み込み、ソウルバイターをボードレールの頭部へと叩き下ろした。



「うおらぁ!」



 やつはバックステップで大きくそれを躱すと遙か後方に着地し、同時に魔導杖を逆袈裟に振るった。

 俺を殴るためじゃあない。魔導杖の間合いの外でだ。いや、これが魔導杖の間合いか。



「ぬん!」



 無詠唱魔法。炎蛇。先ほど見せた、やつの十八番だ。

 杖から発生した緋色の光が巨大な炎の蛇となって、空へと打ち上げられた。



「どこに撃ってやがんだァ?」

「防げよ、少年」



 そいつは唐突に宙空で弧を描き、俺へと向けて正確に軌道を修正する。



「──ああッ!?」



 いきなり変化球かよ!

 小さな蛇だけではなく、どうやら大蛇の方も追尾が可能だったらしい。野郎。さっきの決勝戦(魔女との試合)ですら、まだ本気を出しちゃいなかったってことか。

 おもしれえ。試すにゃちょうどいい案配だ。



「ソウルバイター!」



 俺は両腕の筋肉を軋ませながら、ソウルバイターを持ち上げた。

 魔導内燃機関(ソーサリー・エンジン)が、俺の肉体から魔力を吸って激しいうなりを上げる。幅広の刃が切っ先から裂けるように縦に割れ、柄を守るように再び合体する。形状変化だ。空の飛来物から俺を覆うような、盾に。

 バシュゥ、と余剰魔力が煙となってソウルバイターの排気口から噴出された直後、ボードレールの放った大炎蛇が(ソウルバイター)に直撃した。



「ぐうッ!?」



 重てえ……!

 両腕に凄まじい衝撃を受けた直後、俺は盾越しに恐ろしい光景を見た。


 荒れ狂う大炎蛇が、俺の構えた盾へと狂ったように身をうねらせながら牙を突き立ててきたんだ。だが、その牙は盾を貫くことができず、やつはぶつかった勢いのままに全身を砕かれて四方八方に爆散した。

 俺は熱波に大きく吹っ飛ばされながらも、足で地を掻いて耐える。



「へ、へへ……」

「ほう」



 俺は再びソウルバイターに魔力を吸わせて、剣の形状へと戻す。

 バシュゥ、と余剰魔力が排気されると、観客がどよめいた。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価やご感想、ご意見などをいただけると幸いです。

今後の糧や参考にしたいと思っております。


次話は23時頃に更新予定です。

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[良い点] やばい、ソウルバターカッコイb [一言] 新作ありがとうございます! なぜでしょう、近距離戦闘、特に刀や剣が好きなのは、少なからず侍の血を引いてるからですかねw 楽しそうな武器ですね、…
[良い点] 連続更新ありがとうございます*\(^o^)/* 剣の時代の終わりにもメゲる事なく己れを鍛えてきたのですね! その成果に注目ですか‼︎ ……熱い展開だ(((o(*゜▽゜*)o))) [一…
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