第1話 前世のこととか
数日で完結予定です。
剣に生き、剣に死んだ。
才能があったわけじゃねえ。幼少の頃からただひたすらに振るってきた。愚直に、何度も何度も一つの型を繰り返し、掌の皮膚が何度も裂け、硬化するほどに研鑽を積み重ねた。
ガキの時分に、多くの魔物を斬った。
大人になり、多くの悪党も斬った。
年を経て、一体の悪竜を斬った。
剣鬼。あるいは剣聖。
たった一振りの剛剣のみで、地位と名誉の両方を築き上げた。もはや地上に敵はおらず、天の神にすら届きうるのではないかと持て囃され――そして、慢心した。
研鑽を忘れ、快楽に溺れた。足を止めちまったのさ。
だから当然の帰結だったのかもしれねえ。やがて年を経た俺は、最期には若き剣才の前に敗れ、無様に散った。己の半分も生きてはいないであろう、無名の剣士にだ。
それは四十過ぎのことだった。
暴風を巻き起こす俺の剣は一度たりともやつに触れることすら叶わず、だがそよ風を纏うやつの剣は俺の命を確実に削っていった。
その剣技は舞うように華麗で美しく、そして見惚れるほどに鋭く正確だった。テメエを過信していた俺を容赦なく叩きのめし、己がまだ途上であることを思い出させてくれた。
払った代償は命。かなり高くついちまったが、情けねえことに尋常の立ち合いだったと認めざるをえねえ。見事という他なかったな。
俺は剣の極みを見たんだ。いや、やつにとっちゃ、あれすら途上だったのかもしれねえ。
とにかくあの瞬間は、最高に楽しかった。己の死すらもだ。その景色に心が震えた。
だが、そこに悔いがないわけじゃねえ。
俺が傲慢にならずに研鑽を積み重ねていりゃあ、もっと面白え死合ができてたはずだ。あの最高の瞬間を、もっと長く味わえていたはずだ。
間際になって、もしも生まれ変わりなんてもんがあるのなら、俺は次の生にこそ剣の途を極めてえと誓ったもんだ。
※
それが朧気ながらに記憶する、俺の前世だ。
自身の名や積み重ねてきた剣技だけは覚えているが、その他のことは何も思い出せねえ。家族はもちろん、俺を斬った剣士の顔や名さえもだ。
だが、剣に生きた俺は、剣に死んだ。それだけは確かだ。
だから記憶を持って新たな生を受けたとき、俺は歓喜した。泣いて生まれるはずの赤ん坊が、ケラケラ笑いながら生まれてきたくらいだ。それを見て苦笑いを浮かべたであろう父や母の顔が、目に浮かぶようだ。
俺は、どうしようもなく嬉しかったんだ。
今世こそ剣の途を極められる。何せ前世ですでに半ばまできた途だ。今度は慢心して立ち止まることなく、その続きを全力で走りきることができる。
だが、物心つく年齢になる頃にはもう察していた。前世で己が死んでからわずか百年足らず、世界はすっかり様変わりしちまっていたんだ。
剣の時代の終焉と、大魔導時代の訪れだ。
文明開化と呼ぶらしい。
おかげで武器屋に並ぶは量産型の魔導銃ばかり。稀にオーダーメイドと思しき魔導杖が存在するくらいのものだ。
ちなみに魔導杖ってのは、魔法を自前の魔力で射出することのできる、世界でもごく少数の魔導師や魔女にしか扱えねえ逸品で、魔導銃ってのは兵士はもちろんそこいらを歩いているガキでも引き金さえ引けりゃ、大なり小なり魔法が飛び出すという危ねえ代物だ。むろん、魔導杖ほどの威力は期待できねえが。
だからなんだろうな。かつて国を守った剣や槍を持つ騎士らは姿を消し、兵士と言えば、いまや魔導銃士が大半となっている。
剣? そんなもんは売ってないねえ。刃物が欲しけりゃ調理用具を取りそろえている万屋にでも行くべきだ、と、武器屋は笑った。
はは、泣けるね。
剣を佩いてるやつなんざ、町中どこを見回したってひとりもいやしなかった。
戦場において己の数歩にのみ間合いの存在する剣など、遙か遠方の安全地帯より放たれる雷炎の前では、もはや骨董や大道芸以上の価値はなくなっていたんだ。
魔導杖どころか、魔導銃以下のガラクタ。そいつがこの時代の剣の価値だった。
当然、前世で馳せた俺の名声はもちろんのこと、当時の俺に途半ばであることを示してくれた若き剣才のことさえ、歴史書にゃ一言も刻まれちゃいなかった。
結局俺は、剣を握る機会を得ぬまま高等部にまで進学した。王立魔導学園の高等部だ。
授業中は教師の声を聞き流しながら窓際の席から、いつも外の景色を眺めていた。白く均一化された建造物だらけの王都の美しい街並みを、ではない。
広大な空と繋がる、その向こう側。
王都を囲む防壁の、さらに奥に見える広大な世界をだ。
あ~あ。つまらねえ世の中になっちまったもんだなあ。いっそのこと、もうどっか行っちまいてえよ。
前人未踏の地とかいいね。剣一振りだけを持って旅をする。
実に楽しそうだ。
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次話は20時頃に更新予定です。