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探偵ではない重村正(かさね むらまさ)は拒絶する  作者: 佐久間零式改
絵は黙して語らぬもの
7/10

探偵ではない重村正(かさね むらまさ)は拒絶する

 トリックアートを堪能した後、俺と山名豊香はマホドナルドに行き、ジャンクフードを食べながら、とりとめもない会話をした後、何事もなく解散した。


 俺は考え事をしたくなったので、その足で高校へと行き、例の掘っ立て小屋で過ごそうとした。


 だが、休日だからか、鍵が閉まっていて中には入れなかった。


「……そうだよな。休日だしな」


 学校にいる意味を見失い、俺は渋々帰宅した。


 自分の部屋に入るなり、今日の出来事を整理する。


 勇猫目という絵が発端になったであろう事件はもうすでに解決しているのであろう。


 麻生田さんを巻き込んだ、何かしらの、もしかしたら、ほんの些細な事件が起こっていたのかも知れない。


 俺が関わる前に、その事件はもう解決してしまっているのだろう。


 終わらせたのはもちろん山名豊香だ。


 だからこそ、山名豊香は麻生田さんに『ホームズ部長』などと呼ばれていたのだ。


 もしこの仮定が正しいとするのならば、疑問が一つ出てくる。


 それは何故終わった事件に俺に関わらせたのかという事だ。


 何か意図があるのだろうか。


 それとも、本当はまだ解決していないため、俺をかり出す必要があったのだろうか。


 いや、絶対に解決はしているはずだ。


 それなのにどうして俺が登場する必要性があったのか、その辺りが本当に分からない。


 その謎を解くためには、足りない物がありすぎる。


 山名豊香の意図を解明するためのヒントがなさすぎる。


「ホームズ部長、と麻生田さんに呼ばれていた」


 ホームズと言えば、かの有名なシャーロック・ホームズのであろう事は想像に難くはない。


「部長……ね」


 部長と言えば、会社組織ではないのだから部と呼ばれる組織の長の事だろう。


 つまりは、山名豊香は何かしらの部活の部長なのだ。


「その部活とはなんだろう? しかし、ヒントがなさ過ぎる」


 豊香との会話などから答えを導き出そうとするも、ヒントらしきものは何もなかった。


「考えるだけ無駄だ。考えてどうにかなる問題じゃない。考えるだけあほらしい。寝よう。今日は寝よう。寝るには早すぎるけど寝る。早朝に確認為なければいけない事があるし……」


 時間を確認すると、まだ午後七時。


 寝るには早すぎるが、今日はそんな事を言ってはいられない。


 明日はいつもより早く起きなければならないのだから。


「……ん?! 朝か……」


 起きたのが午前六時だった。


 約十一時間寝てしまったからか、二度寝ができないくらい脳がしゃきっと覚醒していた。


「さて、登校しますか」


 早すぎるな、と思いながらも朝ご飯を軽く食べて高校へと向かうと、校門はもうすでに開いていた。


 校門をくぐり、中に入ると、朝練をしている人達がちらほらと見られた。


 俺はそんな人達を横目に見ながら、例の掘っ立て小屋へと向かう。しかし、早すぎたせいか鍵がかかっていた。


「……困った、困った」


 別段困った気はしないものの、俺はそう呟きながら自分の教室へと向かう。


 早すぎる事もあって、教室内には誰もいなかった。


 俺は自分の席の前まで行くも、荷物だけを置いて、席には腰掛けずに窓際に行く。


 そこからは校庭から校門までを見渡すことができる。


 ついで言えば、登校してくる生徒の姿も確認ができるのだ。


「今は、午前七時二十分ですか」


 朝のホームルームが始まるのは、午前八時三十分。


 普段の俺が登校するのは、ホームルームが始まる十分前くらいの午前八時二十分だ。


 今日だけは、いつもよりも一時間ほど早く通学してきた事になる。


 今日の俺はいつになく真面目だな。


 そう思いながら、ちらほらと登校してくる生徒をぼんやりと見つめ続けた。


「……お? 来た」


 登校してきた山名豊香の姿をようやくみとめた。


 今は何時だ?


 そう思って教室内にある壁掛け時計を見ると、午前七時三十分だった。


 俺は窓際から離れると早足で教室を出て、一路、例の掘っ立て小屋へと脇目も振らず向かう。


「未開の楽園は存在しないんですね。天然の楽園はあり得ない。存在している楽園は誰かが作り上げたものってところですかね」


 丁度良いタイミングだった。


 山名豊香が例の掘っ立て小屋のドアの前に立っていて、何かしようとしていた。


 俺はそんな山名豊香の背中に問うわけでもなく、自戒を込めてそう口にした。


「……楽園? 世の中にそんなものは存在しないのだよ。あるのは現実だけだ」


 山名豊香が俺の声に反応してか、振り返るなり、不敵に笑った。


「この小屋は部室だったんですね」


 俺は豊香に近づきながら、ようやく気づきましたと言いたげにため息を吐いた。


「校内に誰も利用していない、出入り自由な施設があると思っていたのかい? ふふっ、君にしてはとてもおめでたい思考回路だったのだね」


 豊香は正面に向き直り、手にしていた鍵で小屋の扉を開けた。


「こんなところで立ち話も野暮ったい。ミステリー研究部の部室で話そうではないか」


「ミステリー研究部……それで、ホームズ部長、と」


「分かりやすいだろう?」


 山名豊香はにこやかな表情で一度振り返ってから小屋の中へと入っていく。


 俺も倣って、小屋の中へと入った。


 初めて訪れた時から思ったのだが、小屋の中はあまりにも殺風景だ。


 ミステリー研究部と名乗っているのにもかかわらず、本の類いが一冊もない。


 それに加えて、備品が折りたたみ式の机と椅子というお粗末ぶりで、ただの倉庫か何かにしか思えない。


 表札などがあれば、ここが部室など一見して分かったのだろうけど、そんなものもかかっていないし、部室内にもない。


 誰かに訊けば、ここがミステリー研究部の部室だと、すぐに判明したのかもしれない。


 だが、俺は訊く事はなかった。


 俺がここに出入りしている事を誰も咎めなかったからだ。


「……さて」


 豊香は折りたたみ椅子を一脚組み立てるなり、すっと座った。


 座り心地が悪いとすぐに感じたのか、淑やかに足を組んだ。


「昨日のオリエンテーションは楽しんでもらえたかい?」


 椅子に座るまでもないと思って突っ立っている俺に、豊香はにこやかさを崩さずにそう訊ねてくる。


「ああ、昨日のはオリエンテーションでしたか。それで解決した事件を辿った、と。楽しめは……しなかったですよ。狐につままれたとかそんな感じでした。どうして解決した事件に俺に関わらせたんだろうってね」


「オリエンテーションだったからね。ミステリー研究部はこのような活動をしています、と見たかったのだよ」


「いやいや、それ以前にそんな説明してなかったですよね? オリエンテーションだとか」


「そうだったかい? 私としては失念していたよ。すまなかった。謝る」


 豊香は愉快そうに口元の緩めた。


「今、謝罪しているようには全然見えませんよ」


「心から詫びているつもりだ。すまなかった。ごめんなさい」


「その言い方、心がこもっていないですよ」


「……心? 君は言葉の心がこもっているかどうか視認できるのだね。大した才能だ」


「なんか馬鹿にされている気分ですよ」


 この人と話しているとやはり調子が狂う。


 人を小馬鹿にしているのか、それとも、こういうふわふわとした会話を楽しみたいかのどちらかなのだろう。


「昨日の事で分かってくれたはずだ。ミステリー研究部がどのような部活か、そして、この私、山名豊香が純情可憐な乙女であるという事が」


「あなたが純情可憐な乙女かどうかは置いておくとして、ミステリー研究部についてはようやく分かりましたよ。校内で起こった事件を解決していくっていうのが部の活動ですよね?」


 解決が主な活動だからこそ、この部屋には備品が必要ない。


 研究部と称していながらも、ミステリーを研究しているワケでないから当然だ。


「部員になれば、私の事がもっとよく分かるはずだ。女子としての魅力溢れる純情可憐な乙女であるという事が」


「待ってください。部員になるとは言っていませんよ」


「君は部員に必ずなるよ。言ったではないか。『私の頼み事を聞いてくれたら、君の恋を実らせても良い』と」


 満面の笑みを浮かべて、俺の目を見つめてくる。


 その瞳には好意とも好奇とも思える光が宿っていた。


「もしや、もしや、もしや、もしや、もしや!!」


 山名豊香の言う『俺の恋』とはつまり……


「そのもしやだ。君の恋とは、この部室に対しての好意を実らせるという事だ。つまりは、この部室を使う権利を与えるという事だ。ミステリー研究部に入れば、高校在学中は使い放題だ。気が向いたときにはいつでも使えるようになる。もし断るのならば、今後一切、この部室を使う事を禁止する」


 豊香は花びらが舞い散るような背景の中でしていそうな優雅な笑みを口元に刻んだ。


「ぐぬぬ……」


 一見すると可憐な笑みだが、俺にとっては悪魔がにんまりと笑っているようにしか見えない。


 拒絶してしまえば、この場所が今後一切使えなくなり、校内での唯一の憩いの場が無くなってしまうのだ。


「……ゆ、ゆうれ……幽霊部員でよければ……」


 声にならないうなり声を上げた後、俺はその言葉をようやく絞り出した。


 部員になる事と、この部屋が使えなくなる事を天秤にかけたところ、部員になる方が良いのではないかと思えたからだ。


 豊香が3年生だからいずれはいなくなる。


 そうすれば、俺が卒業するまでこの部屋を気兼ねすることなく使用できるのだから。


「君が快諾してくれて嬉しい」


 豊香がパッと顔を輝かせた。


「いやいや、快諾していない。不承不承だ」


「ふふっ、私には快諾に見えたのだが」


「……勝手にそう思っていてください」


 山名豊香は相手にするのが疲れる。


 本心としては、あまり関わりたくはないのだけれども。


「それと、この部活の活動で伝えておかなければいけない事が一つある」


 豊香は足を組み直して、唐突に真顔になった。


「……とりあえず聞いておきますが何ですか?」


「この部の伝統がある。それは部長は『ホームズ部長』という名乗るという伝統だ。故に、君はいずれホームズ部長と呼ばれるようになる」


「探偵ではない俺は拒絶します。そんな殺人事件に関わりそうな名前なんて襲名したくないですよ」


 父親が探偵をやっていたりする。


 そんなふうに名乗り始めたら、それこそ本当に殺人事件に関わりそうだ。


 だからこそ、俺は絶対に拒絶する。


「名乗ってもらわなくては困るのだが」


「あなたが困ってもいいじゃないですかね。俺は名乗らないですよ」


「ホームズ部長が嫌なのであれば、金田一部長、ポアロ部長などあるが、そちらはどうかね?」


「殺人事件が起きないような、ライトミステリ系の主人公の名前の部長でお願いします。殺人事件が起こりそうな名前は絶対に拒絶します」


「……分かった。一考しておこう」


 豊香は朗らかに笑った。


「……こほん」


 山名豊香が不意にわざとらしく咳払いをした。


「ミステリー研究部は、重村正くん、君を歓迎する」


 山名豊香は悪意も腹黒さも感じさせないような純情可憐な乙女のような笑顔を見せて歓迎の意を示した。


「何度でも言う。私、山名豊香は純情可憐な乙女だ。この部室で君が真剣な表情で読書している姿を目撃して胸をときめかせた乙女でもある。同じ部の一員であれば、あわよくば恋人になる事もありうると思ってもいる。君が口説いてくる事も夢見ている乙女でもある。その事を覚えておいて欲しい」


 山名豊香の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていき、耳までもが赤くなっていった。


 もしかして……。


 何度も言っていた。


『俺と付き合いたい』


『俺の事が好きだった』


『君の事がずっと好きでした。私と付き合ってください』


 そういった数々の台詞は空々しい台詞ではなく、本気でそう言っていたのだろうか。


 もしそうだとするのならば、山名豊香の告白を聞き流していた俺は最低の男という事になる。


 こんな時、どう対応すべきか分からず、探偵でも何でもない俺にはただただ膠着するばかりであった。





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