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探偵ではない重村正(かさね むらまさ)は拒絶する  作者: 佐久間零式改
絵は黙して語らぬもの
3/10

絵は黙して語らぬもの 其の三


「それではデートを始めよう」


 これでこの話はお終いとばかりに朗らかに微笑んだ。


「その前に説明をしてもらおうか」


 このまま、山名豊香の勢いに呑まれてはいけない。


 彼女のペースにはまってしまえば、ずるずると頼み事を聞かざるを得ない状況へと陥ってしまう。


 牽制もそうだが、断る前提で話を進めていくべきだ。


「今日のデートは美術館に行く予定だ。不満かい?」


「……いや、そうではなくて」


「その後は、私のおごりでお昼ご飯を、と考えている。それも不満かい?」


「そうでもなくって」


「その後の予定は組んではいない。君と私の気持ち次第でその先の展開もあり得るという事だよ。それでも不満かい?」


「だから」


「それでは行こう。美術館は電車に乗って行かなければならないからね」


 豊香がそう言って、改札へと向かい始めた。


 駄目だ。


 山名豊香は俺よりも一枚上手かもしれない。


 確実に主導権を握ろうとしてくる。


「調子が狂うな」


 俺はそうぼやいて、豊香の背中を追うように改札を抜ける。


「これから行く予定の美術館では何が展示されているんですか?」


 背中にそう問うと、


「トリックアートという話だ」


 豊香は立ち止まらずにホームへと降りる階段を降り始めた。


「何故そんなものを観に?」


 トリックアートは、人間の目の錯覚を利用した『まるで立体に見える絵』や『観る角度によって見える絵が違ってくる』などといった平面でありながらも、立体的な三次元的に見える構造にしあげた絵の事だ。


 そういったトリックアートが複数展示されている展示会ならば、絵にあまり興味がない俺でも楽しめそうだ。


 もしかして、山名豊香は俺の性格や趣向等を踏まえた上で選んだのだろうか。


 調査したとか何か言っていたはずだからその可能性も捨てきれない。


「この電車に乗る」


 俺達がホームに降りたところで丁度電車が到着した。


 まるで、こうなることを予定していたように。


「分かった」


 気にくわないな。


 豊香の思い通りに事が進みそうな予感が激しくする。


 そうならないためにもどこかで拒絶しなければならないワケなのだが。


 俺はそう思いながらも、豊香に倣って電車に乗り込んだ。


 電車は日曜日でもあるし、時間が時間でもあるからなのか空いていた。


 豊香は迷わずに空いている席に腰掛けて、


「隣に座ったら、どうだ?」


 座ろうかどうか迷っていた俺に向けて、隣の席をポンポンと叩きながらそう言ってくる。


「……分かりましたよ」


 言われるまま席に座るとドアが閉まって、電車がゆるゆると動き出した。


 豊香が何か話しかけてくると思って身構えていた。


 しかし、会話をするつもりはあまりないようで、ちらりと横目で見ると、窓から見える流れる風景をじっと見つめているだけであった。


「ッ?!」


 不意に豊香が俺の方に身体を預けてきた。


 全体重をかけてくるようではなく、軽く寄り添うようにそっと身体を寄せてきた。


 豊香の身体の動きに伴ってか、甘い匂いがふっと俺の鼻腔をくすぐった。


 シャンプーの香りだろうか。


 それとも、香水だろうか。


 気持ちがこそばゆくなるような、そんなふわっとした匂いだった。


「……どう思う?」


 嗅覚が緩んでしまったからなのか、張り詰めていた気持ちも同時に緩んでしまっていた時だった。


 豊香が何かを俺の方に差し出してきた。


 俺は深くは考えずに受け取った。


「……ん?」


 豊香が手渡してきたものは、どこかに展示されている絵を撮影した一枚の写真だった。


「……これから見に行く展覧会で展示されている絵ですか?」


 どこかの見覚えのある教室の絵だった。


 画材などがその教室のそこここに置かれている事や、うちの学校の美術室にある机や椅子などとそっくりなものが描かれているので、おそらくは美術室だろうか。


 その美術室の中央に、一人の女生徒が絵を見る者に背中を向けて椅子に座っていた。


 その女生徒は筆も持たずに白い無地のキャンパスと向かい合っていた。


 絵を描き始めたのか、それとも、どんな絵を描こうか迷っているのかは分からない。


 背中しか見えないからどのような表情をしているのか判然としないため、どのような状況であるのか、この構図からでは読み取る事ができない。


 そして、不思議な事にその教室の天井に一匹の黒猫がいた。


 まるで重力に逆らうかのように天井に立っていて、絵を見る者を睨み付けている。


 猫が立っているのが天井だと分かるのは、照明がいくつか描かれているからだ。


 照明が無ければ、どちらが天井かはっきりとしない不思議な絵だろう。


 その絵の下の方に『勇猫目』という絵のタイトルらしきものと、『3年C組 麻生田真由』と作者らしき名前が書かれている札が貼ってあった。


 俺はその絵をしばらくぼんやりと見ていたのだけど、豊香の匂いで緩んでいた脳が正常化したかのようにしゃきっとした瞬間、俺は悟った。


「……謀りましたね」


 そう呟きながら、俺は俺に寄り添っている豊香に顔を向けるも、豊香の顔が目と鼻の先にあるものだから鼻白んでしまった。


「その通りだ。君に依頼したかったのは、この絵の意味を解読して欲しい、というものだ」


 豊香は俺の目を見ながら、さらに顔を近づけてくる。


 後ろに顔を引こうとするも、豊香の澄み切った綺麗な瞳に射すくめられて動く事ができなかった。




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