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探偵ではない重村正(かさね むらまさ)は拒絶する  作者: 佐久間零式改
人は飛ぶ夢を見るか否か
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人は飛ぶ夢を見るか否か 其の終


「何故そう思うのかい?」


 山名豊香が俺に対抗してか、それとももっと別の意図があってか、俺の方に顔を寄せてくる。


「近いですって」


 俺はすっと身体を後ろに引く。


「何が近いのだね?」


 山名豊香が距離を保つように顔をさらに寄せてくる。


 瞳の輝きが眩しくて顔を反らせたい。


 だが、それでは負けた気がするので、その瞳を見返す。


「……まあ、いいですよ」


 俺はため息を吐きつつ、豊香の顔を目と鼻の先に感じながら言葉を続ける。


「山名先輩は、事実はそうではないのにも関わらず、屋上にいたのは、芹川貴厘せりがわ きりんの生き霊か何かだったという嘘の……いや、別の結論にしたいのですね」


 つまり、これは『事実を嘘で上書き保存する』との意図が見え隠れてしている案件なのだ。


「何故、そう考えるんだい?」


 俺の答えを期待しているかのように瞳を輝かせる。


「屋上には鍵がかかっているし、その鍵は職員室で保管されているしで、簡単に立ち入ることができない場所であるのに関わらず、何者かが侵入していたのではないかと俺は推理したんです。その事実を隠したいがために、芹川さんの生き霊がいたという超常現象で、その事実を隠そうとしていると俺は思ったんですよ」


 おそらくは屋上にいた事が明らかになると不味い人物がいるのだろう。


 その事が表沙汰になる前に豊香が手を打って、屋上にいたのはその人物などでは無く、芹川さんの生き霊だったと話を広めようとしているのだろう。


「それにですね、山名部長は『依頼主は、2年F組の宮信田明美みやした あけみさん』と言いましたよね? 何の依頼をしてきたんですか? 宮信田さんが見かけたのが幽霊かどうかの証明をして欲しいとかそんなのですか? ミステリー研究部にそんな依頼をしてくる事自体がおかしいですよね?」


 俺は眼光に力を込めた刺すような視線で山名豊香を睥睨した。


「……君を騙すのは難しいようだね」


 俺の睨みをやんわりとかわすように破顔した。


「本当の依頼主は、屋上にいた人物ですよね? で、その依頼主が屋上にいた事実を上書きできるような事柄がないかと探していたところ、宮信田明美さんが芹川貴厘せりがわ きりんさんの生き霊を見たかも、という話を耳にした。そこで屋上にいた人物は芹川さんだという事にすり替えようと画策しているんじゃないですか?」


 生き霊という話は眉唾ものだと思う人は当然いる。


 そういう人達は、芹川さんが授業を抜け出して、屋上にいたのだと思うかも知れない。


 しかし、芹川さんはその時に教室にいて、出席など確認されているのだから、当然屋上にいた事実はないと即座に判明する。


 そうなると、幽霊の存在証明などできないのだから、当然幻覚か何かを見ていたという結論になる。


 別の噂を広める事によって、宮信田さんの話が事実である以上、『事実を嘘で上書き保存する』ではなく、『事実を別の噂で上書き保存』しようとしているのだ。


「正解とだけ言っておこう。しかし、依頼主が誰であるのかは教える事ができない。その事は密約なのだよ。ミステリー研究部存続のためにも」


 山名豊香がすっと顔を後ろに引いて、自嘲気味に微笑んだ。


 ミステリー研究部の存続?


 何か上の方と裏取引でもしたのだろうか?


 もしそうだとしても、俺には関係のない話だ。


「宮信田さん以外にも何人かに目撃されているのですよね、その人が屋上にいた事が。だから、こんな事実のすり替えを行おうとしている、と。それで成功すると思っているんですか、山名先輩は」


 この方法が成功するとか限らない。


「100%成功するとは微塵も思ってはいない。しかしだね、他にも様々な噂話が飛び交うであろうからうやむやになる事を想定している。その程度で御の字なのだよ」


 山名豊香は身を翻して、俺に背中を向けた。


 これは推理というよりも、確認したかったのだろうか。


 真実のすり替えがどの程度成功するかの。


「というか、ミステリー研究部って何をする部活なんですか? こういう情報操作まで行う部活なんですか?」


 入部している俺が言うのも変な話だが、俺はまだこの部活が何の部活なのか正確には把握していない。


「広義の意味でのミステリーを研究していた部活だ。今となってはただの諸問題解決部だが」


「それじゃ意味がよく分からないですよ」


「持ち込まれた問題は円滑に解決する……そんなところだ」


「問題っていうと、事件とか事故とか悩みとかそんなものなんですか?」


「だからこそ、広義の意味での、と言っているのだ」


「……さいですか」


 ミステリー研究部は、依頼された問題を解決する部活という事なのか?


 そんな部活、存在してもいいのか?


 そういった事を深く考えたくはなかったので、俺は再び本に視線を向けた。


「面倒な部活と思ったかい?」


「……別に」


「面倒な女と思ったかい?」


「当然」


 俺は即答した。


「純粋無垢な乙女の方が良かったかい?」


「……腹黒そうじゃない方が良かったとしかいえないですね」


 俺は活字を目で追いながら、そう口にした。


「腹黒である事は否めないが……」


 山名豊香が自嘲気味に笑ったのが背中からでも読み取れた。


「君の前ではもう少し裏表のない人間でありたいものだ」


 山名豊香は俺に背中を向けたまま、平時と変わらぬ様子で部室を出て行った。


 腹の内が読めない相手は疲れるからね。


 長く付き合うのならば、その辺りを改善して欲しい。





 それから数週間後の話なのだが、校内でこんな噂話が流れ始めた。


『3限目の授業中に居眠りをしていると飛ぶ夢を見られる事があるらしい。しかも、屋上に降り立って、地面に足が着いた瞬間、目が覚める』と。



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