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探偵ではない重村正(かさね むらまさ)は拒絶する  作者: 佐久間零式改
絵は黙して語らぬもの
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絵は黙して語らぬもの 其の一

 木曽ヶ原高校きそがはらこうこうの敷地内にある第一体育館裏にある名も無い掘っ立て小屋が俺の聖地だった。


 十畳くらいの広さしかない小屋だ。俺がこの場所を知った時から施錠はされてはいなくて自由に出入りできるところが良かった。小屋の中には、折りたたみ式の机と椅子が置かれている程度で、他には何もない。出入り口のドア以外には、窓は二つほどあるものの曇りガラスで、外から中を覗かれても誰が何をしているか、すぐに分からないところもいい。


 それに加え、この小屋を訪れる者はほぼいない。ここが何の小屋であるのか知る気も訊く気もない。見咎められた時でも訊けばいいかと思っている。だが、見咎める者がいないので、こうして俺は入り浸るようになっていた。


 多少ほこりっぽいものの、昼休みや放課後、あるいは、授業を受ける気が失せたとき、俺はこの部屋にこもって読書に興じる。


 それが俺の高校生活の一環となっていた。


 この日も小屋にこもって読書にふけっていると、唐突に小屋のドアが開かれて、何者かがずかずかと俺の聖域に踏み込んできた。


 その人物は俺の前まで来ると、まるで獲物を見つけた猛禽類のような目をして見せて、


「君が1年A組の重村正かさね むらまさ君だね」


 開口一番、俺の名を口にした。


 初対面の人からは『しげむら ただし』と読み間違えられる事が多い俺の名前だ。だが、この人物は間違える事なく口にした。


「……ええ、まあ」


 俺は読んでいた本から目を離して、その人物を見やった。


 女だった。


 服装はもちろん木曽ヶ原高校のもので、おそらくは上級生だ。この女は誰だったかと記憶の中から思い出そうとするも、記憶の中に一致している顔がなかった。俺とは面識がないはずだ。


 気丈そうな、キリリとした目。その目をさらに印象づけるような己の可愛さに気づいている自信家のような表情がこの女の魅力たり得ていた。さらには、威風堂々とした雰囲気が人としての威厳へと繋がっていた。ようは自らを選ばれた人間であると言いたげな傲慢不遜な女だという印象を俺は抱いた。


「唐突かもしれない。私は君に頼み事があるのだ」


「……頼み事ですか? 俺とあなたとは初対面ですよね? 残念でしたね。見ず知らずの人の頼み事は断るようにしているんですよ」


 またか、と思いつつ、邪険な態度を取る。


 俺の父親は希代の名探偵と世間で言われている『重小五郎かさね こごろう』だ。父親がテレビに出演したり、迷宮入り確実と言われた難事件を解決していたりするため、俺にこうして『頼み事』という名の『依頼』をしてくる者が後を絶たない。


 父親の血が流れているせいなのかもしれないが、父親ほどではないものの、それなりに事件は解決してきた経験がある。


「ならば、自己紹介をしよう。私の名は山名豊香やまな とよか。3年C組に在籍している、見た通りの女生徒だ。はじめまして。そして、友達になろう」


「今知ったところで答えは変わりませんし、初対面のあなたと友達になる気もありませんよ」


 俺はお前には興味がないと言いたげに本に視線を戻した。


「そうか。ならば、君の事がずっと好きでした。私と付き合ってください」


「はい?」


 何を言っているんだ、この女は。


 俺は困惑を通り超して、唖然とした。


「恋人ならば、見ず知らずの仲では収まりきれないだろう?」


「いきなり告白されても困ります。現時点ではちょっと会話を交わしただけの赤の他人ですので、答えは『ノー』のままです」


 本に目を向けたまま、俺はため息を吐いた。


「恋人になるのはまだ早いということか。ならば、デートをしよう。そうすれば、見ず知らずの人、赤の他人ではなく、恋人でもなく、デートを一度した事がある女生徒という位置づけになるはずだ」


「だから、そんな屁理屈を言っても無駄ですよ。俺の答えは変わりません」


「……ならば手段を変えるしかあるまい。重村正君、君の事は子細に調べさせてもらった」


「それは……脅迫か何かですか?」


 俺は威嚇するように視線を本から山名豊香に向けた。


「否定する。私とデートをした後、気が変わり、私の頼み事を聞いてくれたら、君の恋を実らせても良い」


 俺は言葉の意味が分からなかったこともあって、視線だけではなく、顔そのものを豊香にさっと向けた。


「 はっ!? 恋? 俺の?」


「ふふっ」


 山名豊香は俺が顔を向けた瞬間、勝ち誇ったかのように口角を上げた。


 俺の恋?


 いやいや、今、俺は恋なんてしていない。校内は男女の色恋沙汰で満ち満ちている。だが、俺には無縁な事柄でもあるし、好みの女もいないので、接点を見いだす事ができない世界であるはずなのだ。


「俺を調べたと言っていたが、その結果、俺が誰かに恋をしていると分かったのか?」


「ふふっ、それは私の頼み事を聞いてからの楽しみとしておく」


 山名豊香は俺の目を見て、不敵に微笑んだ。


 まるで挑発するように。


 まるで勝ち誇ったかのように。


「……分かった。ならば。デートとやらをしてやろう。もちろん、山名豊香、君とだ」


 俺はあえて豊香の挑発に乗ることにした。


 この女が言う『俺の恋』の正体を知りたいと思ったからである。


 そんなものをしているはずがない。


 この女にそう思い知らせたいとも思った




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