杞憂
―あと、二百六十五個の魔獣の心臓を、捧げると。
この『悪魔』は『神』になるらしい。
美味しそうに今日の成果である十個分の魔獣の心臓を食べている悪魔に話しかける。
「ねぇ、悪魔」
私が名前を呼ぶと、悪魔は、最後の一つを口の中に押し込み、首を傾げた。
『どうした?』
「なぜ、私に契約を持ち掛けたの?」
『……なぜ、か』
悪魔は、小さく嗤うと、ぺろりと舌で唇をなめた。そのあとは楽し気に、私の短い髪を触って遊んでいる。
「……なぁに?」
教える気はないって、ことかしら。
まぁ、それならそれで別にいいけれど。
『我の願いをかなえるためだ』
「あなたの、願い? それって、神になることよね?」
確か、悪魔は元々は神だったといっていた。その悪魔がなぜか、今は悪魔と呼ばれているらしいけれど。
『……それもある』
……も。ということは他にもあるということ。
他に何があるというんだろう。
「確認なんだけど、それって、リッカルド様に害があることじゃないわよね?」
リッカルド様の笑顔が奪われるような姿、特にあの、絶望に染まった瞳はもう二度と見たくない。
『……さぁな』
悪魔が言葉を濁したってことは、やっぱり、リッカルド様に害があるのかしら。
でも、メリア様と幸せになれれば、リッカルド様は、もう二度と心中なんてことしないだろうし。その他に、リッカルド様に害がありそうなことってないわよね。……なんだ、ただの杞憂ならよかったわ。
『そんなことより』
悪魔は私の髪を触っていた手を止めると、囁いた。
『……お前は我の贄だ』
「わかってるわ、そんなこと」
さっきもじとりとした目で見ていたし。別に、リッカルド様とどうにかなる気も、どうにかなる可能性もない。
『そうではない』
悪魔はなぜかひどく怒ったような顔をした。
「悪魔?」
珍しいわね、そんな顔をするなんて――。
「!?」
悪魔は私を抱き寄せた。
悪魔の鼓動が聞こえる。……悪魔にも心臓のようなものはあるのね。
そんな場違いなことを考えていると悪魔は、更にきつく私を抱きしめた。
「悪魔?」
悪魔のほうが背が高いから、そうされると、悪魔の顔が見えない。それに、悪魔の意図もわからない。
『……お前は、我の贄だ』
「? ええ」
何度も何度も確認しなくても、それくらいわかっている。
『だから――あまり無理をされては困る』
ええー。せいぜい励めよ、って言ったのは、悪魔じゃない。
なんて、言える雰囲気ではなかったので、言いたい言葉を呑み込み、頷く。
「……わかったわ」
今日は、失敗しちゃったけど、明日は、失敗しないようにする!
心の中でそう誓っていると、悪魔は、私から体を離した。
『……我は――』
複雑そうな顔で何かを言いかけた悪魔は、結局何も言わずに、消えた。




