お邪魔虫の恋
それは、貴族が三年間を通うことが義務付けられている学園でのことだった。
私はいつものように、友人たちに笑いかけようとして、別の人物に話しかけてしまったのだ。慌てて、申し訳ございません、と謝ろうとしてその黒の瞳に吸い寄せられた。
「!」
──目があったのは、一瞬で。
その一瞬で、強く惹き付けられてしまった。
私は、その瞬間、頭のなかを運命という言葉が駆け巡ったけれど。それは、私だけのようだったみたいで、彼はついと目をそらすと、去っていってしまった。
「ソフィアったら、おっちょこちょいなんだから……ソフィア?」
友人はそんな私を笑ったけれど。私はその場から微動だに出来なかった。
それからの私は、彼──リッカルド様に夢中になった。彼は間違いなく、私にとっての運命の人だった。
でも。
──リッカルド様には、リッカルド様の運命の人がいた。
侯爵令嬢のメリア様。
二人はとても仲睦まじく、また、リッカルド様の他の方には向けられない柔らかな笑みに、私は確信した。
この二人が、私たちの代の【女神の使い】なのだと。
【女神の使い】
それは、神託が下りた、一組の男女だ。
その男女は、必ず夫婦にならなければならない。夫婦になることで、女神の加護をこの国にもたらすのだ。
私たちの国の女神は、恋の女神だから。
誰よりも恋しあう二人に、そして、その国に、加護を与えてくださるのだった。
神託がおりるのは、学園の卒業式の日。
その卒業式の日に女神は告げた。
リッカルド様の名を。
リッカルド様は、微笑んで、メリア様の名前を呼ぼうとして、女神の声にかきけされた。
女神は告げた。
リッカルド様と夫婦となるべき、女の名前を。
「……え?」
──それは、メリア様ではなく。私の、名前、だった。
◇ ◇ ◇
「ど、うして……」
だって、リッカルド様には、メリア様が。
私はリッカルド様を自分の運命の人だと思っていたし、私がリッカルド様のことを好きなことは有名だった。
けれど。
リッカルド様とメリア様。
想い合う二人の仲を引き裂くような真似は一度もしていない。
なのに、なぜ。
けれど、いくら私やリッカルド様が尋ねても、女神は応えなかった。
確かなことは、私たちが結婚しないと、女神はこの国を去るということ。
そうして、一ヶ月後。
私たちは、今日、夫婦になる。女神の使いの結婚式。この国の誰よりも祝福されるはずの結婚式で、
「……これから、よろしくね。ソフィア嬢」
そういった、あなたの瞳は間違いなく絶望を映していた。
それでも、私は構わなかった。本当はというと、リッカルド様自身が選んでいたのはメリア様だと知りながら、こうしてリッカルド様の隣に並び立つことができたことを嬉しく思っていた。
そんな暗い喜びを噛みしめ、私は誓いのキスをした。
義務的な初夜を終え。
リッカルド様が、こっそりとメリア様と会っているのを知っていた。
それでも良かった。
二人が恋しあっているのを知っていた。
女神も知っていたはずだ。
それなのに、私とリッカルド様を選んだということは、いずれ、リッカルド様は私に好意を抱いてくださるということなのだと、私は考えた。
少しずつでいい。
少しずつ、穏やかな愛を育んでいこう。
どんなにリッカルド様の帰りが遅くても、リッカルド様からメリア様の香水の香りがしても。
リッカルド様はいつか、私を愛してくださるのだと信じて、疑わなかった。
──そんな風に私が、目をそらし続けた結果。
「奥様!」
「どうしたの?」
顔を青くさせて報告に来た家令に首をかしげる。
また、リッカルド様の今夜は遅くなるという連絡かしら。いえ、それにしては──。
「旦那様が、お亡くなりになられました」
「……え?」