4話「その感情の名は」
ーー傭兵団はロレンハイツ帝国が支援をする、言うなれば人材斡旋組織だ。魔物の討伐、護衛や素材収集など、帝国直下の命令だけでなく、都市の業者やギルド、果ては住人からも様々な依頼を請け負う。
そして、傭兵団に登録された傭兵が依頼を受注し、成約の暁には、依頼主からの報酬から手数料を引かれた後に傭兵へ支払われるという仕組みだ。
詳細は省くが、これには雇用の創出と、商人ギルドとの連携による経済の活性化というロレンハイツ帝国のねらいがある。
ロレンハイツ帝国がより強い戦士を見出すことも、傭兵団設立の目的の一つだ。
ーーその傭兵団エーレ支部に、見るも無惨な風体の男が入ってくる。
革鎧を身につけているが、原型がほとんど残っていない。左腕にあたる部分には穴が空き、右肩のプロテクターは裂かれたような傷がある。
最もひどいのは、胸部だ。革鎧の胸プレート部分が、鋭い何かで引き裂かれたような損傷があり、下の地肌が見える始末。
他にも全身に大小様々な傷が刻まれており、特に右腕と右足は、革鎧の下地が血で赤黒く染まっていた。
「なんだ、アイツ?」
入り口から近くにいた禿頭の傭兵の一人が、その男ーーシモンを見て思わずそうこぼす。しかし、その言葉は周囲の傭兵の総意であった。
傭兵がボロボロの状態で支部へ戻ってくるのは、別段珍しいことではない。
しかし異常なのは、革鎧がそこまでの損傷を受けていながら、シモンが“まったくの無傷”だったことだ。
いかに治癒魔法やポーションの類があれども、それらは使えば体力を消耗する。息すら切らしていない飄々としたシモンの姿は、傭兵の常識からは少々外れたものだった。
ーーシモンは傭兵たちを一瞥すると、真っ直ぐに受付へと向かっていく。
通り道にいた傭兵は、自然とシモンへ道を譲った。
「エンディル、いるか。」
受付に着くと、そう呼び掛けるシモン。
奥で事務作業をしていた青髪の青年はその声に気付くと、パッと目を輝かせてシモンを出迎えた。
「シモンさん、生きてたんですね! その姿、さては逃げ帰ってきたんでしょう、だってシモンさんがアウルーーむぐっ」
「あー目立つから静かに!ーー裏口で頼む」
そして驚きのままに依頼の内容まで大声で口走ろうとしたところで、エンディルはシモンに口を塞がれた。
既に十分目立っていることは重々承知なのだが、アウルベアを単独で討伐したとなれば、目立ち方の種類が変わってくる。
他の傭兵からチームに誘われたり、誰かに絡まれたりするようなことだけは避けたかった。
エンディルはどこか不服そうにしているが、しぶしぶ従い、受付裏の出入り口までシモンを通すのだった。
「シモンさん。ーー倒したんですね、アウルベアを」
「うーん、かなりの泥試合だったけどな。でも学ぶことも多かった。・・・いつも通り、依頼達成と素材買取の処理を頼む」
神妙な面持ちで話すエンディルに対し、あっけらかんとそう答えるシモン。
シモンはエンディルに、肩に背負った袋と依頼紙を手渡した。
ーー中身は、討伐の証であるアウルベアの頭部に加え、買取素材の骨や毛皮、肉などの部位だ。
「正直、今回ばかりは死んだと思いましたよ。ーーアウルベアを単身で討伐するなんて、七級傭兵の前衛クラスです」
「いや、いつものことだけど本当に“死にかけた”んだって。正攻法じゃ、まず倒せなかったよ」
エンディルは受け取った袋の中身と依頼紙の内容を改めつつ、シモンの姿を見て言った。
「普通は、それでも倒せないものなんですけどね・・・。アウルベアの頭部、確かに確認しました。他の素材についても、商人ギルドに回しておきます。買取金額が確定したら、お渡ししますね」
「いつもありがとな。エンディルがいて本当に助かる」
エンディルはシモンと会話をしながらも依頼達成の手続きを終えると、達成済を表す判子を押した依頼紙と今回の達成報酬ーー帝国金貨3枚をシモンに手渡した。
「そのボロボロの姿ーーシモンさんが初めてここに来た時を思い出します。あの時は、ここまでシモンさんが強くなるなんて思いませんでした」
どこか懐かしむかのように微笑むエンディル。彼の言う通り、シモンが北方都市エーレに来た当初は、とても傭兵など出来るような状態ではなかった。
そもそもシモンは、エーレに入ることすら苦労したのだ。
「あぁ、ホント最初の頃は酷かったからなぁ。下水掃除とかドブさらいに何度行ったかも思い出せない・・・。てか、思い出したくない」
シモンはエーレに来た当初のことを思い出し、顔を青くする。当然といえば当然の話だが、身元不明の人間がいきなり傭兵として活動できる筈がない。
正式に傭兵団の依頼を受けられるようになるには、傭兵団からの認可が必要となる。
“十級傭兵”になるまでにはかなり厳しく、険しい道のりがあった。それが身元不明の人間ともなれば、認可されるまでの苛烈さはより一層であった。
シモンも、その傭兵団の洗礼を受けた者の一人だ。
当時エンディルが目を掛けてくれたおかげで、どれだけ助けられたことか。
「シモンさん、身元不明なのに育ち良さそうですもん。普通の町民じゃ知らないようなことも知ってますし、僕てっきり、どこかの陰謀に巻き込まれた貴族か何かかと思ってましたよ。ーーあの時のお礼は、出世払いで構いませんからね」
「ハイハイ。俺が一級傭兵になったら、グァル豚のステーキでも何でもご馳走してやるよ」
昔を懐かしみ、微笑みながらちゃっかりと礼を要求するエンディルに、シモンは笑いながらそう答えた。これが、いつものエンディルとシモンのやり取りだった。
ーーロレンハイツ帝国における、数少ないシモンの友人の一人だ。
◆◆◆◆
「さて、今後のことを考えないと。」
シモンはそう呟きながら、鶏のフリットを口に運ぶ。
サクサクとした衣と、肉厚な身から滴る肉汁が空きっ腹に響く。今日一日の疲れが癒やされるようだ。
エンディルとのやり取りを終え、シモンは傭兵団エーレ支部近くの食堂『アブルボア』に来ていた。
安価ながら味が良く、傭兵達にも好まれる店だ。少々騒がしいのが、玉に瑕だが。
「ほんっと、時間かかったな・・・今日。」
シモンは満たされた小腹に一息付くと、改めて今日一日を振り返ってため息を吐く。
あの後、アウルベアとの戦いは相当に長引いた。魔物特有の生命力の高さも相まって、中々殺し切ることが出来ず、後半は素手の殴り合いにまで戦いは泥沼化していた。
結局、朝一で出発したにも関わらず、帰る頃には既に夕刻を回っている始末だ。
「もっと、戦う術を覚えないといけない。ーーでないと、帝国大将を倒すなんて夢のまた夢だ」
そう、シモンがわざわざ高い等級の討伐依頼を受けるのは、シモンの目標の一つが、“帝国大将を倒せるほど強くなる”ことだからだった。
黒沢をはじめ、シモン以外の3人の日本人は未だにロレンハイツ帝国によって隷属を強いられている。
そして、隣国であるカルディア王国との戦争や、北方都市エーレよりも更に北の、“大陸の果て”からの魔物暴走を食い止める際に、捨て駒の戦力として利用されていた。
その日本人を纏めているのがーー
「レオン・グランディール」
怒りでギリッと歯を食いしばりながら、シモンはその名を呟いた。
ーーレオン・グランディール。
市井の出自でありながら、ロレンハイツ帝国最強の大将として名高い、一騎当千の魔法剣士。
金髪に碧眼の美丈夫でありながら、戦いにおける容赦のなさ、敵に対する苛烈さと冷酷さから、帝国民の間でも有名だ。
召喚した日本人の“監督役”も、レオン・グランディールが担っていた。
「俺は、もっと強くならないといけない・・・。皆んなを助けるために」
日本人を救出するという目的の上で、シモンにとってレオンは避けて通れない障害だろう。ある意味では救出計画よりも先に、シモンには単純な“強さ”が必要だった。
その結論は皮肉にも、傭兵団設立のロレンハイツ帝国の理念にも合致していたのだが。
「そのためにも、今後の予定をーー」
「おー!!シモン、今日もしけた面してんな!」
再び思考を巡らせようとしたシモンの耳に、高く豪快な声が飛び込んできた。
目の前の空いた椅子に、どかっと突然座り込んで来たのは、
「・・・アリーシャ」
「いつまでもナヨナヨしてたら、グァル豚を逃すぞ!」
ため息を吐いたシモンがアリーシャと呼んだ、頭から獣の耳を生やした少女だった。
歳の頃はシモンより一回り幼く、身長は160センチほど。どこか獣を思わせるしなやかな身体付きに、要所を鉄のプレートで補強した革製の防具を身に着けている。
アリーシャは肩ほどまで伸ばした褐色の髪をサラサラと揺らしながら、好奇心旺盛な瞳でシモンを見つめていた。
「考え事してたんだよ、それにしけた面はしてないぞ」
「ウッソだー、しけた面だよ!絶対後ろ向きなこと考えてたでしょ! 前向きだったら、もっと目がキラキラしてるもん」
アリーシャに対してそう言い返すシモンだったが、目を瞬かせたアリーシャに更に溌剌に言葉を返され、ぐうの音も出ない。
「大人には色々あんのさ。俺にはやる事が沢山あるからな」
「あ、今子供扱いした!私だって、色々考えてるもん。」
やれやれ、といった具合で言うシモンに対し、心外だと言わんばかりのアリーシャ。
頬を膨らませて反論をする、その仕方が子供っぽいな、と思うシモンであった。本人に言うと更に騒がしくなるので、あえて黙っておくが。
ーーアリーシャ・ウルナ・フリック。北方都市エーレで活動する八級傭兵だ。
「珍しいな、一人でいるなんて。“鋼鉄の爪”のメンバーはどうした?」
「ん、今は自由時間だからね。お腹空いたし、アブルボアの料理を食べに来たんだ。ーーそしたら、ナヨナヨしたしかめ面のシモンがいたから声掛けた!」
「しけた面がしかめ面に変わってんぞ・・・。」
笑いながら、快活に話すアリーシャに対し、ややげんなりするシモン。彼女はもともと、シモンと同時期に北方都市エーレに入った傭兵志望の村人だった。
シモンと違い身元がはっきりしていたことと、生来の実力者のため、すぐにシモンを追い抜き八級まで階級を上げてしまったのだが。
シモンとアリーシャは、共に十級傭兵に上がる前の下水掃除や、その他もろもろの下積み時代を共に過ごした友人でもあった。
「シモンも、そろそろチーム入りなよ!何なら、私から団長に推薦するからさー」
「いや、それは大丈夫だ。俺は、一人じゃないと実力発揮出来ないから。・・・それに、俺なんかじゃきっと足手まといになる」
アリーシャは“鋼鉄の爪”というチームに所属している。
傭兵団にはチーム制度があり、傭兵同士でチームを組み、複数メンバー共同で依頼を受注することや、“魔境”への探索を行うことも出来る。
傭兵の多数がこのチーム制度を活用しており、シモンのようにソロで活動している傭兵の方が少数派だ。
しかもそれが十級上がりたてとなれば、単独の傭兵はほとんどいない。依頼の難度によっては、ただ死にに行くようなものだからだ。
「そっかぁ、残念。じゃあさ、いつか一緒に魔境探索行こうよ! 大変だけどチームで行くと、楽しいよ?」
「・・・分かったよ。その時は誘ってくれ。俺も、ずっと一人でやり続けるのはちょっとしんどいとこもあるし」
「うん!・・・ひょっとしてシモンって、寂しがり屋?」
シモンの言葉に嬉しそうに頷いたアリーシャは、首を傾げつつそう問いかけるが、
「違うわ、このアリーシャめ」
「うきー、やめて!」
すげなくシモンにそう言い返され、アリーシャは頭をわしゃわしゃと撫でられる。
その後も二人はアブルボアの料理に舌鼓を打ちながら、近況などを語り合うのだった。
ーー彼女も、シモンにとってロレンハイツ帝国内の数少ない友人の一人。
アリーシャは純粋に帝国大将に憧れ、故郷と帝国のためになろうと、傭兵になることを選んだ。
ーーそれだけに、シモンは自分がこれからすることに対して、少々後ろめたさを持っていた。
◆◆◆◆
「ーー寂しがり屋、か」
アリーシャとの食事を終え、シモンは傭兵団宿舎へと戻ってきていた。既にすっかりと日は落ち、魔鉱石製の街灯だけが北方都市エーレを照らしている。
ギシギシと鳴る二段ベッドの下段に腰掛けながら、シモンはアリーシャの言葉を思い出し、一人呟いた。
彼女の言葉に対し、思うところが無かったわけではない。
相良 士門はロレンハイツ帝国によって故郷から引き離され、同郷の者は戦争の奴隷として何人も使い潰されーーそして、殺された。
シモンだけがこうして自由の身になれたのは、ただ運が良かっただけだ。
ーー寂しいというよりも、“憎しみ”という感情の方が、今のシモンに最も相応しい。
「・・・皆んなの、隷属解除の方法を探さないと」
既に周りの傭兵たちが眠りに落ちる中、一人シモンは呟き、自らの蔵書を開く。
夜はゆっくりと、更けていった。
細かいストーリーラインって、難しいですね・・・。
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