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2話「いつものこと」

 ロレンハイツ帝国では傭兵と同様に、魔物にも等級が振り分けられている。

十級がもっとも低く、数字が小さくなるにつれ階級が高い。


 傭兵と魔物の等級は対応しており、同じ等級であれば傭兵の方が魔物に勝つ。

 言い換えれば、魔物に勝てるからこそ同じ等級として認められるといった図式になる。


 ーーアウルベアは七等級の魔物だ。


 本来であれば七級傭兵が単独で、もしくは八、九級傭兵がチームを組んで討伐する魔物になる。


 今回シモンが受けたのは、そのアウルベア討伐。

エンディルが止めようとするのも、当然の成り行きであった。


「雲一つない、良い日だなぁ。・・・ずっと暖期が続けばいいのに。」


 ただ当のシモンは、さほど緊張感のないことを言いながら、北方都市エーレを出て西の平原へ向かい歩を進めていた。

 陽射しは暖かく、涼やかな風が吹いている。息を吸い込むと、緑豊かな自然の空気で体が満たされるようだ。


 しかしシモンの装いは、そんな平穏な環境とは程遠い。

 すでに何度か魔物の襲撃を退けており、右手に握った鉈には血がこびり付いている。

 革鎧に目立つ損傷はないが、左腕の前腕を守るプロテクターに、何かに噛み付かれたような穴が空いていた。


 ーーその穴からシモンの左腕が垣間見えるが、肝心のシモンには傷一つない。


「何となく魔物が多い気がする。ーーアウルベアに縄張りを荒らされてるからか。」


 日中で、かつ道沿いのため襲撃は少ないが、それでも魔物は襲ってくるものだ。シモンも道中2,3度ほど狼型の魔物に襲撃を受けた。


 魔物は魔素より生まれ、動物を、人を襲う。その理由には諸説あるが、解明出来た者はいない。

 ただ一つ明確なのは、”魔物は危険”ということだ。


 背負い袋を担ぎ直しつつ、シモンは野道を歩き続ける。

 すると、丘を越えた先に、平原の真中に立つ巨大な樹が見えた。


「“百年樹”・・・相変わらずでっかいな。かなり良い景色だ。」


 今回の目的地である、“百年樹”だ。北方都市エーレから西に数時間ほど歩いた平原に、百年樹が立っている。

 樹幹は相当に太く、強い生命力を感じさせる青々とした枝葉が広がっている。自然と調和し、魔素を取り込み続けてきた大樹。

 さながら、それは平原にさす傘のようにも見える。


 青空と草原と相まって、一枚の絵画のように美しい風景だった。


 その風景の一部が、もぞもぞと動く。

 百年樹の根本で、大きな影が蹲っているのがシモンの目に写った。


「ーー見つけた。アウルベアだ。」


 シモンはそう呟くと、体勢を低くする。どうやらアウルベアは昼寝の真っ最中のようで、今のところ動き出す様子はない。


 幸いシモンは風上にいるため、匂いで気取られる可能性は低くなる。

 今ならば、気付かれずに一方的に攻撃を仕掛ける好機だ。


 その状態でシモンは・・・駆けた。


「しッ・・・!」


 元々、シモンは隠密行動に長けてはいない。なればこそ、慣れない隠密をするよりも、好機を活かし短期決戦に臨む方が勝率は高い。

 シモンは、そう判断した。


「ハッ・・・!」


 体勢を低く維持したまま、アウルベアに向かって一直線に、矢の如く走る。

 草原の土を踏みしめ、可能な限り早く目標に到達出来るように、勢いを付けて身体を前へ運ぶ。


 百年樹の根元に近付くにつれ、徐々にアウルベアの輪郭がはっきりと見えてくる。

 ーー巨体だ。


 全身が体毛に包まれており、頭部は梟そのもの。しかし、体格は大熊より二回り以上も大きい。

 体長は優に3メートルを超え、成人男性の胴回りほどもある腕と脚には、鋭い爪が備わっている。


 その怪力も合わせ、まともに一撃をもらえば簡単に命を吹き散らされることは想像に難くない。

 幸いにも今はこちらに背を向け、横向きに蹲るように眠っていた。


「もう少し・・・!」


 シモンはアウルベアまであとわずか十歩程の距離まで来ていた。

 ここまで近付きながらも未だ気付かれていないのは、僥倖だ。今の内に、一撃を叩き込む。


 走る勢いのままに、右手で握りしめた鉈を、アウルベアの首に叩き付けようと振りかぶったーーその時。


 アウルベアの顔が突然シモンの方に向き、その無機質な黄色い瞳と確かに目が合った。


「ギィイアアァァアァアアアア!!」


 アウルベアの壮絶な雄叫び。

 それが聞こえた刹那、シモンは無意識に自身の身体に急制動をかけた。

 その瞬間、目と鼻の先を、アウルベアの豪腕が通り過ぎる。止まっていなければ、確実に死んでいた。


 アウルベアの一撃の風圧でシモンは後ろに吹っ飛び、2回、3回と地面を転がった。


「クソッ、マジか・・・!」


 シモンは転がりつつも何とか体勢を整え前を見ると、完全に臨戦態勢に入ったアウルベアが立ち上がり、のそのそとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「クルゥウァァアァァアアァ」


 アウルベアはその梟頭を忙しなく動かしながら、ゆっくりと確実にシモンとの距離を詰めてくる。梟の習性と熊の特性が合わさった、不気味な怪物だ。

 その目はどこか殺気だっており、眠りを妨げた不届き者への殺意が色濃く読み取れる。


「考えうる限り最悪の展開・・・。仕方ない、正面からやり合うしかねぇ。」


 シモンはそう言って立ち上がり、右手の鉈を構え直す。鉈の刃渡りは約30センチほど。3メートル超えのアウルベアを相手取るには、かなり不安が残る武装だ。


 ジリジリと、距離を詰めるアウルベア。

 既にその剛腕の射程圏内に入っており、シモンにとっては次の瞬間に頭が吹き飛ばされてもおかしくない極限状態。

 額には自然と汗が吹き出し、心臓が早鐘を鳴らす。

その張り詰めた空気がーー爆発する。


「ギィイアアアアアァァァァァァ!!!!」


 壮絶な鳴き声と共に、アウルベアの鋭い爪を持つ右腕が、シモンの頭を狙って振り下ろされた。


「ーーしッ!!」


 喰らえば確実に死ぬ、必殺の一撃をシモンは左前方へと鋭く踏み込むことで回避する。

 しかし、獲物を逃したアウルベアの爪は、かろうじて避け損ねたシモンの右肩を引き裂いた。

 右肩に付けた革のプロテクターを貫通し、鮮血が吹き出す。


 だが、致命傷ではない。骨までは断たれていない。


「らァ!!!」


 大振りな一撃で胴体がガラ空きのアウルベアに、シモンは渾身の力で右手の鉈を叩き付けた。


 しかし先の肩に受けた負傷により、本来の力の7割ほどしか出せていなかった。

 鉈はアウルベアの脇腹の表皮と筋肉を割き、赤黒い血が流れるが・・・それ以上鉈が進むことはない。

 アウルベアの堅牢な肋骨で、刃を止められたのだ。


「ぐッ・・・!」


 堪らず鉈を両手で持ち力を込めるも、アウルベアの太い骨を断つことは叶わない。

 ーーそしてシモンは愚かにも、魔物と相対するには致命的な隙を生んだ。


「ギャアアアアァアァァアアア!!!」


 アウルベアは自らの血を見て激昂し、その丸太程の左腕を大きく引き絞る。

 その爪先は、先ほど取り逃がしたシモンの頭部を今度こそ逃すまいと狙っていた。


「まずッ・・・!」


 次に襲い来るであろう一撃に、シモンは咄嗟に後ろへ飛びずさろうとするがーー


 間に合わない。


「が」


 アウルベアの豪腕は、今度こそ狙いを外さずシモンの頭部を砕き、目的を果たした。

 鋭い爪が頭蓋を割り砕き、辺りに血と脳漿をぶち撒ける。シモンの頭部は下顎のみを残し、アウルベアの爪によって全てをこそぎ取られてしまった。

 残された下顎からは舌がだらしなく垂れ下がり、頭部の粗い断面からは血が吹き出していた。


 その勢いのままシモンはゆっくりと後ろに倒れ込み、緑豊かな平原に、一際目立つ赤黒い血の染みを生み出した。


 アウルベアは爪にこびり付いたシモンの髪と皮膚と脳を啜りながら、暫くシモンを眺めていたが、興味を失ったように百年樹の根本へと戻っていく。


 ーーシモンは、紛れもなく死んだ。

やっと死んだぞ。

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