マリオネットは出会う
その声の主は、すぐに私の前に現れた。
一度も見たことのない青年だった。着ている制服は学園の男子のものだが、私は彼を知らなかった。
すこし癖のある紺色の髪に、深い青色の瞳。眼鏡と長い前髪のせいでよく見えなかったが、綺麗な色だな、とおもった。
思ったが、それでも突然あらわれた青年に驚いていると、青年は「よいしょ」と言って私のそばによってきて、そして至近距離でじーっと私の目を見つめた。
あまりに脈絡のないその行動に、私が何を言い始めるかわからない______!と焦った……私はそこで、何かが今までと違うことに気がつく。
「!」
体が、動いていた。
信じられないことに、あれほど動かなかった体が自由に動かせているのだ。
驚愕のあまり、手を握ったり閉じたりを繰り返している私を見て、おかしなやつだと思ったのだろう。青年は、小首を傾げて私に問いかける。
「君、今、泣いてた?」
しかし、かけられた問いは全く予想外のものだった。
体は自由でも、涙は出ていない。にも関わらず、彼は私が泣いていたように見えたのだという。
その言葉に、何か返そうとして、しかしそこで、私は声が出ないことに気がついた。
体は自由に動くのに、声が出ない。なんでことだ。これでは、何も伝えられないのと一緒じゃないか。
なんとか声を出そうと、必死に口を動かす私を見た青年は突然、あぁ、と思い出したように言った。
「僕、耳が聞こえない人間だから」
その言葉に、きょとんとして彼の方を見る。え?そうなんですか?
驚いたのと同時に止まった私の口の動きを見て、彼は、
「せっかく答えてくれたのに、ごめん。泣いてるなら、僕、いなくなるから」
そう言って踵を返そうとする。その後ろ姿に、待って!と声をかけようとして、やっぱり声が出なかったのでかわりに動くようになった体で制服の背中を引っ張った。
「わっ。何」
驚いたにしては冷静にこちらを向いた彼に、必死で喉を指差し、首を振る。私の声が聞こえないのは、あなたの耳のせいだけではないのだという思いを込めて。せめて、それだけは伝わってほしい。
何回か繰り返すと、どうやら察してくれたらしい。今度は向こうが
「もしかして……君、声、出ない人?」
ときょとんとした。
正解です、と首を全力で縦にふる。すると、彼は表情を少しだけ緩めて、
「そう」
と言った。
そして、何を思ったのか、帰ろうとしていた体を戻して、池の前に座り込む私の横に腰掛けた。
そのまま、しばらく時間が過ぎた。
2人とも、何も言わない。私は声が出ないのだから仕方ないが。
けれど、どういうわけかそこには謎の安心感があった。
「……そろそろ、寮の門限になっちゃうね。君、どっちの寮?平民?」
やがて尋ねられたので、首を振る。言われて初めて気づいたが、日は大分傾いていた。
「じゃあ、貴族の方か。途中までは一緒だから、送って行ってあげる」
突然の申し出に、え?と彼を見つめると、
「明日の放課後も、またここに来てくれない?」
と彼は言った。不思議なお誘いだったが、こくんと頷くと、彼はそこで初めて笑顔を見せた。
「よかった」
その後は、言葉通り彼は私を貴族寮まで送ってくれた。「じゃあね」とだけ言って、すぐに帰っていった。
彼は一体何者なのだろう。わからないが、これは決して悪い出会いではないのではないかと本能が言っといた。