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マリオネットは悲嘆する


帰りたくなかった。


実家にではない。ここが真の学園であるのだとしたら、実家が遠い私は寮で暮らしていることになる。その寮に帰るのが、たまらなく嫌だった。



聖エトワール学園は、魔法を使うことのできる人間が通う学校だ。伝統的な素晴らしい学園だが、規則が厳しいことでも有名だ。



そして、明確な二分性。この学園には、貴族も平民も、両方が通うことができるが、その生活はきれいに分断されている。貴族は貴族用のクラスに、平民は平民用のクラスに。寮についても同じ制度が適用されている。当然、貴族の方が学園に納めるお金の額が高いのだが、その分良い施設や教師もそちらに集まっている。そのせいなのか、遠慮なのか、実際には規則はないにもかかわらず、寮や教室以外でもふたつの身分の生徒が交わることはあまりないのである。



だからこそ、ユリアの存在は異質だった。しかし、私が覚えているのと同じように、ユリアは高い魔力を持っている。魔法が使える人間は貴重でもあるから、彼女ほどの魔力を持った人間は、本当に大切なのだろう。



それは当たり前のことだと私は思う。しかし、私はそうだとは思わないらしい。なんて愚かなことをしているのだろう、と思う。聞いた感じでは、私のこの態度は、寮に入ってきてからずっとこうであるらしい。やれ食事がまずいだの、ベッドが硬いだの、わがまま放題だそうだ。



勿論、私はそんなことを言った覚えはない。しかし、このおかしな世界では、それが当たり前の私の姿、ということになっている。



すっかり落ち込んで、しかし足だけは勝手に進むので、気持ちだけはとぼとぼと歩いていると、明るい笑い声が耳に飛び込んできた。



その声に反応したらしい私は、声の方向に近づいていく。果たして、そこには例のユリアと、そしてトワが、楽しそうに並んで歩いていた。




「トワ様、あの建物はなんですか?」


「あれは、プールだね。夏になると、授業があるんだ」


「まぁ、素敵!私、泳ぐのは大好きなんです。よく川で……あっ、しっ、失礼しました、貴族の方はこんな話、面白くないですよね」


「いや、そんなことないよ。君の話聞いていて飽きることがない」




仲良さげに歩く2人。その光景があまりにも平和で楽しそうで、そしてトワがとでも幸せそうで。私はその場から逃げ出したかったが、私はそれを許さなかった。



あろうことが、私は全く反対のことをした。つまり、2人の空間に突然乱入したのだ。



驚く2人に構わず、私は言う。




「あなた、一体どういうつもりなのかしら?」


「ど、どういうつもりとは……?」


「人の婚約者をたぶらかして、一体どういうつもりなのかと聞いているのよ!!」




叩きつけるように言う。その言葉に反応したのはユリアではなかった。




「カトリーヌ。君は、勘違いをしている」


「何よ、私は今ユリアさんに聞いているのよ」


「僕が彼女に学園の案内役を買って出たんだ。彼女が頼んだわけじゃない」


「でも、きっとその子が学園のことがわからない、とでも言ったからそうなったんでしょう」


「カトリーヌ……」




疲れたようにトワが眉間にシワを寄せる。

ごめんなさい、あなたにそんな顔して欲しくないのに。




「そうなんでしょう?なんとか言いなさいよ、ねぇ!」


「カトリーヌ!それ以上彼女を悪く言うな!」



トワが声を荒げた。しかし、私は止まらない。




「何よ! トワはその子の方を持つつもり!?」


「何故そうなるんだ……!大体なぜお前はそこまでユリア嬢につっかかる?彼女がお前に何かしたのか?」


「ええ、しているわ。平民の分際で、図々しくもあなたの隣にいる!」


「だから、それは……!」




「やっ、止めてください!!」




延々と続く平行線の問答にストップをかけたのは、他でもないユリアだった。





彼女は_____泣いていた。両目から、ぽたぽたと涙をこぼしていた。






「もう、やめてください、お二人とも。わたし、がっ、わるくて、」


「違う!ユリアは悪くない、僕が……」


「ほーら見なさい!やっぱりその子が悪いのよ!いきなり泣き出して、なぁに?自分の愚かさが情けなくなったのかしら!」


「カトリーヌ!!」




滅多に聞かない大声だった。優しいトワが、驚くほど怒っていた。




でも確かに、そうなっても仕方ないことを私はした。泣いている女の子に言ってはいけないことを言った。




これには流石に私もまずいと思ったのか、少し勢いはなくなったが、「な、何よ……」と、それでも不満げに言う。




「……頼む。今は、引いてくれ」


「なっ……」


「頼む」




有無を言わせぬトワの口調。その声に、私は激昂し、「覚えてなさいよ!」という頓珍漢なセリフを残して、ようやく私はその場から遠ざかってくれた。




「大丈夫か?」「ぐすっ、わ、わたし、わたしが……」「大丈夫だ、ユリア嬢は何も悪くない。悪いのは_____」





流石にその先は聞きたくなかったのか、私は足早になってその場から立ち去ったのだった。






◇ ◇ ◇








先ほどの会話中、ずっと私は泣いていた。もちろん、涙なんて一滴も出なかったのだが。



あんなことを言う自分が信じられなくて、情けなくて、トワをあんな風に怒らせたことが、ユリア様をあんな風に傷つけたことが、悲しくて悲しくて仕方なかった。



泣きながら私は、気がついたら学園の端にある池にまで来ていた。



そこは、前の私も大好きな場所だった。忘れられたように淀んだその場所を蘇らせたくて、3年かけてビオトープを作り上げた、思い出の場所でもある。



しかし、そこにはそんな思い出なんてひとかけらも残っていなくて、あるのは記憶の中で1番古い状態の淀んだ池だった。



そのことで、私は本当に違う場所にいるのだと実感して、また涙が出てきた。



一滴も落ちない涙を、それでも溢していた。その時だった。








「____誰か、いるの?」











声が、聞こえた。

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