マリオネットは困惑する
瞬間、クラスの雰囲気が凍りつくのがわかった。だが、同時に私も凍りつく。
今、一体、何が起きたの?
「ああら、黙ってしまわれましたのね。本当のことを言うのは私の悪い癖ですの。どうぞお許しになって」
凍りつくクラスと私に目もくれず、私はスタスタと歩いて窓際の1番後ろの席に座った。
でも違う、この席は______
「あの、その席は、僕の席なんですけど……」
困惑したように少年が私に話しかけてくる。そう、私の席は、例え1年生でなくともこんなところになったことはない。
「あら、貴方、何かおっしゃいまして?私、虫の羽音に興味はなくてよ」
違う、違う、違うの。そんなことを言いたいわけじゃない。
退けようと必死になるが、あろうことか私は足を組んでその場に固定されてしまっていた。
席がなくなったその少年は、泣きそうになりながらとぼとぼと本来の私の席に座った。
そんな私に、「おい」と声をかけてくる人間が1人。
「カトリーナ。お前は一体、何をしている?」
それは、世界で1番大好きな、私の婚約者。
「あら、トワ。何って、席の選別よ。この私によりいい席を提供するのは、当然の勤めじゃない」
「お前はまた、わけのわからない暴論を……。大体、入学式にも来ないなんて、非常識すぎる。しかも、その理由が制服が気に入らないから駄々をこねていた、だと?ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてなんかいないわ。どうして公爵令嬢である私が、学校如きに合わせなくてはならないの?逆でしょう」
「お前……自分が何を言っているのかわかっているのか?」
苛立っているような声。ええ、トワ。わかりません。私自身が1番、私が何を言っているのかがわかりません。
「もういい、勝手にしろ!」
言っても無駄だと悟ったのか、トワは踵をかえした。「すまない」とあの男の子に謝っている声も聞こえる。私といえば、素知らぬ顔で窓の外を見ていた。
ピカピカに磨かれた窓ガラスに映るのは、間違いなく、3年前の私だった。先程の会話から察するに、どうやら今は、入学式の後であるらしい。
(一体、一体何が起きているの?私はどうしてしまったの?どうして体がいうことを聞かないの?どうして3年前にもどっているの?どうして言葉が発せないの?)
たくさんの「どうして」で私の頭は埋め尽くされる。
(どうしてトワは私をあんな冷たい目で見るの?)
先ほどまで感じていた暖かい温もり。あの時、確かに彼は暖かかった。いや、あの時だけではない。トワは、いつでも優しかった。
なのに、今はまるで、汚らわしいものでも見るような目で私を見ている。そんなこと、一度もなかったはずなのに。
1人悶々としていると、ガラリと再び教室のドアが開いた。現れたのは、1年生のころに担任だった、クラウス先生だ。
(クラウス先生……!? どうして? だって、彼は、私が3年生の時にはもう、別の職について学校にはいなかったはずなのに……)
しかし、後ろで一つに結んだ白銀の長い髪も、銀縁の眼鏡の奥の灰色の瞳も、どう見てもクラウス先生だった。
「はい、静かに。入学式終了後早々でなんだが、転入生を紹介するぞ!」
(! この言葉……確かに聞いたことがあるわ。それも、3年前に……!)
その言葉と同時に教室に足を踏み入れたのは。
艶のあるショートボブの黒髪。桃色の瞳。ひどく困惑したように、それでも笑顔で微笑んでいる______
「はじめまして、皆さん。ええと、突然のことで私自身がとても驚いているのですが……何故か今、ここにいます。ユリア______ユリア=マリアローズです」
見まごうはずもない、先ほどおかしなことを言っていた、ユリア=マリアローズだった。