マリオネットの誕生前夜
手違いで消去してしまいました、2回目の投稿です。楽しんでいただけたら、嬉しいです
「どうして?」
大理石が敷き詰められたその広間に、その声は大きく響いた。
「ユリア嬢」
私の隣にいる彼が、声を上げる。しかし、目の前にいる1人の少女は、それすら聞いていないようだった。
「どうして、私じゃなくて、その女なの?」
激昂もしていなければ、悲観してもいない。ただ、不気味なほどに淡々としたどうして、が鼓膜を打った。
「その女は、悪役の令嬢なのよ?エンドにたどり着けば、殺されるはずの」
悪役?殺される?誰が?私が?
困惑する私を、大丈夫、と呟いて、横にいる大好きな人が支えてくれる。そのぬくもりに、強張った体から少しだけ力が抜けた。
「ねぇ、トワ様。どうしてあなたはまだその女の横にいるの?早くゲームのエンディング通り、私の隣に来て、寄り添って、その女を断罪してよ」
目の前にいるのは、可愛らしいドレスを身に纏う、可愛らしい1人の少女。
しかし、可憐な見た目とは裏腹に、言っていることはめちゃくちゃで、支離滅裂だった。
「私、選択肢を間違えなかったわ。イベントも3段階ちゃんとクリアしたし、好感度も上げたし、エンド条件は全部満たしたのよ?それなのに、どうしてかしら。どうして私が本来あなたのポジションであるこちらにいるのかしら」
選択肢?好感度?
一体彼女は何の話をしているのだろうか。何にそんなにこだわっているのだろうか。
「ユリア嬢。これ以上、僕の大切な人に対して何か言うことは、この僕が許さない。今すぐに、ここから出て行ってくれないか」
温厚な彼が珍しく苛立っているのがわかる。周りにいる人々からも、いい加減にしろという空気が伝わってくる。
嫌な空気に耐えかねて、私は思い切って口を開いた。
「ユリア様。先ほどから、あなたは一体何の話をなさっているのでしょうか」
その言葉に、これまで何の感情も持っていないようだった少女が初めて感情をあらわにした。
彼女の目に浮かんでいるのは______
「そうよ。あなたよ。悪役令嬢、カトリーナ=デオン。全てが予定調和で、知識外のことなんて何ひとつとしてなかった。その中で、あなただけが、シナリオに沿った動きをしていなかった」
______明確な、怒りの感情。
「ユリア様、あなたは、一体______」
「ふふっ……」
問いかけの言葉は、しかし。
「くふふ……きゃはっ……きゃっははははははは!!!!」
突如として響いた高笑いにかき消された。
その壊れたような笑い声は、目の前の少女から発せられている。
「きゃっははははは!!そうよ、そうよね!この世界で!ゲームの中の世界で!あなただけが違ったわ!あなただけがおかしかった!トワ様も、ミラ様も、ハルン君も、ニコラス兄様も、クラウス先生も!みんなみんなシナリオ通りのセリフで!世界で!その中であなただけが異質だった!これはきっと、深刻なバグなのね、えぇ、えぇ、わかるわ、わかるわよ!きゃっははは!!」
狂ったような笑い声と共に、彼女の体がぼんやりと輝き始めた。
やがて、その輝きは勢いを増し、目も眩むほどになって______
「カトリーナ!!」
危険を感じたらしいトワが、私を思い切り抱きしめる。けれど、やがて、光のせいで目も開けられなってしまう。
「トワ!」
彼から離れてはいけない。そう直感した私は、彼の名前を読んで、きつく抱きしめかえした。
部屋一杯に満たされた光の中で、やがて、意識までもが遠のく。
薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのは、愛しい人の声ではなく、歪に歪んだ少女の絶叫だった。
「ヒロイン特権、発動______ゲームデータ初期化!タイトル画面へ戻れ!!」
意味はわからなかったが、その言葉が酷く不吉なものであることだけは、よくわかった。