転職
ラーンの村に戻りまず教会に寄って、そのあとしたことはご飯を食べることだった。オンラインゲーム『トラあな』ならではの食事システム。
HPはやくそうなどで回復できるが、お腹ゲージまでは回復できない。現実世界のように空腹だと思うように思考や行動ができない。
ゲーム発売当初から今日までの3日。僕はまだ食堂に入ったことがなかった。それはメロンさんもらしい。道具屋で買った「パン」や「ミルク」、見たことのないフィールドにある甘く赤い木の実や、村長のお屋敷で働くメイドからもらった「特製ラーンソーダ」を飲みながら冒険をしていた。早く先へ進みたかったから、食堂でゆっくりなんてしていられなかった。
ではなぜ今僕とメロンさんがラーンのフードコーナーにいるかということ。
教会でササラの塩をヒヒリシスターに渡すと
「では希望の職業を選択してください。一度決定するとレベル30になるまで転職はできません」
と言われ、空中に『戦士』『僧侶』『魔法使い』『武闘家』と浮かんだ。僕たちは悩み、ご飯を食べながら考えようということになったのだ。
村の小さな泉の木陰に木のテーブルと椅子があり、僕たちはそこへ座った。泉はとても透明で、苔が覆う古木が水面から顔を出し、そこに白黒の鳥がとまり鳴いていた。
なんかデートっぽいな。僕は緊張を隠そうと、さっき巻きなおしたばかりのターバンをもう一度巻きなおした。
メロンさんは空中を指でスライドさせた。
「食べたことのない物もあるわよ。なに? この『ラーンドーナツ』って。おいしそう。あたしこれにする」
「じゃあ僕もそれにしよっかな」
「なんでよ。他にも変わったメニューあるじゃん。つまんないじゃん」
「いや、べつにつまんないとかそんなんじゃなく」
「もう。いいからん~とね、かろりはこれね」
スライドさせメロンさんが僕に選んだのは『旅人丼』。そして続けざまに
「生卵はいるの?」
と言い、僕はどっちでもよかったから「はい」と答えると、メロンさんは空中をタップした。
「じゃあ転職どうするか考えま……」
メロンさんが言い出した時、「おまたせしました」と店員が食事をテーブルの上に置いた。
「うわ~すごい」
空中画像よりもきれいな実物の七色のラーンドーナツがお皿の上でプルプルと左右上下に揺れている。金色のソースがとろりとかけられていて、緑色のかつおぶしのようなものがまぶされている。
僕のほうにはどう見ても牛丼のような旅人丼がある。まあ牛丼好きだからいっか。
生卵を割ると、どろりと緑色をした液体が出てきた。まいったな。
お互いのご飯を一口ずつ交換して食べ、「牛丼だね」とメロンさんは言い、もらったラーンドーナツの七つの色のうちの青はさっぱりとした甘さだった。
メロンさんの唇が金色のソースでキラキラしていた。
僕たちは食後に『ラーンソーダ~柑橘系~』を飲みながら『職』について話し合った。
「さて、職どうする?」
「そうですよね。まあ定番だと僕が戦士でメロンさんが僧侶かな」
「う~ん、あたし僧侶いやなんだよね。回復役でしょ? かろり僧侶やってよ」
「え? 僕は男だし、やっぱ戦士が」
「今の時代、そういう男がだとか関係ないでしょ。あたしは武闘家がしたい」
「まあ、他のプレイヤー誘って行ってもいいわけだし。僕戦士で、メロンさんが武闘家は?」
メロンさんはストローでラーンソーダを吸い、腕を組んだ。
「う~ん、他のプレイヤー誘うこともあるかもしれないけど、やっぱりかろりが僧侶でいいんじゃないかな?」
いつの間にか古木にとまっていた鳥がいなくなっていた。まあ、レベル30になったら転職すればいっか。どうせ、いずれ全部の職コンプリートすることになるしな。
お会計のボタンをタップし、腰にぶらさげたゴールドボックスを確認すると残金が減った。それよりも。
メロンさん女性なのに武闘家がしたいって。少しだけ隠された性格が見えたような気がした。
「それでは目をつぶって下さい」
ヒヒリシスターに言われ、僕とメロンさんは並んで目をつぶった。でも一瞬だけ薄目を開けるとステンドグラスのカラフルで幾何学的な模様の前で衣をまとった小さな銅像が光り出したので、また目をつぶった。
「身と心を清めし者に、今、転職の光をあたえたまえ~」
ササラの塩だろう、頭と肩にかけられ、厳粛なBGMのもと体が上のほうへ吸い込まれていくような感覚に陥った。
「目をお開け下さい。あなた方は新しい職に生まれ変わりました」
メロンさんを見ても特に変わったふうには見えなかった。僕たちはヒヒリシスターにお礼を言って教会を出た。
「さ、武器と防具を買うわよ」
メロンさんは『鉄のツメ』の色選びと、『武闘家の腰まき』の丈の長さ調整に20分を要した。僕はというと、左手に『木のたて』右手にはおもちゃのようなピンクの『キュートステッキ』。体には仙人が着るような布切れを羽織った。暑いからちょうどいっか。
ブルーニャ山にムーンフラワーを取りに行く準備は整った。
「もうこんな時間ね。また明日にしよっか」
そう言われたので時間を確認すると23:57。もうこんなに時間が経っていたのか。早くブルーニャ山に行きたいけど明日も学校だ。
「そうですね。また明日にしましょう。明日も僕21:30ころじゃないとインできないですが……」
「あたしも明日は家帰るのが20時過ぎるから、21:30にしよう。明日が楽しみ」
そう言ってメロンさんは僕に向かって装備した両手ツメをかまえ、「シャーッ」と攻撃するしぐさをして笑った。本人は満足気そうだったけど、僕にはおてんばな猫に見えた。




