ササラ海岸
「ご飯は?」
階段を駆け上りながら下から母の声がする。
「食べてきた」
一応少しだけ大きな声で言う。母に聞こえているかはわからない。そんなことより今は何時だ?
僕は部屋に入り鍵をかけ、脱いだ学生服を敷きっぱなしの布団に放り、学校のジャージを装備した。いや、着た。その間に時計を見るのを忘れない。21:18。
僕はスマホを手に持ちトラあなにログインした。
真っ白な砂浜には今日もたくさんのプレイヤーがいた。不具合は治っていると昼間、学校の休み時間に確認してある。
薄い水色の波は昨日とあまり変わらなかった。波は浜辺の近くで白くなって押し寄せ、僕の立っているわずか数センチのところで引き返していった。
友達リストを開く。空中に映像が浮かぶ。僕のたった一人のゲーム友達はどうやらラーンの村にいるらしい。生ぬるい潮の匂いを鼻で吸い、3秒かけて息を吐いてから言った。
「こんにちは」
本当は「こんばんは」なんだけど、浜辺は青空にギンギンの太陽が照らす昼間。5秒ほどたって
「こんにちは」
というメロンさんの声が聞こえた。
「どこまで進みましたか?」
「あ、えーっと、ササラの塩取ったよ。そこまで」
「そうなんですか。どこにあるんですか?」
「えーっとね、ひみつ」
カモメに似た鳥が上空で「グギーッ」と鳴いた。
「教えてくださいよ。てか転職しました?」
「それがまだなの。今そっち行くから待ってて」
浜辺には魔物が一匹も見当たらなかった。とてもきれいな海岸だ。
僕はメロンさんを待っている間、浜辺に落ちている貝がらできれいなものはないか探した。自分の勇気に限りなく可能性を感じないけど、もしかしたらその勇気が湧いてくることがあるかもしれない。好きとかじゃない。感謝の気持ち、「ありがとう」として。
赤い手のひらほどの巻貝。
僕は割れないように布に包んで道具入れに入れた。
「お~い」
声のほうを振り向くと、メロン色をしたショートボブのメロンさんが浜辺をこっちに向かって走ってくる。変な走り方だなと思った。砂浜に脚を取られて、あ、これは転んじゃうんじゃないか。と一瞬思ったけど、片方の膝を砂浜についただけで転ばなかったからよかった。
「おまたせ」
右脚の青い旅人のズボンに白い砂が付いているのもかまわずに得意げにメロンさんは僕の前で背筋をのばした。
「では、ササラの塩はどこにあるでしょう?」
いじわるな顔をしてメロンさんは言う。僕は浜辺を見渡してみた。一面に広がる白い砂浜と薄い水色の海があるだけだった。
「降参です」
「早いね。少しは考えなさいよ。まったく。正解はジャガジャガジャガージャン。この砂全部がササラの塩なんです。残念でした」
え? これが? ただの砂じゃないか。
と思い、声に出たのは
「だったらとても簡単じゃん。こんなんだったらヒヒリシスターでも村の人と取りにこれるじゃん」
「だから早く取って村へ戻ろう」
メロンさんがそう言ったけどなんだか目があやしかった。まあでも急ぐか。
僕はササラの塩を取って浜辺を村のほうへ歩いた。その時
「ま~~~て~~~」
巨大なタコの大木ほどのある足が僕の行く手をふさいだ。その足を目で追って行くと海の中から巨大な丸い頭が出てきた。
「どこへ持っていくんだ? ここの浜辺は俺が500年間かきつづけた汗でできた、いわば俺の分身だ。欲しかったら1万ゴールドよこせ」
「そんな大金ありませんよ。少し分けてください」
僕はササラタコにお願いした。
「ならばここから一歩も先へは進ません」
僕は困った。メロンさんを見ると無表情だった。たしかにこの塩はササラタコ自身が長年かけてきれいな白い海岸にまでした大切なものだ。タダで下さいでは失礼だ。でも、これがないと転職できない。
ササラタコはべつに僕に危害を加えようとしているわけではないらしい。
僕はその場に立ったままどうすればいいかわからなかったし、メロンさんも何も言わなかった。時間が過ぎていく。
太陽が僕を照り付け、ササラの浜から照り返す熱を感じる。僕のこめかみを汗が流れる。
その汗が浜に落ちた。
シューッと音がして僕の汗が浜の上でほんのほんのわずかな塩になった。そしてササラタコは言った。
「わかったか。そうやって俺が500年かけて作り上げた塩の浜辺だ。それがわかればもういい。持っていけ」
ササラタコは海に帰って行った。
「よかったね」
そう言うメロンさんも額に汗をかいていた。
「すみません。こんな暑い思いをさせてしまって」
「いやいいの。中にはササラタコを力ずくで倒そうとしたプレイヤーもいたよ。みんなケガしてたけどね」
そうなのか。僕は、悪くない魔物もいるんだな、と思い、ササラタコの気持ちが少しわかったような気がし、反省するみたいな気持ちで村へ歩いた。メロンさんが青い空を見上げながら目をつぶり
「お腹すいた」
と言った。




