未練がましい引き際
「じゃあ、そろそろ行こうか。わたしはちょっと買い物して帰るから」
水希さんが白のコートを持って席を立ち、僕も帰ることにした。
喫茶代は水希さんがおごってくれると言ったけど
「本当にありがとうございました」
とお礼を言ってレジに2000円を置いて店を出た。
モテナスの長い通路を小走りに、店内のお客も、クリスマスのBGMも気にならなかった。どう謝ればいいのか。なんて言えばいいのか。
店内にいたせいで余計に外が寒く感じられる。
どうすればいいんだ……。
バタバタと音がしてそのほうを見ると、下部がクルクルにまかれたのぼりの上部が風になびいている、その音だった。濃い紫ののぼりの文字は暗くて見えなかったけど、久々に行ってみることにする。そしていろいろ考えよう。
暖簾をくぐり、ガラガラと音のするドアを開ける。
「いらっしゃい、おう」
鉢巻をした店主が僕を見て言った。何回も来てるけど店主の名前は知らない。でも名前は『丸吉』なのかなと思う。そば屋『丸吉』だから。
「いつものでいいかい?」
「はい」
いつもの流れで僕はまずセルフサービスの水をコップに入れ、いつもの招き猫の置かれた棚の正面の席に座った。四つ足の木の椅子は年季の入った床で固い音を立てる。頭上のテレビから今日のニュースが聞こえてくる。
「はいよ」
いつものように早い。僕の前に品物が運ばれてくる。いつもは使わない七味を使ってみる。台座にこまごまと七味がこぼれている。ぎちぎちの割りばし入れから一本取り出す。すき間が緩んだ。
かけそばとおにぎり2個。500円。
店主は必要以上には話しかけてこないし、それでいて高校生の僕にも普通に接してくれる。
丸吉のそばは硬めで、歯でプツリと切れ、濃いつゆがほほに当たる。きざみネギがさっと乗っているだけだけど店主がかまぼこをサービスしてくれていた。口いっぱいにそばを入れ、海苔の巻かれたおにぎりをかじる。注文するのはいつもの具のないおにぎり。
僕はメロンさんのにぎってくれたおにぎりを思い出した。雨に濡れた塩の効いたおにぎり。
お客は僕しかいないのに、厨房からは店主の包丁がまな板を叩く音が聞こえた。
家に着きスマホを見ると水希さんからroinが来ていた。僕が自転車を漕いでる間にあったんだろう。画面を見ると『がんばれ』とメガホンで叫んでいる女の子のハンコだった。
『ありがとうございました。がんばります』と返信する。
削除されていないといいなと願いながらログインする。
レンフィル大陸の深い森林を北に歩くと『ブレメの村』があり、僕はそこにいる。ブレメの村は畑の多い村で、村人があちこちで農作業をしていて、牛や馬もいた。
手にかいた汗を『旅人のころも』にぬぐう。ふ~っと息を吐く。
フレンドリストを開くとメロンさんのアイコンがあった。
よかった、まだ削除されていなかった。
そしてメロンさんはやはり4人パーティーを組んでプレイしていたし、けっこう先まで進んでいるらしい。メロンさんの居場所が???と表示されている。そして向こうからの挨拶はなかった。
丸吉でそばとおにぎりを食べながら考えたこと。少しだけだけど考えたのは、メロンさんとは会って直接謝ったほうがいいなということ。メロンさんに会いたくないと言われたらチャットで謝るしかない。そして、直接会えたとしてもどこで話すか。ブレメの村には喫茶店はあっても小さな木造のお店の外に木のテーブルと椅子が置かれていてそのそばを村人が普通に歩いている。かといって『鳥の羽』を使ってバレットの港町に戻ってもらうのも悪い。そもそも飲み物なんかを飲みながら話すことなのか。失礼ではないか。村の外の森林内も考えたけど、そんな自分が嫌だった。なんとなくだけど。
思いきって声をかけよう。素直に謝ろう。あとは考えていてもしょうがない。
「こんにちは」
メロンさんに声をかける。近くを馬車が通り過ぎる。野菜を乗せた荷車が通る。村を取り囲む森林が風で音をたてる。
5分経っても返事はなかった。チャットで謝るしかない。
木陰にある岩に腰をかける。
「この前はすみませんでした。具合が悪いって言ったのはうそなんです」
「2人でプレイしていきたいなと思っていたんです」
「カクテルさんいい人そうだし、かっこいいし大人だし。メロンさんとカクテルさんが話しているのが楽しそうに見えて」
「僕、実は高校生なんです。だからカクテルさんにはかなわないなって思って」
「だから、その場にいたくなくて……」
「また一緒に冒険したいです。……すみませんでした」
岩場に一人で座りながら、僕はメロンさんに言った。でも返事はなかった。もう僕と冒険したくないんだろうな。最後に言い残したこと言って終わろう。
「いつかのおにぎりありがとうございました。とても美味しかったです」
「今日、モテナスの隣のそば屋に行ったんです。あ、モテナス知らないですよね、すみません」
「そこでそばとおにぎり食べてたら、思い出しちゃって。ありがとうって言っとこうと思って」
(楽しかったです)とは言えなかった。こんなこと言ってる時点でダメダメだけど、(楽しかったです)なんて言ったら、メロンさんに責任を感じさせちゃうかもしれない。そして(楽しかったです)は(さようなら)に近い気もしたし。
「冒険、がんばりましょう」
明るく装って言った。
そのあとゲームをプレイする気にはなれない。返信を待っているみたいじゃないか。
ログアウト。




