水希さんからの誘い
アルバイト先のハンバーガーショップでは、もうすぐやってくるクリスマス向けの装飾がされていた。あちこちの壁に靴下やサンタ、ステッキのようなものや色とりどりの球体が紐でぶら下がっていた。店内には2メートルほどのクリスマスツリーが置かれ、朝から出勤しても白と青のイルミネーションが点滅していた。
あれから僕は毎日ログインはしていたけど、メロンさんとはもう3日も一緒に冒険をしていない。そして、フレンドリストを開くとメロンさんはいつも僕以外とパーティーを組んでいたし、お互い挨拶すらすることもなくなった。
僕はマシンさんたちと冒険した。もちろんそこにはミズキさんが一緒。
そんな3日間だった。
注文が表示されるパネルを見るたび反応してしまう『フィレオフィッシュ』の文字。
(もしさ、もしだよ。あたしだなと思ったらフィレオフィッシュのタルタルソース多めに入れてね)
メロンさんのことを思い出してしまう。ササラの塩やラーンの村、バレットの民宿での出来事、シーバレント。それと同時に、楽しそうに話すメロンさんとカクテルさんも。
ピピピッピピピッ。
フライドポテトが揚がった。僕は油を切り塩をまぶしてさっとならし、Ⅿサイズを3つほど並べた。
「サンキュー」
水希さんがⅯサイズのポテトを手に取り、紙袋につめる。一瞬目が合った。なんか妙に長い時間な気がする。
そのあともまた僕は何個かフィレオフィッシュを作った。その度にレジに並ぶお客を見る。いったい自分でなにをやってるんだ……
バイトを終え着替えようと男子更衣室に入り、自分のロッカーからスマホを取り出すと、先にあがった水希さんからroinがあった。きっと、今日は何時からトラあなをするかのroinだと思う。現実の黒髪ショートボブの後ろ姿。そのアイコンをタップする。
『おつかれ。5時で終わりだよね? モテナスのcaffeleeにいるからさ来ない?』16:48
え? なんだろう。現実で水希さんに誘われるのは初めてだ。ゲームで会えるし、実際に会わなきゃいけない理由ってなんだろう?
「帰る時電気消していけよ。いつも点けっぱなしだぞ」
更衣室の壁の向こうから店長の声がした。
「はい。わかりました」
着替え終え、裏手の自転車置き場へ出る。外はもう真っ暗だった。電気を消し忘れた。
モテナスの外にある、道路に沿った等間隔の街路樹にも白と青のイルミネーションが飾られていて、何人かが背景をバックに写真を撮っていた。となりのそば屋はクリスマス間近でもいつもと変わりはなかった。
モテナス内は照明独特の明るさで、クリスマスのBGMが流れ、親に連れ添った子供達だけでなく、全員が、店員さんまでもが楽しそうに僕には見えた。
一階の長い通路を歩いて行くと室内の明るい照明の中に、薄暗い大人の雰囲気を醸し出した『caffelee』があった。入るのがためらわれたのでroinする。
『着きました。中にいますか?』17:18
すぐに返信があった。
『いるよ(絵文字)』
僕は深呼吸をして店内に向かった。
ガラス張りの窓際の席に、白いコートを椅子の背もたれにかけた水希さんが座っていた。窓の外にはこちら側にもイルミネーションに飾られた樹々が見え、薄暗い店内に白と青の光がかすかに入り込んでいる。
「ごめんね急に」
「いえいえ。びっくりしました。なんかあったんですか?」
僕は水希さんの対面の木の椅子に座った。
「うん。ちょっとね。なに飲む?」
そう言いながらメニュー表を渡された。眺めてみたけど、どれもピンとこなかった。水希さんはホットココアを飲んでいるそうだ。
「僕はアイスコーヒーで」
「冬なのに?」
水希さんがにこっと笑った。
アイスコーヒーはすぐに運ばれてきた。ガムシロップとミルクも一緒にそばに置かれたけど、なにも入れずにストローで飲む。
「おつかれ。最近なんかあった?」
両肘をテーブルにつき、ほほに手をあてた水希さんが言った。
「え? なんかって。なにがですか?」
「最近元気ないんじゃない? バイト中も、ゲーム中も」
「そうですか? とくに変わりませんよ。みんなでゲームしてると楽しいし」
「うん、楽しいよね。マシンさんとかまささんいいコンビだしね」
「そうですよね」
アイスコーヒーの氷がカランと音をたてる。
「フレンド何人ぐらいいるの?」
「僕は……」
すぐに答えられなかった。頭の中に浮かぶフレンドリスト。フレンドになった順番で空中に表示される映像。
すぐに答えられる質問だった。僕には4人しかフレンドがいないんだから。マシンさん、まささん、ミズキさん、それと……。メロンさん。
「4人です……」
「わたしはよくわかんないけど、いつもだれかとプレイしてたでしょ? 最近私たちとばっかプレイしてるけど、う~ん……ごめんね。詮索するつもりはないんだけど。ちょっとね」
水希さんは体を起こし、ココアに口をつけた。そして僕は目線をテーブルのアイスコーヒーに移したまま言葉が出てこなかった。
「ゲーム中も元気ないしさ。バレットも2人でクリアしたんでしょ?」
何も言えなかった。ただただ黙った。
「やっぱりそれが原因なのね。なにがあったの?」
「いえ、マシンさんやまささん、ミズキさんと冒険するのは本当に楽しいんです。でも……」
僕はメロンさんとゲームをしなくなったいきさつを話した。ずっと2人で冒険をしていたのに、強くて、知識も豊富で、かっこいいフレンドも一緒に、と言われたこと。その二人が楽しそうに話していること。僕といるより楽しそうなこと。きっとメロンさんはその男性さんのことが好きなんじゃないかと勘繰ってしまうこと。僕のつまらなそうな態度に、きっとメロンさんは怒ったであろうこと。
そして僕はメロンさんが好きだということまで。
そこまでずっと静かに聞いていた水希さんが
「う~ん、わたしはそのメロンさんって人知らないけど、そんな意味でその男性をパーティーに入れたわけじゃないと思うけどなあ。もしその男性のことが気に入っているならあなたを誘わないんじゃないのかなあ」
アイスコーヒーはすっかり空になっていた。
「どっちにしろこのままだと、ずっとその、メロンさんって人と会えないじゃない。まだフレンド登録削除されてないんでしょ? もう二度と顔も見たくないほど怒っていたら削除しちゃうんじゃない?」
昨日までは削除されていない。今日帰ったらどうなのかわからない。
「謝ったら?」
そんな水希さんの優しい静かな声がずっと耳に残って、頭の中で何度も繰り返した。




