二人の魚
起きてもまだ部屋の中は暗かった。ゲーム内時間を確認すると4:30。僕は枕元にある電気スタンドの明かりを点けた。
淡いオレンジ色の光に目を細める。メロンさんはどうしているかな?
一瞬で目をそらす。
僕が見たものは、布団を抱いて横になるメロンさんの、浴衣からのびた白い脚だった。
それ以上考えるのはよしてトイレに向かう。トイレを済ませ、鏡に映る自分を見ながら『民宿トピー』の名前が刻まれた歯ブラシで歯を磨き、顔をさっと水で洗う。記念に歯ブラシは持って帰ることにする。
頭がすっきりし、さらにメロンさんの脚が鮮明に思い出された。
部屋に戻るとメロンさんは布団の上で上半身を起こし
「あ、おはよう……」
と眠たげに、動かずにいた。
「おはようございます。僕も眠いです。今日は天気が良さそうですね」
夜が明けつつある空はだんだんと黒みを失い、うす紫色の窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。
朝食は摂らずに、僕とメロンさんは釣りの装備に着替え、階段を降りた。
玄関にはもうポゴフさんが立っていて
「おはようございます」
と僕らが言うと「行こうか」と太く低い声で言い、玄関のドアを開けた。
港のほうからは漁師たちの大きな声が聞こえてきたけど、ポゴフさんはそちらには向かわず町を出る。「どこに行くんですか?」とは聞けず、黙って僕らはついていった。
樹々の生い茂った道なき道を歩く。右に左に、左に右に。同じ場所をぐるぐるしているような気がする。ぼうぼうに伸びた草や蔓が顔に当たり、少し経つとゆるいかゆみになった。
視界がひらけ、海風が吹いている。断崖の先に海が広がっていた。
「ここだ」
ポゴフさんは海に点々とする漁船から見られないように、隠れるように身を引くし、僕たちに「来い」と合図した。
20メートルほど進むとポゴフさんは止まった。地面は変哲もない短い草が生えているだけだった。双眼鏡や方位磁針で何かを確認しながら、そこから少し位置を変える。
ポゴフさんはポケットから取っ手を取り出し、草の生えた地面に差し込んだ。そして、取っ手を引っ張った。草の地面1メートル四方がそのまま開き、中は空洞になっていた。
「早く入れ」
ポゴフさんは地面を開けたまま僕たちに先に行くように勧めた。メロンさんをみると、不安そうな目をしていたので、僕が先に行くことにした。
空洞は垂直に下に伸びていて、簡単なはしごが続いていた。はしごに足と手をかけ降りる。下を見ると、かすかにゆらゆらとした明かりが見えた。
10メートルほどではしごは途切れ、そこには大きな池があった。壁の細い横穴から光が差し込んでいる。青い海水に反射し、岩壁も青く映る。青い空間。
「ここは反対派が造った、シーバレントの池だ」
ポゴフさんは池の前にしゃがみ込み、海水に浸けた指を舐めた。
「海水がうまく循環できるしくみになっている。小さな海として、まあ外の海よりは比べ物にはならんが生態系もできている」
「あ」
僕とメロンさんは同時に声をあげた。
横穴から差し込む光に、海水から飛び上がった大きな青い魚がきらめいた。
きれいに身をくねらせ、力強く尾びれをふるい、青い目でこちらを見据え、再び池に着水し、水しぶきをあげた。
「シーバレント……」
メロンさんは茫然としていた。メロンさんに青い海水が反射し、白いほほの上でゆらゆらと光っていた。
「よし、では一体釣り上げて帰ろう」
ポゴフさんが池にお祈りをささげた時。
「これはすごい。立派な池じゃないか」
振り向くと町長と、剣を持った部下たちが立っていた。
「早朝から旅人があやしい動きをしているとの情報があったものでな。こんなところでシーバレントを隠し育てていたとはな。町の名物として大々的に売り出そう。バレットもさらなる繁栄をとげるだろう」
町長は部下二人に目配せをした。うち一人がはしごをのぼって引き返していった。
「なにをする気だ……」
ポゴフさんが町長に向かって言った。
「ん? お前は誰だ?」
町長はポゴフさんを見て不思議な顔をした。
「見ない顔だな。ふん、まあいい」
町長が口の端をあげた。
爆音がとどろいた。一瞬何が起きたのか分からなかった。光がまぶしかった。
池を取り囲む岩壁が一部崩れ、砂煙が舞い、パチパチと岩の散らばる音がする。砂煙の奥に一隻の大型船が徐々に見えてくる。大砲から黒煙が上がっていた。
「なんてことを……」
ポゴフさんは池に数歩入っていき、立ち止まった。池から魚たちが海へ帰って行く。
「こんな窮屈な池の中で暮らさせるのは残酷だろう。シーバレントは我々が管理する」
「貴様……」
一体となった海水に脚を浸からせたポゴフさんが振り向いた目が赤く光った。釣りの服が裂け、体が巨大化していく。
ポゴフさんは巨大な赤い人魚となっていた。
「町長さん逃げて」
メロンさんが叫んだ。すくみ上った町長はハッとした様子ではしごに足をかけた。
「グァァァァァァ~~~」
人魚は水かきのあるウロコの鋭い赤い手で海水を掻いだ。真っ直ぐな激しい波が町長を襲い、その体ではしごから転倒する。
「一緒に逃げて」
メロンさんは、町長の部下に言った。一瞬戸惑っていたけど、部下は弱りきった町長に肩を貸しはしごに再び足をかける。
「かろり、こっちで時間をかせぐよ」
赤い人魚が僕たちに襲い掛かってくる。
戦闘BGMに切り替わった。
僕は戦闘開始とともに素早く「マモロ」の複数版「マモロン」で僕たち二人の守備力を上げた。ポゴフさんである赤い人魚は、両方の手を交差しながら海水を掻いた。僕とメロンさんに激しい波が襲ってくる。
僕は顔の前で腕をクロスさせ防御の体制をとった。それでも、重く鋭い波は僕の体を後方の岩場に叩きつけた。メロンさんも同じらしい。
「いてっ」
今度はメロンさんが細かくステップし、大きくジャンプした。緑の髪が逆立つ。
「サンダークロー」
ツメが赤い人魚のウロコを数枚はがした。人魚がメロンさんに向かって口を大きく開いた。するどい牙で噛みつきだした。すんでのところでメロンさんはかわした。
すると今度は僕のほうに向きを変え、海から上がり、岩場を走りながら向かってくる。
「グァァァァァァ~~~」
「あぶない、かろり」
メロンさんの叫びと同時に、僕は右肩から斜めにするどい爪で切り裂かれた。激痛が走り、新しく買ったばかりの『マジカルステッキ』が岩場に転がる。その場に座り込む。
メロンさんがこっちに向かって助けに入ろうとしているのが見える。でも、僕の見上げた顔の前には赤い目の人魚が牙をむき出しにしている。
僕はせめてやくそうを飲もうと思った。左腕で道具入れを探る。
「ゴワアアア!!!」
人魚がまた腕を振り上げた。
もうだめか……。
僕は目をつぶった。……あれ?
見上げると人魚は腕を振り上げたまま静止していた。
「トピー……」
人魚がそう言った気がした。左手に何かが当たる。
僕が持ち帰った『民宿トピー』と書かれた歯ブラシだった。
赤い人魚は踵を返し、メロンさんの前を通り過ぎ、海に引き返すように岩場を歩いて行く。徐々に赤い体が青へ変化しだし、小さくなっていく。
つながってしまった海のほうからは、水面を飛び出した青い背びれがこちらに向かってやってくる。海へ向かう人魚もまた完全に青へと変化し、海水にたどり着くと手足は背びれ尾びれに変わった。
ポゴフさんとトピーさん。寄り添った二人の青い背びれが海の向こうに去っていき、やがて消えた。




