roin交換をあの人と
僕のスマートフォンは今まで『トラあな』のアプリが入っている機械として機能していた。あとは親やバイトの連絡、また数少ない友達とのやりとり。だからやっぱりメイン機能としては『トラあな』が主だった。
それが今日、もう一つ重大な機能が加わった。うん。そう言える。
『roin』だ。
ついさっきのことだ。数時間前。
バイトの休憩中、僕はスマホでトラあなの公式サイト『トラあな情報局』を閲覧していた。そこでは運営から送られてくるさまざまな情報を閲覧することができる。サーバーの不具合情報や、発売にあたっての運営からの感謝のコメントがトラあなのイラストとともに載せられていた。
そしてイベントの告知もあった。それは
『聖なるトラあなクリスマス』
というイベントだった。12月に入ったばかりだし、もう少し先のことだったけど僕は一字一句ていねいに目で追った。詳細はまた後日ということだったが、ルアやランランさん、人間の姿のジェイド、若かりし頃のエミリアさんがサンタの赤い帽子をかぶっているイラストが載っていた。
どんなイベントなんだろう?
僕は休憩室でテレビも点けずにその記事を二度三度と閲覧した。あ、それと、僕はアイスコーヒーのブラックに挑戦をし始めた。もちろんミルクは入れずに。メロンさんと同じ飲み物を好きになりたい思いからだった。
四度目の見返しをしようとした時だった。
「おつかれさま」
水希さんが赤いキャップを脱ぎながら休憩室に入ってきた。僕はスマホを持ったまま振り返り「お疲れ様です」と言った。
「あ」
水希さんが言ったけど、なんの『あ』かピンとこなかった。
「それ。『トラあな』じゃない?」
水希さんは僕のスマホに顔を近づけた。僕は混乱して何も言えなかった。
「わたし今これやってるの。え? もしかしてやってるの?」
水希さんは興奮気味に言った。
「あ、はい。え? 水希さんもやってるんですか。どこまで行きました?」
「どこまでって、今わたしはバレットの港町で『釣りざお』をもらったとこ。それで、それで名前はなにでやってるの?」
「かろりです」
「え~!」
休憩室内に水希さんの大きな声が響いた。
「ちょっとうるさいぞ」
店長が厨房からやってきてひと言言って去っていった。極端にヒソヒソ声になりながらも水希さんは目を大きくさせたまま続けた。
「え~『かろり』なの? もしかしてマシンさん知ってる?」
「もしかして、ミズキさん?」
「そう。え~、もう。かろりなんだあ~」
そして水希さんは僕の休憩が終わるまで帰らず、二人でトラあなの話をした。会話時間最長記録だった。そして
「roin交換しようよ」
と言われ、お互いのスマホを重ね合わせた。水希さんのスマホは赤だった。
なりゆきはどうであれ、僕は今roinの画面を開いたまま床に置き、部屋の中であぐらをかいている。その画面には白猫が「よろしくね」と言っている、通称『ハンコ』と、僕が返信した土下座をしている男性のハンコがある。他のハンコにすればよかった。
ドキドキしたし、緊張もしたし、天にも昇る気持ちだった。本当に水希さんは『ミズキさん』だった。なんだか二人だけの秘密を共有したような気持になった。そして僕は水希さんとバイトだけではなく、ゲームの世界でも会えるんだ。
だけど。だけど。
僕の妄想の中のメロンさんの顔が悲しんでいた。




