一人ぼっちの洞窟
あまり履かないジーンズを脱ぎ、あまり使っていない服入れにしまう。ジャケットはイスの背もたれにかけた。学校のジャージを着る。僕の装備は学生服とこの部屋着兼用のジャージで充分だ。
いつもなら部屋にこもるなりすぐにログインする僕だったけど、今日はためらっている。メロンさん、どんどん先すすめちゃったかな?
まだ外は明るかったけど、すぐに日が沈むだろう。窓際に近づいて外の様子を見る。捨てられた空のペットボトルが道路を転がっていた。
色々考えてもしかたないか。
僕は思いきってトラあなにログインした。
正反対の強い日差しが、ラーンの村の入口に立つ僕を照らす。フレンドリストを開くとメロンさんは今日も他のプレイヤーとパーティーを組んでいたし、ミズキさんはまたマシンさんやまささん、あともう一人と組んでいた。
あいかわらずの混雑の中で、僕は一人ぼっちだった。
誰にもあいさつをせず、僕は入口を出て『バレット』の港町を目指すことにした。
ササラ海岸を歩き、やがて海岸の行き止まりまでやってくると洞窟があった。
この洞窟を抜ければいいのかな?
洞窟に入ると空気はジメジメとしていて地面も濡れていた。歩くと靴が少し滑ったし、天井から水滴が落ちてきて腕に当たったときはヒヤッとしてびっくりした。
洞窟内はところどころ間隔を置いてあるたいまつの炎で、薄暗くはあったが見渡せる。あちこちでプレイヤーが倒れ気絶していた。中にはやがて姿が消えるプレイヤーもいた。
きっと教会に戻されたんだろう。
どうしよう。僕は僧侶だし、今はパーティーを組んでいない。洞窟内は苔の生えた泥のかたまりがうようよ動き回っていた。
洞窟内のだれかとパーティーを組む気にはなれなかった。そんなことをしたらますますメロンさんとの距離が遠くなってしまう気がしたから。
泥の敵『ドロンパ』は、どうやら目が見えないらしい。岩壁にぶつかっては方向を変え、走るプレイヤーの足音、濡れた地面の水音を聞き分けて襲っているらしかった。
僕はゆっくり歩いた。歩くというより、足を浮かせず滑らせて進んだ。そしてドロンパが近づいてきた時には動きを止める。遠くに見える外の光、洞窟の出口まで走ればすぐなのに、このペースだとけっこう時間がかかりそうだ。
ゆっくり、と、ゆっくり、と進む。
蒸し暑い洞窟内。苔の匂い。体がジメジメとする。
僕は渇いた喉をうるおそうと道具袋からラーンソーダの瓶を取り出そうとした。
あっ。
手が滑り、瓶は濡れた地面に落ち水音を立てた。
周りのドロンパがいっせいに僕のほうを向いた。僕は走り出していた。後ろから「ボワ~ボワ~」と声を上げドロンパが追ってくる。進む先からも何体も体を方向転換させたドロンパが向かってくる。
「こん」
メロンさんの声だった。
「何してるの? あたしは今バレットにいるよ」
「こん。僕は今」
逃げながらメロンさんの声に脳内で答える。
「ササラの先の洞窟に……うわっ」
戦闘のBGMに切り替わった。やばい。囲まれた。驚いた。そこには6体ものドロンパの集団が僕一人を取り囲んでいた。
「え? 一人で洞窟進んでるの? 何やってるのよ。そこ……。すぐそっち行くから逃げてて」
「ドロンパに囲まれちゃいました」
「え。……えとね。アレいくら残ってる? あるでしょ? ゴールド。金貨」
メロンさんも慌ててしゃべっているのが分かる。
「あ、はい。うわ~」
ドロンパが大きな口を開け、掃き出した泥で僕の顔がまみれた。顔をざっとぬぐい片目で腰の箱を見る。
「金貨を遠くに投げて音を出せばそっちにドロンパ動くから。そのうちに逃げて」
箱の上には12ゴールドの表示が浮かぶ。
僕は箱の中から金貨を取り出し、何枚も投げた。どこに投げたかなんてよく分からない。金貨は岩壁や濡れた地面で「キーン」と音を立てた。
ドロンパは一瞬動きを止め、金貨の音のするほうへ突進していった。
僕は水で濡れた地面にもかまわずその場に座り込んだ。おしりが濡れ、染みた。
「大丈夫? もうすぐ着くから」
「ありがとうございます。なんとか。でも」
腰の箱を確認してつづけた。
「あと2ゴールドしか残ってないです」
「まったく。その場でじっとしてて」
そしてメロンさんからパーティー申請があった。僕は『はい』を選んだ。
出口の白い外の光にメロン頭のシルエットが浮かぶ。そして黒い影からメロン色へ変化し、右左と金貨を投げ、音を反響させながら走ってくるメロンさんが見えた。
あいかわらず変な走り方で変な投げ方だったけど、とても頼もしく見えた。
洞窟の外もまた浜辺で、あちこちにヤシのような木が生えていた。一メートルほどの大きなヤドカリが、かわいらしい顔を出しては引っ込め点々としている。
「バカだね。洞窟を一人で進もうなんて。声かけてくれればいいじゃない」
肩を担がれながらメロンさんに言われた。
「そうなんですけどね。なんか声かけづらくて」
「なんで?」
「いや、他とパーティー組んでたから」
ぼーっとする頭と、固まりかけていく泥が付いた見えずらい視界の中で僕は言った。
「……バカだね、まったく」
メロンさんはそれしか言わなかった。
海水で顔を洗う。メロンさんが布切れを僕に渡してくれたけど「ありがとうございます。でも大丈夫です」と言って僧侶の服で顔の海水を拭きとったら泥まみれの僧侶の服で、また顔に泥が付いた。結局メロンさんから布切れを借りた。布切れは洗濯してお返しすることにする。
「あそこよ。バレット」
メロンさんが指す白い指の先に、石の壁で囲まれた街があった。高い木造の建物が見え、船の汽笛の音と一緒に黒い煙が昇っていく。
「とりあえずバレットでジュースでも飲もう」
「あ、でも」
「うん。おごるわよ。倍で返してもらうから」
太陽の光でメロンさんの顔が見えなかったけど、笑っている気がした。




