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作者: 風実


 K氏は、I県在住だ。彼は何をするにも気力がわかず、とうとう仕事を辞めてしまった。今は貯まったお金で時間を浪費する生活を送っている。


 もともと会社勤めだったので、それなりに知り合いはいる。しかし、これまでまともに交友関係を築いてこなかったので、あまり積極的にK氏にかかわろうとする人物はいない。


 K氏は仕事において一定の成績を収めていた。なので、会社の二度の倒産の危機にもかかわらず首切りに合わなかったような稀有な人材である。待遇も良好だった。就業時間も格段に短く済ませてもらっていた。


 それにもかかわらず、一日休み、二日休み――。ついには一か月以上会社に顔を出さなくなり、給料日前日に辞表を出した。罪悪感からの行動だ。会社側も、引き止めなかった。優秀でも何もしないなら、給料は払いたくない。


 そんな経緯から、周囲からは距離を置かれた。会社の危機には奮闘したので、そんなには悪く思われていない。もう一度働いてくれるなら、好条件で受け入れるつもりさえあった。


 それでも彼は気力が起きなかった。何もしようとはしなかった。それに、どんなに優秀でも、要領がよくても、努力しなければ何もできなくなる。もはや彼は優秀ですらない。


 そして今、生命線たるお金さえ尽きようとしていた。


「こんにちは、Kさん。家賃をもらいに来ましたよ?」


 今日は、彼の住むアパートの集金日だ。彼は銀行からの引き落としにしていない。会社を辞めた時に、口座から段階的に全額引き落としたのだ。


「…はい、これが家賃です。」


 彼はこの家賃で全財産を使い果たす。その緊張のためか手は震えていた。


「はい、今月も受け取りました。」


 そういってアパートの大家はK氏から受け取ったお金をカバンにしまう。


「しかし、ケイさん。最近、家から出てないんじゃないですか?あまり管理人室の前を通らないようですが…。」


 大家のその言葉を聞いたK氏は、一度大きく震えた。部屋から出ていないことがばれていて、ショックを受けたのだ。


「え、えぇと。そうですね…。」


 K氏は口ごもる。


「まぁ、私は構いやしませんけど、日の光は浴びたほうがいいですよ?それじゃ失礼します。」


 それだけ言って大家は帰る。K氏は、ドアを閉じてほっとした。


 部屋で正座し、本を拾って読み始める。しかしすぐに置いてしまう。そして頭を抱えて悩み始める。そう、彼には金がない。あと2、3か月は居座らせてくれるかもしれない。しかしそのあとはどうしよう。家がないと、寒くて暑くてつらい。実家とは縁が切れている。友人の家に転がり込む?連絡先も住所も知らない。どうしよう、と。


 そうしてK氏が悩んでいると、彼の電話が鳴った。彼は携帯電話は持っていた。そろそろ解約しようとは思っていたが。


「…もしもし?」


 K氏は電話に出た。


「あーケイか?俺、ワイだよ。」


「ワイか。どうした。突然。」


 ワイとは、Kの高校時代の友人の、Y氏のことだ。Y氏は、K氏の友人の中では最も世話焼きだ。今回もK氏のために仕事を見つけてくれたらしい。一週間前にK氏の失業を知ってから、一生懸命探してくれたそうだ。


「で!なんとこの仕事、三食家付きなんだ。給料は成果主義だけど、とりあえず月17万円は保証してくれるらしい。あ、これ手取りね。年金とか差っ引いてこの価格だって。どう、やってみるか?」


「え、えぇと、仕事内容は?」


「大した仕事じゃないって。基本肉体労働だけど、頭が良ければいろいろやらせてくれるんだと。」


「具体的には?」


「いろんな資格も取れるってさ!」


「…それ軍隊?」


「え!?いや?軍隊ではないよ?」


 K氏は思う。むしろ軍隊だったら安心できたのに、と。


「あーワイ。気持ちはありがたいんだけど、断らせてもらうわ。」


「え、いいのか?もうすぐ住むのにも困るんだろう?条件が悪いってんなら、仕方ないけど…。」


 そのあとしばらく話をして、電話を切った。K氏は再び本を読み始めた。



 K氏にはやる気がない。先ほど悩んでいたのも、本気ではなかった。ただ、何となく、これじゃまずいかな、ぐらいにしか思っていない。真剣みが足りないのだ。頭では、努力すればいい、努力しないといけない、と理解している。しかし、やる気がないので何もしない。本だけ読んで過ごしているのだ。



 寝て、本を読み、クッキーを食べ、ペットボトルの水を飲み、二週間過ごした。

 そして、食料が切れた。クッキーのひとかけらも残っていない。それでもK氏は何か行動しようとは思わなかった。実はいざというときのために、千円だけとってあった。それを使う気にもなれなかった。金がなくても、ごみ箱をあされば、案外食料は見つかったかもしれない。それでも行動しようとはしなかった。水を飲み、寝て、本を読む毎日。


 三週間たった。一週間前の大家の集金は、一か月待ってもらうことで話を付けた。K氏の顔色は悪く、心配された。その心配を無下にして、何もしてもらわなかった。故に、彼は今餓死の危機にある。


 さすがのK氏も、つらくなってきていた。目の前に迫りつつある死の予感。なくなりつつある意識。死というものへの恐怖。彼はつらかった。


 しばらくしてK氏は死んだ。享年は23歳。死んだあとK氏の遺体がどう扱われたかは、気にするほどのことでもないだろう。

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