一怪、始まり。-4
夜7時を少し過ぎた頃。私は予定通り、河井荘の食堂に居た。要は顔合わせで、今居る面子とだけではあるが自己紹介をしておこうという事らしい。
「今日からお世話になります。北山鈴菜です!よろしくお願いします!」
緊張はしたが、噛まずに言えたので自分としては上出来だ。挨拶をするとぱらぱらとではあるが自己紹介が返ってくる。
物腰柔らかそうな少年は興野くん。ぶっきらぼうだが「困ったことがありゃ聞けよ」と言ってくれた銀髪のお兄さんは道野さん。「一人でなんて偉いわね」と褒めてくれたお姉さんは逢沢さん。そんな様子をきゅうり齧りながら眺めているのは河原くんで、そんな彼の隣で普通におかずの焼き魚の骨を外しているのは木積さん。今日は仕事でまだ帰っていないが百目鬼さんという人も居るらしいし、まだいろんな人が住んでいるらしく、そのうち覚えればいいよと管理人、まっちゃんには言われた。
夕食はまっちゃんの計らいにより、今日から同じ部屋で過ごすわけだし、と木積さんと食べる事になった。しかし、彼女は魚の骨取りに集中しているようで、話しかけにくい。むしろこちらから話すのは今ではない気がする。いやいや、でも話しかけないと何もないまま終わるのではこれ。部屋で二人になったあと気まずい雰囲気と過ごすか、今話しかけるか、そういう事だよねこれ。
「木積さんって……」
「彼方」
「え?」
「彼方でいいよ。苗字で呼ばれるの慣れないし、俺もお鈴って呼ぶから」
初っ端からわりと距離が近い提案をされてしまった。
でも、確かに苗字呼びだとよそよそしい……?のか?
「じゃ、じゃあ彼方って呼ぶね?」
そう言えば彼女はふふっと吹き出したかと思うと
「なんで疑問形なんだよ」
と楽しげに笑うのだった。
それから私達は魚の骨と格闘しつつ、その合間合間にほんの少しずつ話をする時間を過ごした。京都から来たとか、兄弟が4人いることとか。ちなみに彼方と河原くんは幼馴染みらしい。
「お鈴はなんでこんなとこに来たんだ?」
魚の身を解しながら聞いてくる彼方に私は言葉を選ぶ。
「んーとね、私の家って代々続いてる陰陽師の家系で……ざっと言うとおじいちゃんに修行して来いって言われたの」
「ふうん。でもまたなんでこんなとこに?京都ならもっと適した土地があるだろ?」
「ここには、おじいちゃんが修行時代にお世話になった人が居るらしくて、その人に手伝ってもらえって言われたんだけどねー」
今日は居ないみたいと付け足すと彼女は「へぇ」と聞いているのかいないのか曖昧な相槌を打ちながらほぐし身を米の上に贅沢に盛り付けていた。
「お鈴さあ、そのじーさんの世話になった人の名前とかさ、特徴とか聞いてこなかったわけ?」
魚の身を盛り付けたご飯にこれまた贅沢に醤油をかけながら言う彼女の一言に私の箸は止まった。
そういえば、聞いてない。
「おじいちゃん……全く教えてくれなかった……」
とんでもない失念である。そうだ、おじいちゃんは「そこに恩人がいる」とは言っていたし「手伝ってもらいなさい」とも言っていたが、それが誰なのかは教えてはくれなかった。もしかしたら、自分で探しなさいと言うことなのかもしれないが、それにしてもヒントもないこの状態で、どう探せというのだ。
そんな私の表情を見ていた彼方はぽりぽりと頭を掻く。左サイドでまとめられた赤いヘアゴムに付けられた大きな鈴が大きさにそぐわない高い音でちりりと鳴った。
「まったく……孫に誰の世話になるかも教えてないのか……」
「いや……聞かなかった私も私だから……なんとも……あ、まだおじいちゃんはボケてはないです……はい」
「いや、ボケてるかどうかは聞いてないけども」
そう言いつつもいささか心配になってきた。後でおじいちゃんに電話しよう。
次の更新は上手く行けば月曜日です