一怪。始まり−2
河井荘、おじいちゃんからぼんやりと話だけは小さな頃から聞いていた。なんでも、おじいちゃんの修行時代の恩人、所謂修行に付き合ってくれた人が住んでいるのだという。幼心に「へぇー、おじいちゃんのししょーさんかぁー、どんな人なんだろー」とぼんやりと思っていた覚えはある。まぁ、それだけと言えばそれだけだし、おじいちゃんはあまり修行時代の話はしてくれなかった。ただ、大きくてしわくちゃでゴツゴツした手で私の頭を撫でながら「いつかお前も世話になるさ」と言われたのは覚えている。
話が脱線してしまった。改めて今の現状を話すとしよう。
私、北山鈴菜は修行の為に新居たる“河井荘”に向かっている。
否、向かっていた。
つまり、着いた。
「でぇ……なんだこれ……」
予想を大きく裏切られた。
そこに建っていたのは今にも倒れて潰れてしまうんじゃないかと心配になる、色褪せてボロボロの、壁がトタンで保全してあるような、安い造りの、言い方を変えれば非常に趣のある二階建てのアパート……などではなく、どう見てもただの寝殿造り。門をくぐるとそこには豪邸、というレベルだ。掃除も行き届いているようだし、ご丁寧に庭には池もある。多分あれは錦鯉が泳いでるタイプのやつだ。呆気に取られたって仕方が無いレベルの造りだ。不思議と妖気が濃いのはここの特徴なんだとおじいちゃんが言っていた。しかし、この妖気は不快なものではなく、むしろ「これがここの普通なんだな」と感じるようなそんな妖気だった。
「っーと、ぼんやりしてる場合じゃない。インターホンインターホン……」
管理人には今日昼過ぎに着くと連絡してあるとお母さんが言ってたし、着いたらインターホン鳴らしてくれればわかるとも言っていた。本当なら私が連絡くらい取りたかったのだが話が決まってからというもの、あれよあれよと言う間に全ての段取りが終わってしまったのだ。
幸いにもインターホンは普通に玄関についていた。
よく見かけるタイプの四角い箱についているボタンをぽちり、と押せば高らかに何故かコンビニ店の入口の音が流れる。一瞬普通に納得しかけた自分がいるのが悔しい。
コンビニ入店音から1分も経たない頃、「ハイハーイ」と爽やかな声と共に紫の髪で目を隠し、ジャージ姿にエプロンのどこから突っ込んだらいいのかわからない少年が姿を現した。第一印象でインパクトを与えるという意味ではいいと思う。うん。
「キミは今日からここに住む、北山鈴菜ちゃん、だね?」
「え、あ、そうです」
驚きの連続により反応が遅れてしまったが、何とか返事を返す。
「ボクはここの管理人、気軽にまっちゃんって呼んでね」
「ネ☆」と首を傾げると、髪の毛がさらり、と動き、アメジストの目が一瞬だけ、見えた。
とんでもねぇ美形だわ。この人。
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼は「まずは部屋に案内するからついておいで」と歩き始めてしまう。私は慌てて靴を脱ぎ、「お邪魔します」と言おうとした口元におたまが向けられる。間合いの詰め方がプロのそれだ。
「今日からここはキミの家なんだから、お邪魔しますじゃなくて?」
「た、ただいま?」
疑問形になってしまったが、そう返すと彼はにこりと笑い「おかえり」とおたまをエプロンのポケットにさした。