一通目。
拝啓、藤壺さん
突然のお手紙、びっくりされたかと思います。そして「藤壺」と言われても意味がわかりませんよね。
此処ではあなたのことを「藤壺」と呼ぶことにしました。私にとってあなたはきっとどうやっても手に入らない方ですから。
私達が最後に会ってからどのくらい経ちましたでしょうか。あれは去年の年末のある寒い日だったことだけが記憶に残っています。
今にして思えば、あの日、やはりあなたに会うべきではなかった。私は私の直観を信じるべきだった。あなたは想像した通り怖ろしい方でした。
私はあなたのお誘いをどうしても断れなかった。あなたのお誘いの文面は控えめなのに言葉の端々から私への想いが滲みでているようで拒否しきれなかったのです。
私はある程度あなたのことを知っているつもりでした。しかし約束はしたものの会う前から後悔が始まっていました。たぶん私がこれまで会ったことのないような種類の人間が来るのだろう。しかも美しく頭も良く快楽を愉しめる人だ。手に負えるような人じゃない。一体どんなことを話せばいいのか、どんな顔をして会話をすればよいのだろう。
ただ実際にお会いし話し始めると意外なことに会話が自然に進みました。あなたにも会話に詰まっているような仕草があり、また時折大きく口を開けて笑う仕草は私を安堵させました。そんなに他の人と変わらないじゃないか、屈託のない一面がある知り合いによくいるようなタイプだ、と。あまりにも巧みすぎてあなたに誘導されていることに私は全く気づいていなかったのです。
するとあなたは私の手を握りました。
突然のことに私の感覚は麻痺してしまいました。頭の中の思考だけが目まぐるしくこだましていました。言葉にならないこだまは、ただあなたの手を握り返すべきかどうかを繰り返してました。あなたの私に触れる手、あなたの指だけが私の肉体がまだ此処にいることを証明してくれていました。
あなたはきっと私の感じていることが手に取るように感じていたのでしょう。そして私が自分自身の思考に潰されそうになった刹那、私の胸にもたれ掛かりました。私はもうあなたに抗うことは出来ませんでした。野暮な言い方ですが骨抜きにされてしまったのです。私は私という形を保てずあなたが私に流れ込んでくるままにしていました。
そしてあなたは私をホテルへと誘ったのでした。断られる可能性など全く感じないままに。
それからのこと、私の文才と語彙力でどのくらい言い表すことができるのか不安です。
また書きます。