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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
真なる魔法
92/100

愚か者

 結局はニヒルからムトの居場所を聞き出した僕は今までのやり取りや時間の浪費が、あたかもすべて無意味であったかのように錯覚させられた。むしろ、それは錯覚などではなく本当に無駄だったのかもしれない。

 だがしかし、今はそんなことどうでもいい。


「それで逃げたつもりだったのか?」


 当たり前であるかのように地べたにいた彼女に、僕はまるで彼女と敵対する追手かのごとく話しかけた。彼女は当たり前だが、僕を見て少しだけバツが悪そうに眼をそらした。

 先ほど僕の親友に対してあれだけのことを言ってくれたんだ……少しぐらい反省していてもらえてよかった。なんて、そんな小さいことを考えながらもう一度彼女に声をかける。

「まさか、休憩室に逃げ込んでいたなんてな」

 ため息交じりな僕の声を聴いて、彼女はようやく口を開いた。

「どうしてここがわかったの?」

「ニヒルに聞いた。何かから逃げる時はいつもここにいるって」

 僕の返答に、今度は彼女が大きくため息を吐いた。そして静かな場所でしか聞き取れないほど小さな声で、「あの馬鹿……」とつぶやくのが僕の耳に聞こえると同時に立ち上がった。彼女の手にはコーヒーの缶が握られていて、それをゴミ箱へと捨てるために立ち上がったようだ。

 彼女はスチール缶であろうそれを握りつぶすと、ゴミ箱へと投げ入れた。普通であればそうそう簡単につぶれるはずもないスチール缶がいとも簡単につぶされたのを見て、僕は彼女に若干の恐怖を覚えながらもあくまで強気に話しかけた。

「どうして逃げた?」

 彼女は苛立っているようで、僕の声など全く聞こえていないように何も答えないまま何かぶつぶつとつぶやいている。

 先ほど話していた時よりも彼女からは幾分か根暗な印象が感じられる。

「わかってるわよ……ごめんなさい」

 僕が思っていたよりもはるかに素直な彼女は、顔をしたに下げたまま頭を下げた。

 確かに人のことを悪く言うことはあまりいいこととは言えないだろうが、すべからく良いことを口にするべきだとも言い切れない。そして、他人がそれに対してとやかく言うべきではないのであろうが、友人を悪く言われたことに対して、僕も黙ってはいられない。

 しかし彼女にも何らかの理由があったということは今現在の状況から、僕でなかろうとも汲み取ることは出来るだろう。それがどのようなことであっても考慮するべきだ。


「理由は話してくれるのか?」


 よくよく考えればだが、いくら友人を貶されたとはいえ、他人の心情に深くかかわりかねないことをやすやすと聞くべきではなかったかもしれないと口に出した後で気が付いた。

 それに、今思えば彼女が言ったあの堺に対する侮蔑の言葉は、言い方こそ悪かったがそのほとんどが彼の状況に当てはまることである。――とはいえ、自分をお人よしと思っているみたいでなんとなく自身のおこがましさを感じるが、それはさておき、堺がおせっかいで馬鹿みたいにお人よしであることは確かだろう。

 ムトは僕の質問に沈黙で返したが、それ自体が堺のことを悪く思っていないという証拠なのかもしれない。僕は安堵したというほど大げさでもないが、とにかく小さく息を吐いた。だが別に呆れたというわけではない。反対に少しだけうれしさにも似た生暖かいものが胸の奥に広がっていく感覚に少しだけ酔っただけだ。

 彼女が沈黙を続けている以上、僕までもが黙って返答を待っているというのも時間がもったいない。僕はおもむろに自動販売機に向かう。

 彼女は僕の行動に目を丸くしているようだが、そんなことは関係ない。彼女だけが喉を潤わせた状態で話し合うのは不公平というやつだろう。僕は先ほどニヒルのお茶を飲んではいたものの、あまりにも緊張状態が続いたものでとても喉が渇いている。


「あっ……」


 僕が自動販売機に千円札を入れようとした時、彼女は何かを言おうとした気がしたが、それを聞くよりも早く千円札は吸い込まれていく。

 何とも不可解だが、ランプは一つたりとも点灯しない。以前堺に自動販売機の使い方を教えてもらったから、間違っているとは思えないが、あまり何度も使用するものでもなかったので、絶対に使い方があっているともいえない。

 僕は困りながら僕の横で呆然として直立不動な彼女の目を見た。

 彼女は苦笑いでいそいそと目をそらし、さもどうでもいいことのように投げやりに言った。

「その自動販売機壊れてるから」

「先に言ってくれ!」

 思わず彼女を怒鳴りつけてしまう。誰かに注意されるわけでもなく、自分でも自分が悪いとはわかっているからこそ、すぐに申し訳なさがこみ上げてくる。彼女は僕が自動販売機を使う前に何かを言おうとしていたことは明白だったからだ。

 彼女は何も悪くない。それどころか、良い人という印象が強くなる。頭の良い人で、要領の良い人で都合の良い人で、いわゆる優しい人だ。


「私が言ってあげる必要も義務もないでしょ!!」


 現に、彼女は他人である僕に罪悪感を与えないように自分を下げている。それは普通以下の精神しか持たない人間にはできないことだ。

「そうだな……すまなかった」

「悪いのは私なのにどうして謝るのよ?」

 その質問の答えは簡単だ。神の視点から見るに悪いのは明らかに僕であるからだ。

 彼女はあくまで人間的な反応速度で僕に注意を促そうとしただけで、そのことに対してお前の注意が遅かったからなどと責めるほど僕は間抜けではないつもりだ。だが、一瞬とはいえ彼女が見せたミスに気が付かなかったというのは事実である。

 このような間抜けな僕は、彼女にお願いごとなどをすることが許されるのであろうか――答えはノーだ。すべてを計画してくれたニヒルには悪いが、優しすぎるムトという女性に僕のような愚鈍な男が教えを請うなどお門違いだろう。

 僕はすぐに部屋から出ていこうと歩き始めた。


「ちょっと! 飲み込まれたお金はどうするのよ!?」


 ムトが発した言葉に、僕はまるで忘れていたことを思い出したかのような衝撃が走り、足がとまってしまう。

「……お金はもういい。それより、用事は済んだしもう帰るよ。君のことも嫌いにならなくて済みそうだし」

 出来るだけゆっくり、落ち着いたつもりで話したつもりだが、動揺のあまり声が裏返っていたかもしれない。その証拠にムトは今にも笑い出しそうなのを抑えているのか、肩が震えている。

 僕は彼女が噴出さないうちに部屋を出ることにし、歩みを再開した。あと数センチ歩けばドアノブまで手が届くであろうところまで僕は歩くことができたが、その数センチのために足を踏み出そうとしたところで再び足を止めることとなった。

 いつもよりも緊張した僕の頭がようやっと、自身の肩に手が置かれたことに気が付いたからだ。いつから置かれていたのかは知らないが、その手の指先に込められた力が僕の無意識を上回ったことにより緊張緩和が起こったからだろう。


「痛い、離せ」


 実際は大して痛くもなかったが、そう言ったら簡単に離してくれるかと思った。僕は他人のことなど大して気にもしていなかったのかもしれない。

「ごめんなさい……」

 ムトの手はすぐさま僕を放した。僕は解放された肩から力を抜くと、再び申し訳なさそうにしている彼女をおちょくるようにつぶやいた。

「そんな貧弱な力で掴まれても、まるで痛くないけどな」

「いえ、そのことではないわ……もう笑わないから話だけ聞いてほしいの」

 思ったよりも彼女が真剣だったから、僕はそれ以上ふざけることも誤魔化すことも出来なかった。そんなことをしてしまえば、今度も彼女が自分を卑下させるような振る舞いをするかもしれないからだ。

「なんだ?」

 彼女は自分から言い出したにも関わらず、どうにも言い淀んでいるようで何度かこちらに視線を送ってはそらして、困ったような顔をする。そんな中、僕から問いただすのも女々しいような気がして、結局、お互いに無言のまま数十秒間沈黙が続いた。

 先ほど僕に辛酸をなめさせた自動販売機の音だけがむなしく響き渡る中、ようやく、彼女は決意を下したようだ。彼女はかたくなに閉じられた開かずの口を開いた。


「あなた私の弟子にならない?」


 今度は僕の口が開いたまま閉じることが出来ない壊れたドアのようになってしまった。もちろんただの比喩で顎が外れたとかそういうことでもなく、例に出したドアのように大きく開いているというわけでもない。ただ単に少しだけ頭が回らなかっただけだ。

 しかし、突拍子もなくそんな提案をし始めたわけではないだろう。おそらく、彼女はニヒルが頼もうとしていたことを何らかの手段を使用して知っていたのだ。もしくは、もともとニヒルとムトの二人で考えた作戦だったのだ。そうでなければ、突然僕を弟子にとりたいと思う理由も発想も生まれないだろう。

 世界とはそれほどまでに都合よくは出来ていない。それがたった十数年生きてきた僕の持論の一つだ。

 僕はおそらく、彼女に気を遣わせてしまったのだろう。そんな考えが表情に出ていたのだろう、彼女はあわてて言い訳する。

「いや、たまたまあの子の話を聞いただけよ。ちょうど部屋に戻ろうとした時! ほんとたまたま」

 それでも納得のいかない僕は、彼女に聞き返す。

「ニヒルに借りがあるからか?」

「確かにあの子には借りても返せないほどの借りがあるわ……だけど、あなたからお願いされても断ったでしょうね」

 彼女は僕の言葉を切り捨てるように吐き捨てた。

 だったらどうして、彼女は僕に教えを説くというのだろう。意味が分からない、いったいなんだというのだ。僕をこれ以上おいつめないでくれ。僕は魔法を使えない……。

 頭に浮かんだ言葉を打ち消すように、僕はやけくそに言う。

「ならどうして!?」

「どうしてかな……? あなたは自分が魔法を使えないと思う?」

 誤魔化して、僕の核心に迫る彼女に僕は投げやりに言葉を返す。

「ああ、今のところ使えたためしがない。たぶんこれからも使えることもないとすら思っている」

「だからこそね私はあなたに魔法を教える。魔法が不自由なものじゃないって思い知らせてあげるためにね」

 彼女は卑屈な僕を嘲る。余裕のない僕は、その言葉が彼女自身を下げるために発せられた言葉だということにこのときは気が付かなかった。

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