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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
目覚め
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一日の始まり

「朝か……」

 なんだか変な夢を見ていた気がするが、目を覚ますと全て忘れてしまったようだ。

「夢とは虚ろでうつつ。夢だからといって忘れてしまうとは情けないな」

 目覚めは悪くもなかったが、あるひとりの悪魔のせいで全てが台無しになるような気がした。

「うるさい……久しぶりにゆっくり眠れたのに」

 僕はまだ完全に覚めきっていない目を手で強くこすりつけて、ベットから立ち上がる。

 昨晩のことを思い出すだけでも気が滅入る。寝起きの寝ぼけた頭ぐらいはゆっくりとさせてもらいたいものだが、そうもいかないのだろう。

 自分の中の悪魔に対して返事をするわけでもなく、僕は部屋を後にした。


「イグニスさんおきてらっしゃたんですか? 昨日の今日ですからまだ寝てるかと思って、丁度起こしに行こうと思っていたんですが……」

 廊下に出ると僕の部屋を訪れようとしていたニヒルが目の前にいた。彼女は何やら急ぎの様子で、いつも着用している服ではなく仕事用の服を着ているようだ。ピシッと決まったスーツは、彼女の性格からはかけ離れていて僕は若干困惑はしたが、スーツはこの国で仕事をする上での正装だと聞いていたのであまり触れないようにする。

 しかし、ニヒルが僕の部屋を訪れたのはここに住み着いて初めてかもしれない。それほどまでに急ぎの用があったのだろうか?

「どうかしたの?」

 若干の緊張感をいだきながら、僕はニヒルに尋ねた。

「いえ……どうもしないです。なんというか、ちょっと気晴らしに本社の方に来ていただけないかな、と思いまして」

 どうやら彼女は僕に気を使っているようだ。

 確かに今のように心理状況で魔物を倒しに行くこと自体が自殺行為にほかならないだろうが、それは僕自身が一番良くわかっていることで、今日は外に出るつもりはなかったわけだ。

 だが折角ニヒルが誘ってくれたわけだし、断るわけにもいかないだろう。僕は二つ返事で彼女に返答した。彼女は僕の返事を喜んでいつもよりもニコニコと笑って去っていこうとする。

 しかし、彼女は階段を降りるぐらいでなにかを思い出したのか、こちらを振り返った。

「そうだ、ごはんの準備出来てるんではやめに降りて来てくださいね」


 僕は彼女を見送ってすぐに自身がまだ寝間着だということに気がついた。

 こんな格好では流石に出かけられない。いつもの服に着替えなければいけないな。

「お前はいつもそんな服だろう?」

 悪魔は僕の服のセンスを茶化すかのように笑い飛ばした。

「なんだ? 寝てたんじゃなかったのか?」

 ドアを開けながら僕は悪魔に対して意趣返しする。しかし、悪魔には全く通用していないようだ。

「今の今まで寝てたんだ。ちょっとぐらいお前の手伝いをしてやろうかとおもってな」

「だったら教えてくれ……イグニスとは一体なんなんだ? 悪魔じゃないのか?」

「だから言っただろう? 悪魔は最初から悪魔だったわけじゃないって」

――この悪魔は突然何を言い出すのだろうか、若干意味不明である。


「そんな話聞いた覚えないぞ……?」なんてことを僕が口にしたところで、悪魔は僕とは対象的になにかを納得したような口ぶりで言う。

「そうか、お前には言ってなかったな……まあどうでもいい話だ。お前が気にするような話じゃない」

 昨晩とはどうも様子が違う悪魔に僕は首をかしげるが、悪魔というものがすぐに気が変わる生き物だと言うことはよく知っていたため、これ以上そのことについて追求する必要も感じない。

 それどころか、実際のところは悪魔の短気さを知っているからこそ追求する勇気がなかったというわけだ。


「情けない……」


 またもや僕の心を読んだようで悪魔は馬鹿にしたようにつぶやいた。

「人の心を読まないでくれるかな?」

「それも教えただろう……いやこれもちがうのか?」

 悪魔の姿が見えるわけではないが、がっくりと肩を落とす悪魔の姿が脳裏に浮かんだ。失望というわけではないが、彼はどうやら何か気疲れしているように思える。

「まあお前が僕になにかを教えてくれることがないということを分からせてくれただけ感謝するべきだろうな。それで、じゃあ一体何を手伝ってくれると言うんだ?」

「まあ時折助言ぐらいしてやるよ」

 今の今まで助言というものをしてくれたことがないに等しい悪魔からの提案に、僕は若干の不安を覚えつつも生返事で返した。

「そうか」

 これ以上なにを聞いたところで時間の無駄だろうし、僕は早々に準備を整えて洗面所に向かうことにした。


『よう、今起きたんか?』

 洗面所に入ると、そんな呑気で僕を安心させてくれる声が聞こえた気がする。とっさに後ろを振り向くがもちろん誰も居ない。

 幻聴が聞こえたことによる動揺と汗を早く流したくなり、蛇口をひねった。

 いつもと変わらずに流れる水道水が僕の心を落ち着かせる。一定のリズムで排水管に流れていく水の音がいい、まるで緊張感を取り去ってくれる音楽にすら聞こえる。だが、それこそ僕の中に生まれた動揺に過ぎないということは僕が一番理解はしているつもりだったが、もしかすると悪魔のほうが僕よりも僕のことを知っていたのかもしれない。

「あの近畿方便を使う男のことはそう深く考える必要は無いと思うがな……ベリアルとやらがどうしようが悪魔と宿主では絶対的な主従関係がある。あの男の精神が死んでさえなければ取り戻すことはたやすい」

 悪魔らしからぬ慰めの言葉を僕にかける。

 それは悪魔にとって、かなり屈辱的な言動にほかならないだろうに、僕を気遣ってそんな希望的観測を語ってほしくなかったというのは僕のわがままかも知れない。

 いっそのこと僕を謀ってほしかったというのは、僕の心が弱いせいかもしれない。

――だから、僕は何も守れないのだろう。僕の心には他人はおろか、自分に対する優しさすら欠けていて、ただ自己満足の為に世界を救う役目を全うし、その続きを放棄した。

「なあ、よみがえりの一族ってなんなんだ?」

「ただの伝説によって人生を左右されたおろかな一族さ」

 悪魔は冷徹に言い放つ。

「それはどういう――」

「――そんなことより、資源は大切に使わなければいけないだろう?」

 僕の言葉を遮るように悪魔は水が出しっぱなしであることをそれとなく僕に伝えた。きっと、これ以上話すことはないということなのだろう。僕は仕方なく口をつぐんで、洗面所を後にした。

 悪魔はこの日それ以上何も話しかけてくることはなかった。

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