剣
悪魔はとんでもないことを言い切ったかと思うとようやく黙り込んだ。話し好きとはいえ、いくらなんでも話し過ぎだろう。それだけ聞いたのであれば、僕がベルゼブブを殺してしまうことをためらってしまうような話である。
僕が未来に来た理由がその良いことをしようとした悪魔を殺すということであるのなら、おしゃべり好きの悪魔を含めて、親友と幼馴染のことも嫌いになってしまうことだろう。それがいかに人助けになると言えど、何も知らない仲間にそんなことをする人間を僕は信用出来ない。
そのことは、堺にもわかっていたのだろう、悪魔が話し終わってからもずっと気まずい顔をしている。
「まあ、なんや……ちょっとでも人間を救おうとしていたってことを話せばお前は引くやろうと思って話さんつもりやったんや。やけどな、ベルゼブブもサタンも大量殺人鬼でしか無い。殺人鬼で独裁者や、自分たちに従わん人間は全員殺したからな」
まあ堺の言葉を聞かずともなんとなく気がついていたことではあるが、いくらなんでも極端すぎる気がする。自分たちの思い通りにならなければ殺すなんてことは、それこそ悪魔的発想と言えるだろう。僕は少しだけ気分が悪くなるのを感じて黙り込んだ。
黙り込んでいるのは僕だけではなく、ルナもそうだ。悪魔の話が始まってから一度たりとも言葉を発していないのは、僕に対する罪悪感からなのだろうか、それとも別の理由か……。
とにかく、立ち尽くす彼女の表情からはどちらとも読み取れない。反対に堺はわかりやすく冷や汗をかきながら苦笑いを見せている。
「まあ、僕は別に気にしてない。悪魔を殺すのは騎士の努めだし、理由なしでは無理だけど理由があるのなら命をかけるのだって吝かではない」
それよりも、逆にどうしてそんなことを悪魔が僕に話したのかが気になる。いくらなんでも喋りたかっただけというのは形式的な理由だろう。本当の理由は別にあるのだろうが、それが一向に見えてこない。
「そんなこともわからないからお前は低能なんだ。そんなことより、ようやく終わりが見えてきたんださっさと終わらせようぜ」
悪魔は僕の頭の中にある言葉を読み取ったかのように、話をそらし、転送の話に話題を戻した。
「そうですよ、ベルゼブブさえ倒せばサタンを倒すのはそれほど難しくありません。だからこそ、ベルゼブブが油断している今倒さなくてはいけません。幸いとはいうべきではないのでしょうが、エンジニアの方が情報を渡す前に死んでくれたので、今ならベルゼブブを倒すことも容易でしょう」
「どうしてだ?」
普通に考えて悪魔は油断していようと悪魔だ。そうやすやすと倒せる相手でないことは僕が一番良く知っているはずだろう。
僕はそんなことを思いながら聞き返した。――その答えは以外にもシンプルだ。
「転移して背後から斬る。それだけでどのような敵も一撃です」
ルナの口から出た作戦はとても簡単な物だ。簡単だからこそ僕の脳裏には様々な不安がよぎる。
独裁を繰り広げようとするものが油断などするはずがない。絶対に一秒たりとも油断しないなんてことは出来ないだろうが、突然の襲撃に備えるぐらいのことは誰にだって出来るだろう。悪魔ともあろうものがそこを怠るとは到底思えない。
僕は一歩踏見出し、堺に耳打ちする。
「いや、流石に無理があるだろう……」
「心配しなくても大丈夫だよ。お前もあいつを見ればそれが分かる。あいつは本当の意味で悪魔になってしまったんだから……」
堺は僕の言葉を簡単に否定すると、いつにもなく悲観したような表情をとる。それは行動は彼の言葉を信頼することが出来ないほど、なにかを諦めたようなものだ。
だからこそ、彼の口から出た言葉は信頼に欠けているが、なぜだか信用することは出来た。逆に、ルナの方は作戦がうまくいくことを知っていると言わんばかりに自身のある表情で信用出来ない。
僕はどちらのことを信じるべきかわからなかった。
「どっちも信じなくてい。俺のことも信じるな……人間が唯一信じても良いのは自分自身でも他人でもない、直感だけだ」
僕の中の悪魔は、思い悩む僕にそう投げかけた。言った言葉の内容はよくわからなかったが、おそらく自分で決めろと言いたいのだろう。
敵対する悪魔のせいで悩み、味方の悪魔の言葉で僕の中の悩みは解消された。
どのみちなるようにしかならないし、失敗を恐れるだけではどうすることも出来ないなんてことはわかっている。後は決意を固めるだけで全てが解決する状況で、悪魔は僕にピッタリな言葉を投げかけてくれる。僕はそんな悪魔の配慮により決意を固めることが出来た。
「どのみち、他に手なんて無いんだろう? だったらさっさと行って終わらせよう」
僕はできるだけ禍根が残らないようにそう言った。
「分かりました。でしたらすぐにでも魔法を発動させたいのですが、その前に作戦をお伝えしておきましょう……」
そう言うとルナは小さく息を吸う。僕に作戦を伝えるのをためらっているのか、それともただ単に緊張しているのか一瞬だけ言葉をつまらせたように見えた。――そして、すぐに作戦を話し始める。
「作戦……と言うにはあまりにも稚拙なものです。その作戦というのが転移魔法を使ってベルゼブブの背後に転移、その後こちらの剣でベルゼブブを切っていただくというものです」
彼女が僕に向かって差し出したその剣は、まごうことなき僕の剣だ。どこか古びているため、絶対的な確信が持てるかと言うと持てないが、その刀身がない剣はかつて僕が買った剣に間違いないはずだ。そう思い、僕は彼女の手からその剣を引き取った。
しかし、その剣は前に持っていた時に比べかなり軽くなっており、予想外の重さのものを受け取ったが為に僕は体のバランスが崩れ後ろに倒れ込んだ。
「何やっとんねん……」
頭を強く地面に打ち付けて朦朧とする僕の頭に、堺の呆れ返るような声が響き渡った。




