警鐘
あれから何時間かを経て、ようやくサンクチュアリへと帰ることが出来た。もちろん敵対していたはずのサルガタナスも引き連れて、街の何処ともしれぬ場所へと追いやられつつも、僕はどうしてこのような状況に陥ってしまったのかを真剣に考えたが、その答えは出るはずもなかった。
「これ以上、予備知識のない僕がどんなことを考えようときっとお前たちの話にはついていけそうもない」
堺によって隠れ家と呼ばれたその廃屋に設置されたベンチと言うなの粗大ごみに腰を据えるとともに、僕は3人にそう告げる。
「それもそうやな、でもだからと言ってお前に一から全まで教えてる時間はない。――なんてったって、早くしないと世界が終わってしまうからな……一応相手は悪魔でも上位に位置する悪魔やし、それはわかってくれるよな?」
慌てる様子もなく、堺はくたびれたベットに腰を掛けて冷静にそう僕を諭した。
「は? どうして、ベルゼブブとやらを暗殺する話から世界の命運がかかっているような話になるんだ?」
そもそも、僕はサルガタナスを対処するために外に出たわけで、ベルゼブブとやらの情報は殆ど無い。そんな状況下でなんの説明もないとなると相当厳しいわけだが……。
「そんなことはどうでもいいです。堺さんもアモンさんも私を敵とするのかどうか、ここではっきりしてほしいです!」
しびれを切らしたのか、道中全く無言だったサルガタナスがそう怒鳴りつける。二人を警戒してのことか、ドアの前から一向に動こうとはしない。
その態度に僕は憤りを覚えた。
「何が言いたいのかわからないけど、崩壊した世界が終末を迎えようとしているんだろう!? だったら尚の事僕たちは協力しあうべきだ。堺は納得しているはずだし、アモン? っていうのか……とにかく、その悪魔の飼い主は僕だ。だったら、こいつが何を言おうが僕が協力するといっているのならそれでいいだろ!」
「いいえ、良くないです……信頼という言葉を知らない悪魔だからこそ、口先だけの信頼は重要なんです。それすら、口にすることが出来ないというのであれば、アスタロト陣営はお二人、いえ、御三方を抜いてやらしてもらいます」
そういい切る彼女は、どうしてだか人間味あふれているようにも感じられたが、彼女はあくまであるはずだ。
「じゃあ、悪魔にとって徒党を組む理由は利用価値だけだとでも言うのか?」
もしそうだとするのであれば、人間と悪魔は最初から相容れないというわけだが……。
「そんなん私が知るはずないでしょ? 私は人間なんですから」
彼女は大声でそういい切る。その間にも微動だにすることはなかったが、顔だけはこっちを向けて思いっきり睨んでいる。
まさか、彼女がサルガタナスの宿主だなんて一ミリたりとも思ってなかったわけだし、そこまで怒らなくてもいいと思うが……。
「……お前、サルガタナスの人間の方だったのか」
「最初から悪魔やって名乗った覚えはありませんけど?」
確かに……僕の早とちりだった。
「そうか……それは失礼なことなのか? いや、失礼なことなんだろうな。とにかく非礼を詫びるとしよう」
僕はゆっくりと頭を下げた。
それと同時に彼女は激しい音を立てながら、ドアの近くから僕の方へとよってくる。
「そんなことで頭なんて下げなくていいです。それよりももっと他のことで、あなたは私に頭を下げる必要があるんじゃないですか?」
と言われても、僕は今までの記憶が無いわけで彼女に対して何を詫びるべきなのか分からない。だが、それを口にすると更に彼女の怒りをかうような気がしてならない。
僕は助け舟を求めるため、視線だけ堺の方に向ける。だが、彼は僕と目を合わせようとはしない。
(おい、悪魔。ずっと俺と一緒にいたお前なら分かるだろう?)
本当は助けを求めたくはないが、最終手段として頭の中で悪魔に問いかける。
(まあここまで来たのなら、お前のために情報を提供せざる負えないというわけだが、多分お前後悔することになるが……それでも知りたいのか?)
やけに勿体つける悪魔だが、今知らずにいつ知るのか……。
(いいからさっさと教えてくれ)
(……あいつはお前が探していた女だ)
(……はい?)
(だから、あいつはルナ? だとかいう女だって)
いやいや、ちょっとまってくれ。――ルナって誰だ?
僕の思想を読んだのか、悪魔は大きくため息を吐いた。だが分からないものは分からない、その女も僕の記憶が無い3年間の中で出会った人物なのだろうか? それにしても、どこかで聞いたことがあるような懐かしい気分に包まれる。
だが、決してそのような女性にあった記憶はない。
ただ、悪魔の言う探していた女性という言葉には心当たりがあった。僕が今日思い出したかつての記憶の中に何者かは忘れたが、少女に合わなければならないと言うような感覚があったということだ。
もしそれが、僕の記憶の断片の一部だとするのであれば、僕はこの3年の記憶を思い出すことが出来るはずだ。
ふとそんな思考を張り巡らせていると、不思議と目から水が溢れ出してきた。それと同時に今まで感じたことのないような感情。『絶望』に近い何かが僕の中を蹂躙した。
「ふえっ、そこまで罪悪感にかられる必要はありませんよ。涙など流さないで下さい」
僕の涙を見た途端、彼女は先程までの冷淡な口調とは打って変わり、女性らしい感情豊かな口調で僕にそう易しい言葉を放つ。
何か言葉を返すべきだと言うことはわかったが、涙が溢れてくるばかりでうまく言葉がまとまらない。
「幼馴染との再開がそんなに嬉しいんやったら、なんで最初から素直に喜ばへんねん」
堺は僕と方を組んでそう嬉しそうに笑った。
だからだろうか、僕の中にある『罪悪感』が本当のことを言ってはいけないと警鐘を鳴らしている気がしてならなかった。




