失策
どうしてだか、そのベルゼブブとやらは嫌われているらしい。特にこの3人には……
だがその事情は僕にはあまりわからないし、たった一年足らずで人に嫌われるベルゼブブとやらについては今さっき初めてその名を耳にしたほど情報が内容から。
「そのベルゼブブとやらは何をやらかしたんだ?」
これだけは最初に聞いておくべきだろう、サルガタナスとやらについて聞くよりも、その原点となる情報を得られないことには判断のしようもない。そもそも、堺と僕の中の悪魔が寝返る理由も知りたいし……
しかし、彼女は僕の質問に答えてくれないというよりも、その答えを持ち合わせていないようだった。
「いやベルゼブブは何もしてないし、これから何か悪いことをしようとしているなんて話も聞いたことがありません」
ますます意味が分からない。
「何もしていないやつを殺そうとする理由が知りたいのだが?」
「理由と言われても……何もしていないからとしかいいようが無いです。強いて言うのであれば、悪魔としての役割を行っていないというべきでしょうかね?」
彼女は頬に手を当てながら、はたまた要領を得ないことを言っていた。そんな説明では残念ながら僕の脳には意味が性格に伝わる筈もない。
「は? 悪魔としての役割?」
さすがの僕も意味がわからすぎて、質問しようと思ったわけではなかったが、そのように口走ってしまっていた。
だけど、多分堺は僕が理解していないということをよく知っていたのだろう、すぐに僕に問いかける。
「悪魔っていうのがな、何のために存在してるか知ってるか?」
「なぜって……生きていることに意味などあるのか?」
「これはまた深い質問やな……やけど結論から言うと生きている意味はある。ていうかなかったらこんな質問せんやろ?」
「確かに……でも僕は僕が生きている意味すら分からないし、他人、それも悪魔のことなんて知ってるはずもないだろう?」
本当にわけが分からない、そんなことを聞かれても僕に分かるはずがない。今の僕には…………
「だからこそ聞いたんや、答えを知っとったら面白ないやろ?」
堺はそう言っていたずらっぽく笑った。だが都合よく面白い回答を僕が持ち合わせている筈もないし、何よりも真剣ムードなこの中で冗談を言うような鋼の精神は持ち合わせてはいない。
流れる冷たい汗を拭きながら、僕は思い切って自分の脳を這いずり回る言葉を呟く。
「罪……」
なんとなく頭に浮かんだ言葉ではあったが、どうしてだか僕は物凄い自身を持っていた。――本当になぜその言葉が頭に浮かんだのかは皆目見当もつかないが、口にしなければいけないような気がした。
「罪? それは七つの大罪のことか? 確かにベルゼブブは大罪の内の暴食に対応する悪魔やし、今のベルゼブブがそれを体現しているとはいえんやろうが、それは近くて遠いな……」
意味深につぶやいただけあって非常に恥ずかしくなり、僕は顔を手で覆った。
……じゃあどうして頭にそんな言葉が浮かんだのだろうか?
「じゃあ、なんだって言うんだ?」
僕がそう尋ねると、堺はサルガタナスと顔を合わせて頷いた。
「イグニスは悪魔とか悪霊とかがなんで生まれたかということをしらんねやろうな、じゃあそこから説明することになるわけやけど、非常に長くなるから全部話してる暇はない」
「じゃあどうするかということですが、話を端折って話すしか無いでしょうね……」
どうやら二人の意見は一致したようで、二人でウンウンと頷いている。
二人がそんな調子だったから、僕は流石に疎外感を感じてしまう……
「僕はほったらかしか……?」
別にそれは本心から出た言葉では無いが、なんというか一度言ってみたかった言葉だ。だけど、なぜか走らないがふたりとも静まり返ってしまった。サルガタナスの方は渋い顔をしており、堺はいつものようににやけているが、どこか苦々しくも見えた。
「――まあ、お話もええけど先に決めておかないとあかん事があるやろ?」
静まり返って話しづらい状況下においても、堺は冷静にそう切り出した。だがその答えは僕には見つからない。と言うかむしろ分かるわけが無いようにすら感じた。
だけど、彼女はその答えを知っているようだ。知っているからこそ言いづらいということなのだろうか、なんだか震えているようにさえ思えた。しかし、どうやらそれは僕の見間違いだったようで、彼女は引き締まった顔つきで堺に言葉を返した。
「私が的かどうか……ということでしょう? 何度も言ってますが、私はあなた達が裏切らんか見るためだけに、使い魔をつかせただけで、おふた方と敵対するつもりは一切ありませんて…………なによりも、アスタロト様のは以下である私があなた方と敵対してもなんの得もありませんし」
彼女の言葉はなんだが言い訳のようにも聞こえはするが、さっきまでの話を聞いただけの僕ですら彼女が僕達と敵対する必要性を一切感じなかった。むしろ勢力がサタンとベルゼブブの方に傾いている分、味方を増やすようにするべきだ。――だからこそ、逆に敵対して得するのはこちら側だということにも気がついてしまった。
「まあ、そりゃそうやろな……」
そういい切る堺は先程とは違い、随分とおとなしくなったようだ。だが、それとは反対にさっきまで静かだったもう一人の悪魔が騒ぎ立てる。
「ちょっと待て、俺はそいつのことを認めるつもりは無いぞ! そいつのせいで主が危険な目にあった上に、記憶を失う羽目になった。だったらそいつは敵だと言っても過言ではないだろう?」
いきり立つ悪魔は今にも僕の中から飛び出してくる勢いだ。といってももちろん飛び出すわけは無いのだが……なんというかちょっと胸が熱くなるのを感じていた。
「悪魔……僕のことを気遣ってくれるのは嬉しいが、たったそれだけの理由で彼女を敵と認定するほど感情的じゃなかっただろう? 本当の理由はなんだ?」
「本当の理由もくそもねぇ! 一応お前は俺の宿主なんだから、それを傷つけられて黙っているわけにはいかないということだ……何と言っても悪魔の契約では宿主を守らなければならないというルールがあるからな。まあつまり、悪意があろうがなかろうが、宿主に対して危険がある場合は敵として見るしか無い」
悪魔との間に熱い友情が芽生えていると勘違いした僕の思いを返してほしい……




