醜さ
「僕の予想ではサルガタナスとベリアルは仲間じゃない」
確信があったというわけではないが、ベリアルとサルガタナスが仲間であるということはほぼありえないことだろう。それは、ベリアルがここにいてサルガタナスがここにいないということからの予想と、僕の知る火山という男のやり方からはサルガタナスと協力体制にあった場合、こんな回りくどい手を使わないからだ。――そして何よりも堺のことを思い出した。
もしかすると、悪魔はこのことをひた隠しにしていたのかもしれないし、ここにベリアルが来ることを知っていて、余裕のない僕にベリアルを殺させることを目的としていたのかもしれないが、もはやどうでも良かった。
それよりも、今は目先の敵であるサルガタナスのことを知らなければならない。
「ネタバラしには早すぎるかも知れないが、俺も遊びに来たわけじゃないしな……」
そんな風に地べたに座り込んで、もったいぶっているベリアル。そんな態度にムカついた僕がいた。
「お前がどう思おうが、僕はお前に割いてやる時間はない。さっさと話さないなら俺は帰らせてもらう。」
どれだけ重要な目的であっても、今優先するべきなのは自分の命だ。僕がどれだけ仲間のことを重要と思っていて、かつて自分の命をかけてでも救いたいと思ったとしても、今は違う。
むしろ、この場面ではぐっとこらえ、未来にある救いを優先するべきだ。
だからこそ、話を聞いておくこと自体は重要だが、他の悪魔の標的になる危険を犯してまでするほど重要な話ではない。僕は急ぎ足で街の方角へとかけようとした。――が、その時背後から「まあ待て」という言葉が聞こえ立ち止まった。
「なんだ、話す気になったのか?」
僕は振り返りそう地べたに座り込んだ男に尋ねた。だがそれに言葉を返したのは地べたに座るベリアルではなく、僕に近い悪魔だ。
「おいおい、こんな人間社会に紛れ込むような悪魔もどきに話なんて聞いても仕方ないだろう、こんなやつはさっさと殺しちまうか、さもなくば遠くに離れて関わり合いにならないのが一番だと思うが?」
悪魔はきっとベリアルに聞こえるようにこんないやみったらしい大声で話したのだろうが、なぜこの悪魔がそこまでベリアルを嫌うのか理解できない。
人間と馴れ合う悪魔が嫌いなのだろうか? だがもしそうだとしても、もう少し付き合ってもらうしかない。
「まあ待ってくれ、お前にとってもサルガタナスの話を聞くのは悪いことではないだろう?」
「…………」
なんとも納得できないという風だったが、よくよく考えれば悪魔が悪魔を殺せないと言ったのはこいつだったはずだ。つまり、一番乗り気ではないのはこいつのはずだが、どういう心境の変化だろう?――なんて考えるだけ無駄だろう。
とにかく、異論も突っぱねたところで、話の続きといこう。
「で、話すのか話さないのかどっちだ?」
僕はもう一人の悪魔。地べたに座り込んだベリアルに対して問う。そいつは飄々としたようで、はたまた決心を固めたようにゆっくりと立ち上がった。
「サルガタナスなんかしらんし、俺は俺の意思でここにいるわけじゃない。むしろさっさと街に帰りたいと思っていたところにお前がやって来た。ただそれだけ。他に話せることなどない」
「じゃあ僕はお前に用はない。まあ、堺の体を返すつもりなら話は別だけどな……」
「俺は警察だ。お前に対し、不法滞在として逮捕する権利もとい、義務があるわけだ。つまり、わかるな?」
何もわかりたくない。だがそんなことを言ってられる立場でもない。それは僕だけの話でないし、僕の仲間に危険が及ぶとなればこいつがシリアルキラーであることをばらすことも出来ない。――みんなを道ずれにするわけにもいかないしな……。
「で、何が目的だ?」
「そっちの悪魔とは違い、さすが人間だ。交渉の余地があるとはなんて素晴らしい存在なんだ!!」
ベリアルは大げさに感動の意を表しているかのごとく、両手を広げ崇高なポージングを取っている。
「人間と交渉するなど、悪魔の風上にもおけん!! 悪魔と人間は契約によってのみつながりを持つことを赦されている! それに、そのふざけたポーズやはり殺すべきだ!」
突然の怒号に僕は柄にもなく、飛び上がった。声の大きさだけならまだしも、すぐそば――それも自信と重なった場所からの声となると話は別だ。
「おい、イグニス。もう少し声を下げてくれないか?」
僕は思わず両耳を塞ぎながらそう懇願した。もちろんそれは悪魔の耳には届かなかったが……。
「その名は今はお前のものだ!! 俺のことは悪魔と呼べ!!」
僕の願いは虚しくも砕け散り、先ほどよりも大きな怒号が辺りにこだました。さすがに、ここまで大きな音があれば、飢えた魔物達も血肉を探し、ここまでやってくるのも時間の問題だろう。
「落ち着け、悪魔」
「俺は至極落ち着いているが?」
僕の返事に答えたのは、ベリアルの方だった。
「お前じゃない!!」
ともかく、なんとかして僕の体を操りベリアルを殺そうとする悪魔を止めるのに必死になってしまい、随分と無駄な時間を費やしてしまった。
本当に魔物達が這いずりよってこないことが奇跡のように思えた。
……まあ、今魔物に出会わないのも奇跡みたいなものだし、さっさと街に戻ることが最善策であり、この悪魔の怒りをおさめるのにもちょうどいいだろう。
「まあ、俺にとって魔物など大した敵ではないが、人間と悪魔もどきに取っては脅威なのだろう? 俺も今だけは仕方なく、そこの悪魔もどきと協力することを許してやる! だから、早く街まで戻って、そこの悪魔もどきからサルガタナスの話を聞き出せ! いいな!!」
随分とお怒りのご様子。こいつがここまで怒っている姿など見たことがない。むしろいつも冷静沈着で喋りたがりなこの悪魔が、怒ったことなどかつてなかったかもしれない……。
一体どれほど、このベリアルのことを嫌っているのだろう。まあ、今はそれどころじゃないけど、少しばかり気になるところではある。
そして、僕が無駄なことばかり考えていたから、再び無駄口を叩く悪魔がまた無駄なことをいい出す。
「悪魔もどき、悪魔もどきうるさいな。お前こそ人間に憑依ではなく、封印されている身でありながら悪魔のつもりか? 全く片腹がいたいわ!!」
ベリアルは大げさに腹を抱えて笑う。たぶん、馬鹿にしているということを表しているのだろう。
まったくもって、悪魔とはお互いを貶してばっかで、なにも話が進まない。これじゃあ、街に帰ることもなく、悪魔達の奇声におびき寄せられた魔物どもに食い殺されることうけあいだろう……。
「頼むから、争うのは街に帰ってからにしてくれ……」




