ベリアル
「もう出てこないかと思ったよ……」
目の前にいたのは、あの男、火山だった。だが彼がいることに驚かなくなってしまった自分がいる。
「お前か……ところで、こいつは味方なのか?」
僕の言葉にすぐさま悪魔は返事を返した。
「いいや、こいつはむしろ敵と言うべきだろう。だがこいつは大した事ないから放っておけ……それよりもおかしなのはどうしてこいつがここを知っているかと言うことだが……ここは何処だ?」
「お前は知っているんじゃなかったのか?」
先程の会話の感じから、この場所がどこか知っているという様子だった。だからこそ、僕はこの悪魔を信頼するほかなかったというわけだが、そもそも知らないというのであれば、この悪魔だって僕と対して状況が変わらない……
「この倉庫があった場所はな……だが俺の記憶が正しければ街の中だったはずだ。お前も知っているだろう、サンクチュアリの外は悪魔に狙われやすいってことを?」
確か堺からそんなことを聞いた気がする。
つまり、この状況は警戒すべき状況で、そこに悪魔ベリアルこと火山がいたということはかなり状況が悪いということだろう。――だが、どうしてすぐにそれに気が付かなかったのだろうか? 自分でもかなり冷静でいたつもりだが……
「……つまりどういうことだ?」
ついには頭が限界を超えてしまった。こんな状況で一週間も耐えることが出来たとするなら、一週間後の僕はかなり強靭な精神を持ち合わせていたと見える……僕は立った数時間で頭が爆発しそうだ……
「つまり、敵はこいつだけじゃないということだろう」
悪魔は容赦なく現実を突きつける。と言っても僕もそれは考えていた。流石にここにサルガタナスがいないなんて都合のいいことはないだろう。
「ご明察、さすがアモンと言ったところか。警察官である俺ですら持ち合わせていない推理力だろう」
多分、こいつは僕達のことを相当馬鹿にしているのだろう。彼の表情からもそれは容易に読み取ることがで来た。しかし、本当に最初の印象とはかなり違ってくるものだ。頼りがいのあった男が、今では小悪党じみているのだから……
「はっはっは、確かにこいには小悪党という言葉が似合っている。俺と同じ悪魔だとしても相当マヌケなやつに思えてきたよ!」
「確かに間抜けに見えるけど、ほっといてやれ……」
僕たちは二人いることを良いことに、さんざんベリアルを煽った。流石にこんな安い挑発にのるようなやつではなかった。
「まあ言いたいように言えばいい、確かにお前たちの言うとおり、力を失ったままの状態でお前たちに単独で勝つことは出来ないだろう。単独ではなっ!」
そんなことを大声で叫ぶベリアルはかなり格好悪く、敵ながら情けなく感じている自分がいる。もちろん堺のことを考えれば同情するわけにはいかないし、よくよく考えれば、僕単独では彼に勝つことが出来ないということを考えれば、僕のほうがかっこ悪いとまで思えた。
――しかし、今はそんなカッコ悪さなんてどうでもいい。
「悪いが、僕は正義の味方でも悪役でもない、だから…………サルガタナスが来るよりも前にお前を倒させてもらう」
「俺を倒すだって!? お前が? 悪魔の力を借りなきゃ俺を退けることすら出来ないお前がか!?」
……なんとでも言え。
「例え情けない手段だとしても、僕はお前を倒して堺を取り戻すことを選ぶ。それが急展開だとしても、そんなことは関係無い。僕はもう間違わない、だから力を貸してくれないか?」
悪魔はきっとノーと言うだろう。だがそれでもいい、突然にも舞い降りた好機に僕は冷静さを欠いているのかもしれないし……いっその事、こいつが僕のブレーキになってくれるのはありがたいことだ。
しかし、悪魔は僕の期待をいい意味で裏切った。
「ああ、こいつは早く殺しておくべきだと思う」
そんな悪魔の言葉に、僕は違和感を覚えた。確かに僕にとっては願ってもないことではある。だが、それはあくまで堺という人質とも言える存在があるからであって、この状況はどう考えても様子見する状況である。それに、今ベリアルに手をだすことはなんだか不吉な気がしてならない。――そんなことを冷静に考えることが出来たのも、さっきの数時間があったからかも知れない。
その不吉さが何なのかは幸いにもすぐに気がつくことが出来た。
「どうしてそう思う?」
僕は自身に取り付く悪魔を疑うことにする。
「お前からそんな質問が出るとは驚きだ。もちろん、俺が望んだこでははあるがここまで思い通りにいくとは思わなかった。だからこそ、堺に取り付いた悪魔ベリアルは殺しておくべきだ――」
悪魔の答えは、もはや答えになっていない。同じ空間にはいなくとも、心は同じ場所にあるはずなのにそれが全く通じていない。まさに言葉のドッジボールといったところだろうか……返事は返ってくるもののその言葉は僕の方角へ勝ってきているようで、僕に受け渡そうとしていない。つまり、彼は僕に対して何か隠し事をしているといったほうが伝わりやすいかもしれない。
「そうか……お前がそういうのならそうなんだろう。だけど、いまこいつに会ったということはなんだかおかしい気がする……出来すぎているとさえ思える。普通ならここで出会うのはこいつじゃなくてサルガタナスのはずだ。そうだろう?」
「さあな……だけどこれはお前があの少女に読み聞かされた英雄譚ではない。都合よく話が進むはずもないだろう?」
確かに悪魔の言うとおりではある。物事とは都合よく進むことのほうが少ないだろう……だが、だけどなにかがおかしい、あの密室での悪魔の言葉を全て鵜呑みにするのであれば、密室を出た時点で何らかの危険が生じるはずだ。
まあそれが嘘だと言うのであれば、全ての物語が破錠するわけだがなんとなく僕はそう思えなかった。――もちろん悪魔を全面的に信用しているというわけではない。信用していないからこそあれが嘘だったとは思えない。
「悪いが今回は僕自身の感覚ってやつを信じることにするよ……」
「そうか……」
僕の口から出た言葉が予想外だったのか、はたまた予想通りだったのか悪魔の口調からは全く読み取れなかったが、だからこそ不安はなかった。やはり敵はサルガタナスなんだ。




