悪魔
悪魔はその重い口をようやく開いた。
「そもそもだが、俺は自分が封印された理由が分からない。俺はどうして封印されたのだ?」
「は? それはお前が話した通りだろう?」
僕は普通に当たり前の事を言ったわけだが、悪魔は納得がいかないと言った風に首をかしげた。いや、実体が無い精神だけの存在が首をかしげるなんてことはありえないのだが、僕の想像上ではそうだと感じる。
「俺は自分が封印される時に言われた言葉を話しただけで、それが俺が封印された理由だとは言ってないが?」
ん? 意味がよくわからない……確か、悪魔は僕に対してこういったはずだ。『俺はカラミタスを生み出したから封印されたらしい……』と。だがそれはもちろん、悪魔が言った理由では無いだろう。――むしろ、その言葉が婉曲的な言い回しだったことが気にはなっていた。
「まあつまるところ、俺は自分が封印された理由に納得が言っていないというわけだ」
なんだか、思うところがあって、僕は少しばかり小さな部屋をぐるぐると歩き回り考えた。しかし、結局のところ言いたい言葉がまとまることはなかった。
「つまりどういうことだ?」
「お前は……まあいい、とにかく俺はカラミタスなど知らん! そんなやつを生み出した覚えはない!」
「僕がお前から聞いた話では、悪魔は知らぬ間に魔物を生み出すと言っていた気がするのだが……」
「それも時と場合による。いや正確に言うのであれば、時も場合も関係なく、生み出す魔物によるというべきだろうか? まあ、そんなことは瑣末なことだ。とにかく、カラミタスが本当に大災害に匹敵するほどの魔物だったとするのならば、無意識に生み出されることはない」
そう言い切る悪魔は、姿こそ見えないわけではあるが、どこか清々しい。だからこそ、僕は困惑して、顎に手を当てながら、再び部屋を何周もする羽目になった。と言っても自発的にやっているわけだから、悪魔が悪いというわけでは無い。
「まあとにかく、カラミタスというのがなんなのか教えてくれないか?」
「だから知らんと言ってるだろうが……全く、憑依先の人間が馬鹿だと苦労する。だがまあ、想像くらいは出来る……災害クラスの魔物なんてものは存在しない。そもそも、悪魔の使い魔である魔物が大災害クラスで人を殺すなんてことあり得るはずないだろう? それはお前が一番良く知っているはずだ」
確かにそうだ。思い出すだけでも例はたくさんある。例えば、僕が戦った二体。その中の一人目は火の悪魔であり、イグニスという名を名乗っている僕に憑依した悪魔だ。思い返せば分かるが、彼がそれほどに多くの人間を一気に殺せたとは思えない。そんなことが出来たとするのなら僕があそこまで粘れることなどありえないだろう。――つまり、そんな程度の悪魔が無意識に生み出した悪魔が大災害を生み出すことは出来ないなんてことは容易に想像できる。
「程度が低いとか面と向かって言われたら、流石の俺でも怒るぞ」
僕は、悪魔がそんな風に僕の心を読むもんだから、僕は目を瞑って握りこぶしを力強く作り怒りを顕にした。
人の心を勝手に読むのはやめてくれ……
「とにかく、鳶が鷹を生むなんてことわざがあるらしいが、悪魔に限ってはそうじゃないんだろう?」
「ああ、ようやくお前も悪魔のことがわかってきたようだな」
「茶化すな……」
「まあ、そういうことだ。悪魔が生み出すのは使い魔、つまり自分よりも弱い存在だけだ。生み出すものによって例外はあるが、それも気持ちとかそういうよくわからない、人間の心とかいうやつを操る場合くらいなもんだ……俺だって生み出した言葉によって人を操ることはある。特にお前は操りやすいしな……」
なんとも失礼なやつだ。
「まあ怒るな、つまりは大災害を生み出すことは出来なくも無いということだ、お前が戦ったことのある悪魔の中にもそういうやつはいただろ? だが、それはただの心理的に生み出される言葉であって、使い魔ではない」
つまるところ、自覚を持たずに災害を生み出すことは無いということだ。僕はその長ったらしい話を聞いていられず、何度もあくびをしてしまった。
話し始めたのは悪魔とは言え、聞きたがったのは僕なのに申し訳ない……なんて、全く思ってないけどな。
「お前は……」
「悪いって、口先だけではそう言わせてもらうよ。どうせお前は人の心を読むだろうし……」
「話の続きをするぞ」
「ああ頼む」
「じゃあ、どうしてカラミタスなどという使い魔、魔物が出てきたかということだ。いくら喋りったがりな俺でも、流石に喋り疲れたから、適当にまとめて話させてもらうが……」
驚きだ。まさか、こいつが自分のことがおしゃべりだということを自覚していたとは……驚きすぎて、逆になんの反応もできなかった。
「……」
「カラミタスなんて魔物は存在しない、とすればどうだろう? それなら話はわかりやすいだろう? カラミタスとは、災害みたいな魔物ではなく、災害そのものだと考えたらな全て辻褄が合うだろう。まあ、なら俺が封印された理由がわからないとお前は思うんだろう?」
「ああ」
「だから俺はこう考えた。カラミタスは事象であるからして、倒そうにも倒せない……つまりカラミタスを倒したやつはどうやって倒したのだろうな?」
「まさか!?」
悪魔の言いたいことは僕には十分すぎるほど伝わった。だが、それが本当だとするのであれば、今日の僕がとったその行動は理にかなっている。
僕は流れ落ちる冷や汗すらも気にすることもなく、ひたすらに考えた。
「考えたって意味なんてないだろう? とにかく、俺とお前の想像通りだったとするなら、俺を封印し、カラミタスを倒したと吹聴したあいつは一体どういうつもりでそんなことをしたのだろうな?」
「それは、きっと名誉のためではないだろうな……。つまりは、僕達の一族が悪魔の一族と言われた所以、それは彼にこそあったのかもしれない……つまり、カラミタスという災害を作り出したのグラキエスかも知れないというわけだ。だからこそ、おかしいと思うべきだったんだ……僕たちがながなぜ、よみがえりの一族と呼ばれているのか……」




