失敗
「ところで、お前はまだ僕のおかれた状況についえてまだ話してくれるつもりはないのか?」
僕は思い切って核心をついた。だが、それこそ愚問だというべきだろう。つまるところ、それはきっと先約があるのだろう。そんなことは僕にも分かる。多分僕を早くここから出すことよりも悪魔にとってメリットがあることなのだろう。
「わかってるじゃないか。まあその褒美として一つ教えてやろう。俺はお前を外に出すための情報を話すつもりは一切ない。ここにいる原因じゃなくて今の状況を話すつもりはないし、お前が勝手に外に出る事自体はどうでもいいがな」
彼の言葉だけでは全てを判断することは出来ないが、一つだけわかったことがあるとするなら、ここから出ることが危険なことであるということだろう。だが、たった一週間で何が変わったのかが甚だ疑問である。もちろん前例はあるし、先週のことを思えば大したことがないなんて言葉が口から出てしまうということだってわからなくもない。――しかし、これはそういう話ではなく、問題は別にある。それは、一週間前に来れに関する兆しがなかったということだ。
言わば、これは突如として、僕の身に起こり、突如として僕の身を襲った前代未聞の監禁事件、それも僕自身によって引き起こされたからこそ問題なのだ。
もし仮に、これが誰かの手によって起きたことだというのであればまだ救いはあったはずだが、過去のとは言え、自分自身がこうするべきだと思うほどの自体だと考えるのであれば、なるほど、最悪の事態である。それも悪魔にここまで固く口止めを出来る手段が僕にあったとは思えない。
つまり、僕は誰かと共犯で、僕自身をこうしているというわけだ。それがニヒルなのかはたまたその他の誰かなのかなんて、今の僕には分からないが、それこそが重要な事だろう。要するに、自体を重く見るべきであるということだ。
だが、協力者がいないのであればどうすることも出来ないというのが現状だろう。そして、その唯一の協力者になりえる悪魔は、僕に協力できない。
――――あまり言葉にしたくはないが、詰み、それも自滅によるチェックメイトというわけだ。
まあ、その自滅を行ったのは僕の知らない僕で、今の僕はそのとばっちりを受けているというのがただしいだろうが……
「また、乱暴な考え方だな……自分のこと攻めたくがないために、もう一人の自分を作り出すとは……お前は本当に愚かだな……さっさとそのチェックを外す一手を打てばいいだろう。お前の右手に握られた駒はどうするためにある? 使うためだろ? 駒を持ってるのに自分しか駒がないなんて思う事自体。思考がチェックメイトされてるんじゃないか?」
なんていう暴言にも慣れたところで、僕は自分の右手に握られていた物をもう一度使うことにした。
だが、使い方の分からない駒なんて持っていたところでなんの意味すらないとおもうのだが、一体何が言いたいのか皆目検討もつかないのは僕が愚かだからと認めざるをえない。使い方が分からないならば、分からないなりに出来ることはあるはずだ。それでも、僕がこれを使おうとしなかったのは、ある種の恐れからだろう。――僕はこの端末を恐れたのではない。自分の無知を恐れ、知らないことを知られたくなかったのだ。
もちろんそれは悪魔に知られたくなかったわけじゃ無い。自分に知られたくなかったのだ。僕が最も恐れるのは人ではなく自分自身であり、自分の無能さだった。
しかし、そんな恐れこそ人を縛り付けているリミッターであり、外してはならないもの。言わばプライドなのだろう。僕には大した学はないが、きっとそのリミッターが外れることが大人になるということなのだろうと思った。
「それは逆だと思うけどな」
悪魔の言う逆とは、僕がどんどん大人になっているという意味だろう。それもそうだ。子供は羞恥心よりも好奇心のほうが大きいのであり、大人になればそれは逆転してしまう。大人は知らないことを恥ずかしく思うが、それを聞くことのほうがもっと羞恥的だと考えてしまう生き物だとも言える。
だが、それ自体が僕と悪魔の意見の相違だ。例え一つの体を共有していようが、それで完全な一心同体になることはないし、たぶん、異体同心の人たちよりも心は異なるだろう。もしかすれば、他人よりも他人かも知れない。
僕は、その大人が恥を捨てて、全てを知りたがることこそが大人になるということなんだと思う。
――だから、今僕は大人の階段を上る。
恥ずかしくも僕はスマートフォンを一心不乱に操作した。知ることとは失敗の繰り返しだ。失敗せずに知ることなど出来ないだろう。さっき見たいに悪魔に笑われたからといって今回は手を止めるつもりはないし、悪魔に対して反対に知識を与えてやるいい機会だろう。僕が失敗すればするほど、悪魔の知識は役に立つ物になるのだから、相乗効果があって、効率も良くなっている。
ならば、失敗は失うことでも、敗することでもなく、得ることなのだ。得にしかならないことを恥じる必要など内容に、僕にとっての失敗は恥ではなく喜びというわけである。
「格好つけて意味不明な持論で自分をごまかしているのは恥ずかしがるべきだと思うが……それでお前が成長できるならいいだろう」
「うるさい! それよりも朗報だぞ。ニヒルに電話が繋がった」
僕はそれだけを悪魔に伝えると、口に指をあて、黙るように指示をした。よく考えれば、悪魔には僕の行動が見えていないのだから、自分の行動になんの意味も無い。そんなことを考えると次第に恥ずかしくなった。だが、これも成長の兆しということにしておこう。




