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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
潜む悪夢
42/100

不満

 あの夜から一週間が経とうとしていた。普通の精神では今のように何事もなかったかのように暮らしていくことなど不可能だと思う。唯一の救いは、例のアレが僕に大きな絶望を与えることとは程遠い出来事。なんなら日常に等しいと感じてしまっていた。

 僕はあの後普通に夜道を帰ったし、何事もなかったかのように振る舞った。だが、それこそ僕が犯した間違いの一つだったのだろう。随分慣れたつもりでいたが、僕はまだ日本という国についてあまり詳しくなかったようだ。この国は僕が思っていた数倍は平和で、血を流した人がそのあたりをうろついていることなど非日常的だったのだろう。それを日常だと思ってしまったのは、すぐさま僕に声をかけてくる人がいなかったがゆえの勘違いだったのだ。だが、僕がそんな勘違いをしてしまったのもほとんどが堺のせいだろう。

 堺という人物は良くも悪くも人のことばかりを考える人物だ。だからこそ僕は救われていたわけではあるが、それでも僕が苦しんでいる原因だって元を辿れば堺のせいである。


「それにしても……」

 僕は柄にもなく大きなため息を吐く。堺のことについてベリアルに聞きそびれてしまったという最終的な結果のこともあるのだが、一番問題なのはやはり僕の中に封印していた『悪魔』に対する問題が多すぎて、堺がどうなったのかということはどうしても二の次になってしまう。


「まさか、イグニスまでもこっちに来ているとは……」


 当面の課題としては、どうやって悪魔のイグニスを僕の中にとどめ続けるかと言うことだろう。もしかすると自分自身でも少し勘違いをしていたのかもしれないが、イグニスがいくら僕の中から出てこなかったとはいえ、飼いならすことが出来たなどと都合のいいことではない。

 もちろん、伝説となったように僕が悪魔を倒すなどという人間からかけ離れた超人的な行いなど出来はずもないし、封印と言えば聞こえこそいいが、言ってしまえば自分を人柱として生贄に捧げてようやく閉じ込めることが出来るなどという情けない状況であることは言うまでもない。だからこそ、悪魔の封印が解けたところでもう一度封印出来るなどという都合のいいことでもないわけだ。

 それに先程も考えたことだが、このような状況下に於いてすら平和ボケしている日本人という人種と悪魔イグニスは最高に相性が悪い。日本人は悪魔が出たところで最終的には『自分には関係ない』とか、『悪魔イグニスは人を殺さない』とか楽観視をするだろう。今の状況がまさにそれを物語っている。


――――つまり、イグニスは何があっても開放してはならないということだ。


 だがそれはもはやかなわないという事は誰にでも分かることだろうが、封印が弱まった今僕程度のなんちゃって魔術士ではどうにもならないというのが現実なのだ。

 そうなればため息ぐらい吐いても仕方ないだろう。むしろ率先してため息を吐くべきだ。そうして是が非でも嫌な気分を払いたいものだなんて考えている自分が情けなくも思える。


「イグニス? 起きているんだろ?」


 もはや自分でも何をしようとしているのか検討もつかない。人間である僕が、自らの手によって自らに封印した悪魔を呼びかけるなんて正気の沙汰とは思えないが、それでも一番解決策を持っていそうな人物も自身の中の悪魔ぐらいなものだろう。

 そう考えて幾度か呼びかけるも返事などあるはずもない。当たり前だ。先日僕を助けたのだって自分の危険を払うためであり、僕を助けることは結果として起こった望まざることだったわけだし、僕と話すのなんて反吐が出るくらい嫌だろう。僕だって死んでもゴメンだ。なんてったって、やつは僕を殺そうとした相手なのだ。実のところ殺したいぐらいなもんだ。いくら封印のためとは言えども体の中にいると思えば気分が悪くなる。


「お前は感情を隠すすべを覚えるべきだぞ……。そんな敵意丸出しで人から知恵を得ようとするなど笑止千万! いくら俺が悪魔だと言えど、自分を嫌っているやつを助けようとは思わんし、なによりも俺を封印する手助けのために知恵などかすはずなかろう? まさかそんな考えはひとかけらも浮かばなかったというのか? だとするならただの間抜けだな! おっとそんなこと話している場合ではないな……。昨晩のやつの話を聞きたいと思っていたところだったんだ…………やつは一体何だったんだ? 俺の予想とお前の知識を借りるとするならばやつはベリアルという悪魔ということになるが、俺はそんな悪魔を聞いたことがない……と言うかここは以前俺がいた場所とかなり雰囲気が違う気がするが、どこなんだ? 魔力の痕跡すら一切感じないなど常軌を逸していると思うのだが……。は!? まさか、ここがあいつの言ってた天国とやらなのか? そうなんだな? あれ、だがそれではおかしいぞ全然いいところではないし、何より他の悪魔との縄張り争いがあるのなら以前と何もかわらん! おいどうなってるんだ? お前は俺を道連れに死んだんじゃなかったのか? まさか死に損なったのか? まあお前にそんな勇気があるわけないし、どうせ未遂に終わったとかそんなところなんだろ―――――――――」


―――――まるでマシンガンのように放たれる言葉の数々に僕は気圧されつつもなんとか自分の意見を伝えることができそうだ。と言うか伝えるなと言う方が無理があるってぐらいやつは酷い。


「――――うるさい!! 人のなかで騒ぐんじゃない!」

 全く、悪魔イグニスとはどうしてこれほどまでに喋りたがりなんだ? これでは僕が質問に答えるひますらないじゃないか……。


「悪い悪い。少し興奮してしまった」

 悪魔ともあろうものがなにに興奮を覚えたのだろう。おそらく僕ごとき人間には想像もつかないさぞ高潔なことなのだろうな……。

「お前がどれほど人間のフリをしようが、僕はあの時のように油断なんてしないからな?」

 僕はなんとなく、昔のことを思い出して唇を噛む。あの時の油断すらなければ、国があんなことになることはなかったし、今これほどまでに不満を抱えることもなかっただろう。あの時の僕を殴ってやりたいというのが切実な願いだ。

「おいおい、あたかも全て俺が悪いみたいに言うんじゃないよ……そもそもお前が俺の領域に来たのが悪かったんだろう? 国が崩壊しかかったのだって、お前が俺を封印するために魔力を使い果たしたのが主な原因だろう? こっちはいい迷惑だ。何よりあの女が――――」

 彼の言わんとしていることは、彼が俺の心を読めるように、僕にもわかった。


「――――それ以上言ったら……」


「おっとこれは禁句か、それよりさっさとお前の問題を解決する手段について話し合うとしようや。時間は有限なんだ。無限じゃない。いくら俺が何千年と生きている悪魔だとしても時間を無駄にする趣味はねえ。たった数十年しか生きられないお前ら人間にとってはもっと貴重なもんだろ? だったらさっさと話し合おうぜ……って言ってもそもそも結論ありきな話し合いに意味なんてないと思うけどな!」

 悪魔とは余計なことを言わなければ死んでしまう生き物なのだろうか……。そんな不満が募るが、どうせこの考えも封印によって僕の心とリンクしている彼には筒抜けだろうし、どうでもいいわけだが、それにこいつはあくまで悪魔なわけだから最終的には自分の欲望に従うだろう。

 メリットさえあれば僕の言うことを聞かせることなど誰にでも出来ることなのだ。


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