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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
気配の主
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結末

 僕は絶望という言葉が一番似合う今日で一番の絶望が訪れることとなるなんて、この時はそんなことを知る由もなかった。いや、心の中ではなんとなく気がついたのかもしれない。そんなこんなで、満身創痍の僕はやっとの思いで人がいる場所まで帰ってきた。

 誰かが悲鳴を上げたような気もしたが、僕のこの身なりでは当たり前のことだ。僕だってこんなやつを見つけたら少しは気になる。


 だが、そんなことはどうでもいい。それよりも重要なことは堺の安否だろうし、僕が生きて帰れるかということだ。


 ちょうどいい具合に頭から血が抜けていき、冷静さを保つことが出来ている僕は短い時間でそんなことを考えながらただひたすらに酒場を目指した。

 何度か声を掛けられたような気がしたが、僕の耳には彼らの言葉はよく分からず、ひたすら『急いでいる』の一言で彼らの好意を無碍にした。それだけ僕は急いでいのだ。


 もし、もう一度堺に会えたならいつものお礼をしなくちゃいけないな……。


 ただひたすらに道路をまっすぐ歩く、もはや右足の感覚が若干感じられないようにも感じたが、それでも出来るだけまっすぐ歩いた。もはや、こっちの方角であっているのかなど僕のぼんやりとした頭では分からず、ひたすら歩いた。

……僕は生きているのか?

 朦朧とする意識のなかでそんな言葉がふと頭をよぎったが、これ以上はなにも考えられなかった。

 僕はただひたすらに歩み続ける。



――――僕はどうやら意識を失ってしまったようだ。だが、先ほどよりも頭がしっかりと働くし、何より足が動く。それにどうやら意識を失ったまま歩くという偉業を達成したようで酒場は僕の目前にあった。

 一番苦しい部分を乗り越えた喜びと、酒場まで生きて帰れたという安堵からか足がもつれて倒れ付してしまう。

……ああ、もう少しなのに……。

 もはや立ち上がる気力がない。

働きかけていた頭ももはや思考を停止しようとしているようで、まさにあの時と同じで死を覚悟して目を瞑った。

もし次の生も僕自身として生きることが出来るのならどうか元の世界へ戻れますように……。


 ここまで引っ張って申し訳ない気がするが、結論から言うと僕は死ぬことは出来なかった。

 運が相当よかったらしく、僕は巨体に持ち上げられて店の中へと運ばれた。さらに運を極めてしまったようで、酒場の中にはニヒルがいた。

 みんなあわてていたようだったが、ニヒルは特にあわてており、それはもう見ものではあったが、あいにく意識が朦朧としておりそれを堪能するほどの気力は残っていない。それだけが心残りである。




再び僕は目を覚ました。残念ながら元の世界に帰ることが出来たわけでも、ましてやニヒルの膝枕で目覚めるという最高のイベントがあるわけでもない。

ただ、恐ろしい気分のまま目を覚ましてしまった。

 その恐怖というやつをもたらしたのは、僕でも堺でもベアでもヤークトフントでもない。今日の一番の恐怖はあのすばらしいほどの安らぎをもたらしてくれたあの女性。

――――そう、あの全身黒ずくめの服をまとい、さらに黒いマントを羽織った邪悪の化身みたいなあの女性だ。

 何が恐ろしいのかと聞かれると答えにくいことではあるが、なんと言うかまあ目の前にいることだろうか……?


「お前は気絶するのがよっぽど好きなようだな……まあそれはいいか……。そんなことよりもさっきはどうして風の魔法士を知らないふりなんてしたんだ?」


 僕は目を疑った。まさか、さっきまでの酒場やニヒルは全て僕の夢だったのだろうか……そう思いあたりを見渡すが、どう見ても酒場に僕はいる。いや彼女も酒場にいる。僕にはその状況が酷くいびつなものに見えた。

「……あんたはどうしてここにいるんだ?」

 その質問は先刻のごとく無視されるのは当たり前のことであった。

やれやれ、僕も学ばないな……。


「だ・か・ら・! 質問に質問で返すんじゃねぇ!!」


 彼女の剣幕に圧倒される僕ではあるが、先ほどとは違う。ここは僕にとってはホームなわけだから、彼女にビビッたりなんかしない……はずだ。

「す、すいません!」

 僕は情けなくも暴力に屈することを許容してしまった。まったく自分の情けなさには反吐が出るばかりだ。


「お取り込み中申し訳ありませんが、ユベルさんその辺にしてあげて下さい」

 いつものような天使の声で僕を助けてくれる女神、いや魔女は本当に僕の救いそのものだ。

……ん? どうしてニヒルがここにいるんだ? ちょっと待ってくれ……ニヒルがここにいるってことはさっきの情けない姿も見られてしまったわけか?

 僕の持論はプライドを大切にするということだが、どうやら僕はこの国に来てから一度たりとも騎士としての紳士さを一ミクロンたりとも発揮できていないし、醜態をさらすばかりで神話のイメージにも泥を塗ってばかりいる気がする。

 もしかしたら、これも全部あいつの影響なのではないだろうか、僕はある人物を頭に浮かべた。それは僕が最初に対峙した悪魔だ。


「――――何を考え込んでるのか知らないけど、ニヒルが話してるんだ……無視するんじゃない!」

 無慈悲にも僕の回想は冷ややかな声に中断を余儀なくされた。

「すまないニヒル、ちょっとボーっとしてしまったようだ」

 先ほどからこちらに目を合わせないニヒルがそっぽを向きながら言った。

「気にしないで下さい。それよりもお体は大丈夫ですか」

 もしかすると僕はニヒルに軽蔑されているのかも知れない。だがそれも至極当然のことだ。僕は先ほど頭を地面にこすりつけていた男を普通に見ることなど出来ないし、それが知り合いなら当然軽蔑するだろう。


「そんなことよりも……あの風の魔法士のことだ!!」

 どうしてそんなにも堺のことを気にするのかは分からないが、彼の安否を知っているのもこのユベルと呼ばれた黒い女だけ名ことは確かだ。ならば僕からもの聞きたいことは山ほどある。

「風の魔法士っていうのは堺のことで間違いないか?」

「あの男は堺というのか……あの男の事は残念だった……」


 ちょっと待てよ……残念だっただと?


「その口ぶりだと堺が死んだように聞こえるが……? 冗談ではすまないぞ……」

 僕はそう気が立っているようで、自分自身でも怒りを抑えられるか自信がない。

「死か……それならどれほどよかったことだろうな……」

 どういうことだ? 死よりも悪いこととはいったいなんだ?

 僕は煮え切らない彼女の言葉に苛立ちが募るばかりで、何も進展しないだろうということが分かった。もし、彼女から何かを聞きだしたいのであれば、直接僕から質問するほかないだろう。

 僕は意を決して質問を頭から絞りだし、口にしようとする……しかしそれはあろう事か一番信頼していたニヒルの言葉によって全ての言霊は吸い取られた。


「――――堺さんって、いったいどなたの話をされているんですか?」


 ニヒルは堺のことを覚えていなかった。物語りの結末としてこれほどのバットエンドは神が僕に与えた最後の試練と呼ぶにはあまりにも残酷な悪魔の所業というほかなかった。


「……堺とは悪魔に魂を喰われた哀れなやつだよ…………」

 無常にも思える彼女のその冷たい声はこの時ばかりはおそらく一番雰囲気に合っていたのだろう。


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