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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
気配の主
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忍び寄る気配

僕はたぶん一晩たっても昨日の感触を二度と忘れることが出来ないだろう。堺は気にも止めていないようだったが、僕にとってはそれほどに重要なことなのだ。

 朝ごはんすら喉を通らないのはそのせいなのだろうか……?


「今日の味噌汁はお口に合いませんか?」

ニヒルは平常運転で僕に気を使ってばかりいる。いつもなら嬉しいことなのだが、今日ばかりは心が痛み、悲鳴をあげる。それは修行をサボっていたことと、『彼女』に対する罪悪感から来るのだろう。

 そんな調子ではあるが、剣を振るいたいと言う気持ちは誰にも抑えられないだろう。僕がこの世界で見つけた二つ目の楽しみだ。もちろん一つはニヒルが作るご飯だけどね……

 

「いつも通りでおいしいよ!」


 箸がすすんでいるわけでもないが、いつものようにありきたりな褒め言葉で濁す。それが唯一僕が取れる手段だった。

 多分だが、僕のバレバレのお世辞に対してもニヒルは不平一つ垂れることなく喜んだように気を使ってくれたんだろうと勝手に思い込んだ。

……これではご飯を作ってくれているニヒルに申し訳が立たないよ。

 そんな考えが頭の内側で何度も駆け巡った。それでもご飯は口に入らなかった。


 僕が少しでもだべなければと奮闘している時にニヒルと堺が何やら話している様子が見えたが、口にご飯を頬張り味噌汁を流し込んでいた僕には眺めることしかできなかった。

 一体なんだというのだろう?

 そんなことを考えていると、話し合いが終わったらしく堺が僕の方へと近づいてくる。

「そんな怖い顔してどうした?」

「この顔は生まれつきや‼ ……くだらんこと言ってないで今日は仕事もとい、剣の特訓をするぞ!」

――――仕事。それは僕の心の奥に強く刺さる言葉だ。なぜかは分からないが昔からその言葉が大嫌いだった。仕事と言う言葉が使われるのが嫌で嫌で仕方がない。だけど、


「だけど、特訓と言う言葉は大好きだ!」


「…………は?」

しまった! 思わず声に出してしまった……

「な、なんでもない!」

 堺は明らかに意味不明だといった表情をしている。僕はなんとなくとても恥ずかしくなった。

「そ、そうか! なんかよくわからんけど、やる気があるってのはいいことやと思うで、俺は」

 詮索されないことは今の僕にとって嬉しいことではあるのだが、それでも僕が自分を恥じる気持ちは収まらない。

「お二人とも早く行かないと時間がなくなっちゃいますよ!」

「お、そうやな? さっさと行くかイグニス!」

「しょうがないな……」

 そんな風に昨日と似たようなやり取りをしたような…………うん、やったな……

 だけどこんなやり取りがいつまでも続かないということは知っている。だが、まさかその時がすぐに訪れることに少しも気がついていなかった。



 いつものように玄関から出る。家の前には人がたくさんいた。スーツを来ている者、学生服を着ている者、作業着を来ている者、だがその中には冒険者のような服を着た場違いな連中は1人たりともいない。

 いや、いた。僕だ……。

 突然に恥ずかしさに襲われ、すぐにUターンして家に帰りたくなったが


――――そういうわけにもいかないだろ……


そんな怠惰な考えを改め、酒場へと向かう。堺にはこのことは話さないでおこう。


酒場に着くと当たり前だが、灯がいた。

「…………イグニスさん?」

 彼女は鬼のような形相でこちらに擦り寄ってくる。僕は何事かとおののいたが、その理由はすぐに理解できた。

 しまった! 昨日のアレをすっかり忘れていた! 

 僕の視線の先にあるアレ、いやないアレと言うべきか僕には分からないが、兎に角あの穴はごまかし用のないものだ。灯の店を破壊しておいてそれをほったらかして帰って島たわけだから、灯が怒るのも仕方のないことだろう。

 だとするなら、僕に出来ることはたったひとつだ。それは、


「申し訳ございません‼」


ひたすら頭を下げつづけることだけ!


彼女は深々とお辞儀をした。

「いえ、大丈夫ですよ。」

彼女は僕をみてくすりと笑った。なにが大丈夫というのだろうか? まさか僕を殺すことが決まったから謝らなくても大丈夫ということか?

「そういえば、イグニスさんにシフトのことについて聞いておきたいんです。何か休日の希望はございませんか?」

 彼女はあの穴のことをもはや気に求めていないようだが……一体どういうことだ? さっきまであんなに怒っていたのに……。


「なにを気にしておられるんですか? もしかして、店を破壊したことですか? それならお詫びを入れてくれたわけですから、私はすべてを許しますわ!」

 

彼女は僕が思っているよりも心が広いようだ。というか広すぎだろ……?

「あ、はい……」

「そうでしたわ、一応ニヒルに確認をとったんですがしばらくこっちで雇ってくれとのことでしたので、本社の方には行く必要はないですよ」

「なら僕は特に休みの希望はありません」

 多分これから先、僕は彼女に頭が上がらないことだろう。


 灯は「助かります」と目を輝かせた。


「ですが、まだマニュアルなどの準備もできていませんし、来週にはシフトを決めておきます。それまではクエストでも受けていてください!」

彼女は口早にそういった。

「はい、わかりました」


「まさかとは思っていましたが、その剣もしかして父の…?」

 彼女は僕の腰にかけられた剣を見てそう感じ取ったようだ。娘とはいえ、自分の父が打った剣を見極めることなど出来るのだろうか、いや出来るはずがない。


彼女は信じられなさそうにいった。僕はそれがなぜだかわからなかった。

「そうだけど? どうしてわかったんですか?」

「それは父が大切にしていた剣ですからよく知っています……ですがどうしてイグニスさんに売ってしまったのでしょう? 何か見どころでもあったのですかね」

この剣は確かに非常に出来がいい、それはもう聖剣と言っても過言ではないほどに立派な名工が打ったものと勘違いするほどしっかりと打ち込まれている。まあその刀身は魔力を込めないと出てこないから、本当に打ったとかどうかなどわからないけれど。

堺の剣を受けても欠けることすらない剣、そんな剣がこの世にいくつ存在するだろう。おそらく聖剣でもなければありえない。


「こんなに凄い剣をいくつも打っていたんですか?」

 彼女は悲しげな表情をしていた。

「いいえ、父が本気で打った剣はおそらくその剣だけだと思います……」


まだまだ彼女から聞きたいことがあったが、堺に促されクエストに向かうこととなった。

 今回もクエストはそんなに難しいものではないようだ。前回の最下層モンスターが少し成長したモンスター『ヤークトフント』見た目は犬から狼に近づいた姿で、鋭い牙が特徴だそうだ。

「ヤークトフント、誰が名前をつけたかはわからんけど、こいつは野犬よりも遥かに強い。最下層の魔物に比べると若干スピードは劣るけど、タフさは比べ物にならんくらい強くて、攻撃力も強い。

…………もし持久戦に持ち込まれたら非常にまずいことになるで、絶対にそうならんように最初の一撃で決めることが重要や!」

「どうして一撃で決めなくちゃならないの?」

「それは……」

「――――その理由はヤークトフントの筋肉にあるといわれています。ヤークトフントの筋肉は働けば働くほど強靭さをまし、鉛玉になるとどれほど強い威力であろうと弾き返すようになり、剣に至っては刀身がかけると言われるほどに固くなります……」

 堺のセリフはことごとく他の誰かに取られてばかりだ。なんだかかわいそうになるほど惨めである。


「ん? 剣が通らなくなる? そんなの倒せないじゃないですか?」

 僕はどうやら堺のことばかりに目がいって、重要なことを聞き逃すところだったようだ。

「そうや、今回は俺に喋らせてもらうで! 確かに、ヤークトフントは動くほどに固くなるが、反対にいえばそれまではいうほど固くない! だから――」

「――一撃で倒さなければならない!」

 やっと堺の言ったことが理解できて嬉しかった僕はついつい堺の説明の邪魔をしてしまった。


 ブリーフィングの重要性は僕もわかっているが、もうすでに14時を回っているし本格的に時間がない。早くクエストを受けて討伐に行かなければ間に合わなくなってしまう。


「なになに、クエストの内容は『ヤークトフントの駆除』か、これなら厄介なこともないやろ! さっさと行くでイグニス!」

「うん、早く終わらして早く帰ろう!」

 僕たちは急いで外へと向かう。


「ちょっと待って! そのクエストは…………」

 灯が何か言っていたような気もするが時間もないわけだし、さっさといこう。とりあえず車に乗り込み一昨日いった場所まで向かう。



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