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よみがえりの一族  作者: 真白 悟
虚なる魔法
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もう一人の覚悟

 暫時の休息をと立ち上がり伸びでもしようかというタイミングで、監視していた家から出てくる人影が見えた。自分でも驚くぐらいの反応速度で、俺は再び元の場所にしゃがみ込む。

 あれから、あの女が家に入ってからかなり時間がたってはいたが、まだまだ街が起きるような時間じゃない。

 ほの暗くも、薄暗い、光というものが街頭ぐらいしかない、とまでは言えないものの、人通りはかなり少ないこんな時間に、出歩くのはかなり不用心だ。


「コンビニとかじゃないのか?」


 ベリアルが俺に問いかける。

 確かに、深夜にコンビニに行くというのはおかしなことではないが、そもそも、今となっては24時間開いているコンビニなどほとんどない。

 十年ほど前は街の至るところにあったが、悪魔が出現し始めてからは夜に出歩く人がほとんどいなくなったため、24時間やるメリットがなくなった。

 そんなことは、警察官として暮らしてきたベリアルの方が知っているはずだ。


「お前がそんな冗談言うとはな……」

「退屈なんだよ。男と二人というのはな」

「じゃあちょうどよかったやんけ。女の尻を追いかけるのはすきやろう?」


 悪魔の趣味嗜好ほどどうでもいいことはない。だが、そもそものところ、悪魔が人間の男だとか、女だとかを気にしているのかということは少しだけ気にはなる。

 まあ、どっちにしても家から出てきたあの女を追いかけるのは決まっていることだ。


「ああ、退屈だ。だが、お前に逆らってこの体を手に入れたとしても、大した意味がないということの方がつらい。お前はよく王になどなれたな」

「今はそんなこと関係ないやろ! 魔力をうまく使う才能はあったんや!!」

「そんなものは、悪魔憑きには何の意味もないがな」


 相変わらずの減らず口だ……悪魔はみんなこんな性格なんだろうか? もし違うなら、ほかのやつに変えてほしい。


「ふん、器を変えてくれるというのなら俺も本望だ。日本の平和を守るのに、これほど不適切な体はないからな」


 いくらなんでも、警察官を天職としすぎている。悪魔とは一体なんなんだろうと思ってしまうことはしょうがないことだろう。

 それはともかく、じっとしていても何も始まらない。

 そう思い、俺はゆっくりと女性を観察しては近づいていく。

 それを何度も繰り返すうちに、昔のことを思い出した。

 昔はよかった……なんてことはない。何度も何度も繰り返した隠密行動は、体に染みついてはいるもの、俺にとっては忘れたい記憶を一番呼び覚ます。暗殺……密告……裏切り、いくつもの死線を潜り抜けてきて得られたものなどほとんどない。

 天国などないあの時代、俺は一体どうするべきだったのだろうか、仲間を裏切らなければよかった? いや、そうすればその仲間に裏切られていた。友の後を追わなければよかった? だったら今の行動だって無意味だ。好きな人を殺した友を殺せばよかった? いいや、今俺がしていることは、友にとってとても残酷なことだ。


「俺があいつを殺すべきなんか……?」


 いつにもなく心が痛い。いつだって殺せるはずだった彼女を殺さなかったのは、俺が殺したなかったからだ。しかし、いざ親友と天秤にかけるとそれはいつにもなく重い。自分の思いに気がついていなかった俺をあざけるように、天秤はゆらりゆらりと静かに揺れる。

 どっちつかずな俺がとった行動は、今現在に至るまで俺を締め付け続けた。

 あの時、こうしていれば……なんていうのは、覚悟のないやつの思いだ。俺の心はそんなに軽くは出来ていない。


「答えは決まっているのだろう? 警察としては見過ごすことは出来ない……だが、警察にだからこそ見過ごすことができないこともある。よかったな……俺の器で!」

「そらそうや!」


 空を切り、夜を裂く。

 俺が握りしめる大剣は、現在においてもう一人の俺の相棒であり、昔の俺の化身だ。

 せっかく彼女から隠れて行動していたのも無駄に終わった。だが、今の一瞬なら彼女を殺せるかもしれない。コンマ一秒の油断が、俺に勝利をもたらすかもしれない。ほとんど無謀だが、それでも、未来は変わるかもしれない。

 たった一振りで何かを変える。俺が振りたかったのはそんな剣だった。


「あれ、堺君じゃない……」


 結局、俺の剣では何も変えられない。彼女にはまるで届かない。気持ちすらも。

 彼女は細身の剣一本で、俺の大剣を抑え込む。一歩たりとも動くこともなく、何の衝撃も受けることもなく、何も変えることもなくただ純粋に力で抑えた。


「やっぱり化けもんやな」

「はあ、久しぶりに会った幼馴染にたいそうな物言いだね」

「三十路にもなると、幼馴染なんて何の意味もないやろ……」


 話している間にも剣先に力をこめているが、彼女は微動だにしない。だからとって、彼女から魔法を使った痕跡すら見られないのは、結構堪えるってもんだ。――魔法の最高峰は、剣でも最高峰てか……冗談じゃないぞ。


「まあね……それでも、うれしいよ。ようやく私を切ってくれる気になったことはね」


 そう言った彼女の顔はまるで嬉しそうではない。

 俺だって、こんな状況で幼馴染との再会なんて祝おうもとも思えないし、笑えそうにもない。

 追い詰められてようやく動き始めた俺に彼女は首をかしげて言う。

 

「もっと早ければすべてうまくいったのにね」

「俺はいつまでたってもお前達に勝てる気がせん。なんでイグニスとムト……いや、ソルとルナは他人のために簡単に死ぬことが出来るんや!」

 

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